Principle Cubed - Everlasting Friendship(完全版)
[Chapter.I] Episode.1 <厄災>
 
 
その日、世界は巨大な闇と光に包まれた。
 
この世界で生活する多くの人間にとって、それは気に留めるまでもない一瞬の日の陰り。一時歩を止め何気なく頭上を仰ぎ見た後、再び歩き出す。その程度の認識であったであろう。
 
太陽光の遮蔽、続く強烈な煌き。
 
そう言えば、どこにでもありふれた光の乱反射くらいに捉えられるかもしれない。
然し、その日その瞬間に発生したそれは、全世界の人間の注意を同時に集め、全方位に渡る数億の視界に凶悪なハレーションを発生させた。
 
 
現実に起こった事態を理解させたのは、数十分後に全世界に配信された緊急放送であった。
 
『正体不明の光の発生と共に、世界の約1/4に当たる北の大陸全土の消滅が確認された』
 
生態系にも未曾有の被害をもたらしたと告げるテロップと共に、ノイズ混じりに配信された巨大な光の柱。宇宙を背景に世界を二分する光景は、直感的に「裁きの光」を連想させた。
そして、光の消失と同時に捕捉された星を覆う巨大なシルエット。足元に穿たれた地球の形を変える程の巨大クレータ。
勢いよく流れ込む海水をものともせずに鎮座するその禍々しき姿は、「世界の終末」を予感させるに十分だった。
 
その瞬間、想像力の限界を超えた破壊のイメージに、「絶望」の二文字がシンボリックに関連付けられた。
 
 
* * *
 
「一体何なんですか、あれはっ!?」
 
コの字形に配置された年代物の応接ソファ。煌びやかなトロフィーや盾が、等間隔に並べられたディスプレイラック。分厚い書籍が収められたブックシェルフは異国のものだろうか、馴染みのない装飾が施されている。
ありふれた調度品が立ち並ぶ小さな執務室に、若い女性の声が響いた。
 
黒魔術を髣髴とさせる古典的な三角帽子を被った10代前半と覚しき少女。
肩で揃えられた鮮やかな金色を湛えた髪、それに負けぬ瞳の輝きが、見るものに深い印象を残す。
詰問する表情から芯の強さを感じさせるが、ステッキを強く握りしめる右手は微かに震えていた。
 
「ミライ君、リコ君…キミ達には説明していなかったね。すまない。
魔法の力と正しき心があれば、いつかきっと説明の必要さえない世界が訪れる…希望に満ちた平和な世界を目指して教鞭を取ってきたけど、これはボク達の楽観が招いた失態なのかもしれない。」
 
大理石をくりぬいた重厚なデスクに腰を据える、一見すると30代半ばに見える知的な切れ長の目をした男が答えた。
それが答えになっていない事は、当の本人が一番理解しているのだろう。その苦渋に満ちた表情を見れば、誰もが瞬時に察するところだ。
 
それでもミライと呼ばれた少女は我慢を抑えきれず、男の次の言葉を待たずに身を乗り出そうとする。
それを制止したのは、傍らからそっと伸ばされた腕だった。
 
ミライの横に並ぶ、紫色に艶めく長い髪の少女…リコが静かに問う。
 
「魔法の力で世界を幸せにしたい…入学当時そう言った私に対して、『これはボク達の贖罪なんだ。どうか許して欲しい』…そう言ってましたよね?
学園長。私には、あの時の言葉が今起こっている事態を想定していたとしか思えません。知っている事実を全て教えてもらえませんか?
贖罪という言葉の真意を。この世界に魔法が存在する意味を。そして、あの怪物の正体を。」
 
学園長と呼ばれた男は、遠くを見つめるように顔を上げると、何かを思案するように静かに瞼を閉じた。
明らかに苛立ちを隠さないミライと、真っ直ぐな眼差しで静かに待つリコ。
祈りを捧げるような重い沈黙の後、そっと目を開いた学園長が言葉を紡ぐ。
対照的な二人の少女に全てを託すと決断したのか、その表情には覚悟の念が宿っていた。
 
「キミ達、<マザー・ラパーパ>の伝承は聞いた事があるね?」
 
頷く二人に、学園長は語り始めた。
御伽噺としても忘れ去られて久しい、この世界のルーツを。
 
 
 
to be continued..