Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.I] Episode.2 <起源>
 
 
世界にはかつて、2つの異なる種族が住んでいた。
 
遥か昔、この世界の始まり。主である創造神は、自らの姿を模して新たな生命を創り出した。それが人間と妖精である。
そして、遍く命の母<マザー・ラパーパ>の守護の下、一つの星を創り出し両種族に託した。
 
それが気紛れな思い付きだったのか、最も合理的な秩序形成手段であったのか、或いは神による手探りのシミュレーションだったのか、その真意は誰にも分からない。
だが結果的に不完全な半身として、理性優位の人間と、感性優位の妖精がこの世界に生まれた。
 
 
長い歴史の中で、人間と妖精はそれぞれの道を歩んだ。
 
人間は理性の力により科学技術を極め、妖精は感性の力により魔法の力を手にした。
理性の発展こそが進化であると疑わない、独自の世界観を築きあげた人間。
そして、理性の限界を悟り理性偏重が招く危機を叫び、感性的連帯に希望を見出す妖精。
豊かで平和な世界…両者の見つめる先は同じであったのだろう。だが、そこへ至る方法論と価値観を巡り議論を重ねる度、両者は少しずつすれ違った。
議論は平行線を辿るようになり、いつしか人間と妖精は互いに距離を置くようになった。
 
互いに相容れぬものであるという事実認識が深まると、和解の可能性を自ら否定するように、単純な諦観はより複雑な感情へと姿を変える。
何よりも決定的だったのは、文化的差異でも考え方の相違でもなく、互いを蔑み始めた僅かな亀裂…感情的不信そのものであった。
 
一旦両者の分断が始まると、それは短時間で加速され、瞬く間に世界を2色に塗り分けた。
その結末として、両者が武力的な争いに行き着くのは、ある意味必然だったのかもしれない。
 
きっかけは、既に日常的な光景となった種族間の些細ないざこざであった。
不信の嵐、繰り返される諍い、とうに臨界点を超えていた負の感情はいとも容易く理性のたがを決壊させた。
最初は戦争と呼ぶには大仰な局地的戦闘であったものが、気が付けば全土を巻き込んだ殲滅戦にまで発展していた。
 
その戦いは苛烈を極め、使用された化学兵器は何千という生命種を死に追いやり、放たれた攻性魔法は視界一体を火の海に沈めた。
こうして、母なる<マザー・ラパーパ>の守護下にあった豊穣な大地は砕かれ、荒廃した7つの大陸と細かな島々の群れに引き裂かれていった。
 
* * *
 
人間も妖精も、本をただせば同じ神の創造物である。
 
「同じ神の眷属」という価値観が唯一支配的なものであれば、例え容姿や指向性が如何に異なろうとも、それは横並びの対等な存在だ。
そこに優劣などある筈もなく、ただ神の栄光を高めるという共通目的の内にある共存者として受け入れられたであろう。
空高く舞う鳥は、決して川の流れを遡る魚影に嫉妬したりなどしない。
 
だが、神に準ずるという認識の上に、人間と妖精という種族の線引き…「異なるもの」という“概念”を抱いた瞬間、そこに比較という軋轢が生じる。
比較がなければ、全ての生命は“唯一無二”の神の眷属である。現実に、人間と妖精という異なる種が存在しようが、比較の対象として意識に上がらなければ唯一性を損ねる事は決してない。
 
本来、世界の解釈とは“消極的”差異の集積と捉えられるものであり、この限りにおいて、如何なる種族が栄華を極めようとも、自身が“唯一”の神の種族であるという矜持を無意識下に持ち続ける事ができる。
それが、異なるという概念…“積極的”差異の導入により、種族・民族・階級・性別と留まらぬ比較の促進をもたらす事となる。
 
そして比較は、無条件に“唯一性の破綻”に対する不安を呼び起こし、自らを最も優良なる神の眷属と証明すべく、手段を選ばず狂奔する結末を招く。
 
* * *
 
事の成り行きを天上から見守っていた創造神は、そう結論付け、酷く落胆した。
そして、この世界が誤りであった事を認め、全てを終わらせ原初たる混沌に帰すため<デウスマスト>を世界に降臨させる事を決意した。
 
地上は未だ戦火が絶えない中、この決定に単身異を唱えたのが<マザー・ラパーパ>であった。
確かに人間も妖精も未熟ではあるが、それは決して失敗などではない。
決して、尊き命が誤りであったなどと認めてはならぬと。
 
 
沈黙を続ける創造神を前に、<マザー・ラパーパ>と<デウスマスト>による世界の存亡を賭けた戦いが始まった。
天上で繰り広げられる悲壮を極めた戦いに、人間と妖精は戸惑い、やがて矛を収め、共に天を仰いだ。
時折降り注ぐスコールのような流血を前に、震える肩を抱き、ただ懺悔する日々。
 
神に匹敵する力を持つ2つの存在。
創造神の力の象徴である、無から有を生み出す力「創造」と、有を無へ帰す力「混沌」を統べる者たち。
神殺しが許されるのは、神自身以外ありないのかもしれない。この戦いの終焉を神であれば想像できたのか、それさえも疑わしい。
終わりなき戦いは熾烈を極め、衰える事なき戦火に染まる日々は何度も繰り返された。
 
 
これ以上、生命溢れる大地を疲弊させるわけにはいかない。
 
被害拡大を防ぐため敵の殲滅を諦めた<マザー・ラパーパ>は、<デウスマスト>を封印すべく、世界中の遍く生命に呼びかけた。
混沌に対抗する力…無限の創造力を生み出す生命の力を貸して欲しいと。
 
想像を遥かに超える神々の戦いを前に、人間も妖精も何をどうすべきか見当もつかなかったが、この呼びかけに応えるべく、思い思いの方法で「願いの力」を祈りに込める。
心中で発した言葉はバラバラであっただろう。だが、思うところは皆同じであった。
同じ世界に生きる者として、等しく重い貴き命を痛感した人々が、願い見つめるもの…
 
 
『愛しき者たちを…愛しき者たちが生きるこの世界を、どうか護って欲しい』
 
 
不休の戦いの間、捧げ続けられた祈り。その「願いの力」が届いたのか徐々に均衡が崩れ、7日目の朝、とうとう永遠と思えた戦いに終止符が打たれた。
7つの部位に引き裂かれ、残された思念体を太陽に封印された<デウスマスト>。
そして戦いの終わりに、<マザー・ラパーパ>はこの世界を二つに割り、創造神に訴えた。
 
人間と妖精…今はまだ幼き生命かもしれない。
それでもいつか、時が全てを良き方向に導いてくれる筈だ。いつかきっと、理性と感性が手を取り合う瞬間が訪れる筈だ。
だから、その時を確かめてから、<最後の審判>を下して欲しいと。
 
 
暫しの沈黙の末、大きく頷いた創造神。
両の掌を掲げると、散り散りになった<デウスマスト>の部位が輝く宝石に変わり、二つの世界に点在する7つの大陸に光と共に落ちていった。
 
それを確かめた<マザー・ラパーパ>は、安堵したように満身創痍の身体を大樹に宿らせると、二つに別かたれたどちらの世界からも姿を消した。
 
そして、二つの世界に残された宝石を象る巨大な石柱は、いつしか<リンクル・ストーン>と呼ばれるようになった。
 
 
 
to be continued..