認識を変えても現実は変わらない。
だが,現実の意味を変える
しかも瞬時に。


# 好きな言葉に出会うのは難しい。
# 気の合う友人に巡り合うのと同じように。
# どちらも運命ではなく,確率の問題であろうが。



【22歳 3月6日のキミへ】
このレトリックは、今でも好きな言葉の一つとして多用している。
うろ覚えであるが、確かドラッカーの言葉にこんな表現があったかと思う。

そう言えば、数年前にドラッカーが漫画化(確か野球部マネージャーがマネジメントを読んだらどうこう的なタイトルだったかと;)されて流行したけど、好きな言葉(この野球部本にこの言葉があるのかは知らないのだが;)が氾濫して、俗っぽい表象をされるとあんまりいい気分がしなかったり。

こういうのを挙げてみると、音楽だったり映画だったり絵だったり、結構色々なジャンルが挙げられるな…
ごく一部の親しい知人には積極的に共有したくなるけど、大衆化されるとちょいと萎える的な。


出会いが運命ではなく、確率であるのならば、確率を上げるための日常的アプローチも可能なのだろう。

さて、同じような狭隘な非寛容精神を持った人間を捜してみれば、運命的な出逢いに遭遇する可能性も上がるだろうか?


…(ヾノヾノヾノヾノ・ω・`)ジェットストリームナイナーイ(爆)