季節は変わる。命が巡るように。
時の流れに何れは散り行く…その光景に心を奪われた。
この美しさは、一体何処からやってくるのだろう。
無常なるものへの憐憫を秘めた慈愛にも似た感傷か。
或いは、新たなる生命を紡ぎだすもののみが湛える至高の輝きなのか。
恐らく、移ろう命自体に意味などない。
儚きものに美を感じるのは決して普遍ではなく、一時の価値観に過ぎないだろう。
だが、だからこそ思う。
移ろう命の意味を問う“行為自体”にも意味がないと、誰が断じる事ができるだろうと。
どんな価値観とも無関係に“ただそこに在るだけの命”を問う事を忘れた時、いつか己の生さえも蔑ろにする結果を招くだろう。
巡る命に対する美徳が、自身の生の価値観を規定する。
そう思わずにいられないのは、鮮やかに色付いた葉もいつかは舞い散り朽ち果てる…それを知るからこその一時の感傷なのだろうか?

#巡るのは、決して“美しさ”ではない。
#これを人の生涯に照らし合わせた時、その生には一体何が見えてくるだろうか?