Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.I] Episode.3 <世界>
 
 
「二つに割られた世界は、それぞれ人間と妖精の末裔が住む異なる世界として、今も存在している。」
「じゃあ、魔法が使える私達は妖精なんですか?」
 
答えを督促するリコの視線に、僅かに戸惑いの色を帯びたミライの視線が重なる。
両者の視線を交互に受け止めた学園長は、順を追って説明する必要があると諭すよう、一つ頷いてから先を続けた。
 
「今、人間の末裔が住む物質世界…人間界と、ボク達が住む精神世界…魔法界の境界が曖昧になって、二つの世界の相互干渉が進んでいるのは知っているね?
魔法界は精神世界とも呼ばれるけど、物質的な肉体を媒介にするという点では人間界と同じだ。同じ創造神の下、<アストラル>と呼ばれる生命の構成体…語弊を恐れずに言うなら物質化された魂と言った方が分かりやすいかな…生命の成り立ちとしての根源を一つにしているという意味でも、差異は大きくないと言える。今ではどちらの世界の住人も、等しく同じ意味で人間と呼ばれるしね。」
 
二人の理解を確かめるように一息つき続ける。
 
「ただ、この二つの世界は物理的に乖離した世界ではなく、この地球上に展開された位相が異なる別世界…例えるなら、ピントがぶれた二つの像という二重構造的性質があるから、魔法の力でエーテル離脱ができる魔法界の人間と違って、人間界の人間は原理的に魔法界に来る事ができないんだ。」
 
実際に二人の身に起こっている現実を否定するかのような想定外の説明に、戸惑いの表情を浮かべる二人。
 
「え?…それって…」
「リコ君は魔法界の人間だ。そして、ミライ君。キミが純粋な人間界の人間である事にも間違いはない。」
「で…でも、だったら何で私は魔法を使えるんですか?どうして魔法界に来る事ができるんですか?」
 
当惑を隠さず矢継ぎ早に質問するミライ。
二つの世界を行き来でき、あまつさえ魔法も使える自身の存在ルーツに不安を感じたのか。
或いは、人間と妖精…遠い祖先がかつて互いに命を奪い合った種族関係にあった事実を知り、どこかに秘められているかもしれない心の確執を否定したかったのか。
 
数秒の沈黙の後、学園長が口を開く。
 
「魔法とは心の力であって、人間界・魔法界問わず本来的に人間に秘められた可能性の力だ。実際魔法界の人間も生まれた時から魔法が使えるわけではないしね。
これは私見になるけど、元々ミライ君は心の力…他者の感情を揺さぶるような強い気持ちの力を持っていた。それがリコ君と共に過ごすうちに魔法の力として覚醒していったと見ている。」
 
「でも、ミライは初めて会った時から、魔法の事を何も知らないのに魔法界に移動する事ができました。無我夢中で私も魔法で支援したけど、それだけで移動できたとも思えません。
最初から魔法の才覚があったというだけで説明がつくものでしょうか?」
 
リコの質問に、学園長の眉間に刻まれた皺が一層深くなった。
 
「そう、それなんだ…
リコ君がミライ君を連れて魔法界に移動したのは、混沌の眷属との突発的戦闘という不測の事態に巻き込まれたのが原因だから、状況的には仕方がなかったと認めよう。
だが真の問題は、キミ達が干渉を持った結果、二つの世界を繋ぐ<アストラル・ゲート>の融合が加速するという異常事態が発生した事にあるんだ。」
 
かつて<マザー・ラパーパ>は世界を二つに割った。
だが創造の力を司る<マザー・ラパーパ>といえども、一つの星を物理的に二つに割り、個別に維持する力はない。何より神々の闘いで消耗した身に、長期に渡り世界を運用する力は残されていなかった。
 
そこで取られたのが、位相の異なる世界にクローンを創造するという方法論であり、その際に、二つの世界がいつか一つに戻るための仕掛けとして残されたのが<アストラル・ゲート>である。
両世界を矛盾なく統合するための接続点として機能するゲートは、まさに<マザー・ラパーパ>が人類に託した希望のリンクと言えた。
 
 
ミライの世界間移動は、ゲート融合加速の間接的影響を受けている可能性が高い。
些末ごとのようにそう答えた学園長は、暫しの沈黙の後、問題の核心に言及する覚悟を決めた表情を浮かべた。
 
「ゲートが完全に融合する時、世界は本来あった一つの世界に戻る。…これが意味する事、分かるね?」
 
一拍置いた学園長の言葉の重さを悟り、二人の少女が同時に唾を飲んだ。
 
「二つの世界に散っていた<リンクル・ストーン>が集まり解放された…じゃ、じゃあ、あれが…あの怪物が<デウスマスト>…なの?」
「そんな…私が…私が魔法界に来たから<最後の審判>が始まったって事…?」
 
世界の存亡を揺るがす深刻な事態に、重苦しさを増す空気。
眉間に皺を寄せて固まる二人に、学園長が首を横に振る。
 
「いや。ミライ君の件と、ゲート融合の因果関係を完全に証明できた訳ではないんだ。
元々数年スパンでゲートが不安定になる時期があり、過去にも人間界からの漂流者が出る事が稀にだけどあった。」
 
ミライが魔法界に来れたのも、恐らくはこれと同じ理屈…そう付け加えながら、指を組み直す学園長。
心なしか険しさを増した表情で先を続ける。
 
「近年、ゲートが不安定になるペースが速まっていた事から、<デウスマスト>…我々はあれを「混沌」と呼んでいる…混沌による<最後の審判>が迫っていると判断していた。
この学園の真の創立目的は、混沌に対抗しえる力を蓄え<最後の審判>に備える事。元来、魔法界は対外戦闘を目的とする独立組織を持たないため、実質的に当学園が軍の役割…防衛の中枢機能を担っていると言える。
その意味では、事態の把握に遅れた学園側に責任があるのも事実だ。」
 
だが、今はまだ懺悔の時ではない…一瞬の沈黙が表明した無言の覚悟。
僅かに視線を下げて言葉を繋げる。
 
「…ただ、我々の予測ではゲート融合まではまだ数十年の猶予が残っていた。悲観的予測でも10年以上かかる事はほぼ間違いなかったから、ゲート融合を加速させ、ミライ君に魔法の力を与えた決定的促進因子…人類にとって重要な意味を持つ何かがきっとある筈なんだ…」
 
最後は心中で思案するように声を消え入らせた学園長が、おもむろにミライの傍らの存在に目を向けた。
難しい話は分からないとばかりに、無垢な表情で首を傾げる「モフルン」と呼ばれるクマのぬいぐるみ。
クマのぬいぐるみと言うのは言葉の綾ではない。ミライが幼い頃から一緒にいたクマのぬいぐるみが、まるで命を持ったかのように心を持ち、自らの意思で行動するようになった。
 
命を司る魔法は、創造神と、その創造の力を宿す<マザー・ラパーパ>にしか扱えない。
図書館に眠っていた魔道書『Book of Principle Cubed』を開く鍵がモフルン自身であった事実も踏まえると、モフルンに…そして、ミライとモフルンを繋ぐ絆に、人知を超えた超越的な何かを感じずにはいられなかった。
 
 
沈降する思考が意識を別世界へ追いやり、モフルンの胸に輝くエメラルドの装飾品に無意識に視線が固定される。
焦点の定まらぬ視線で漠然と眺めていると、突如その輝きが陰り、窓から差し込む日の光が弱まった。
 
それが奇妙な事態であると気付いた時には、既に部屋は完全な闇の中。魔法の力で照明機器に火が灯され仄かに赤みを帯びて蘇った視界が、非常事態が発生している現実を宣言していた。
 
 
 
to be continued..