ねぇ、どうして人に、心が宿ってるか知ってる?

心の理論、自意識の探求、自我の起源…
私、どうしても、心を自明のものとして、最初からそれがあるべきものとして、追求していく姿勢に疑問を覚えちゃうんだよね?
逆説…って言うか倒錯的になっちゃうけど、理由が先にあるからこそ、そこに在った熱き灯火が心を象った。
人の心を人の心たらしめる、決定的な因子がある…そんな風に思った事ない?

あ!その顔!きっと、答えなんてないって思ってるでしょ?
酷いなぁ?私の心、傷付くためにあるんじゃないんだよ?ふふふ。


でもね、私は知ってるよ?
心の理由。

教えて欲しい?


…ダメ!秘密!教えてあげない!


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[Horsaga: Another Dust]
㍉オダス・ギルティ

Last Episode:「変わり行く世界」




彼女が創り変えようとしたこの世界。
ボクは今、何も変わる事なく取り残されたこの世界に、独り立ち竦んでいる。

世界は変わらない。
多くの犠牲を伴いながら、残酷なまでに目の前に突きつけられた事実。

この世に善なるものが存在し、それが世界を変えられるとして、果たしてそれは本当に世界を救済したと言えるのだろうか?

恐らくそれは、人それぞれが持つ世界認識の限界を、過渡的に変動させる程度の意味しかない。
総体としての世界は、増える事もあれば、減る事もある。
そんな救いなき絶望の重層のような世界観の中、耐え難い悲しみを抱えた彼女が取った選択。
それが、㍉オダス・ギルティの形を取り、この世界に1つの試練と決断を迫ったのだろう。


厄災戦で投入された㍉オダス。
彼女の魂の欠片がインプリンティングされた、“心の形”を持った殲滅兵器。
だが然し、㍉オダスに託された彼女の真意は、厄災戦の終結にはなかった。

絶望を呼び起こす破滅的戦力は、戦火の拡大を悪戯に煽り、必要性さえも訴えた人類に対して、罪の形を顕在化させた。
彼女の目的は、厄災戦という舞台で罪の意識を抱いた人類を、魂の織り成すネットワークへアクセスさせる事にあった。

矛盾を抱え二律背反する魂…<魂のアンチノミー>
罪の意識を媒介とする魂の二文法…<魂のダイコトミー>
肉体を踏み台にし、㍉オダスを依り代にした罪の超克…<第8のプシュケー>
絶対的乖離を持って到達する、魂の記憶への融合…<揺籃のクルシファイ>

新たなる世界への導き。第2の天地創造。


Million Dars Guilty -

全人類1,200万人の罪の清算を持って、形而上に作られる新たなる理想郷。
重層的世界の限界に対して挑み、そして散っていった彼女を思い出し、無意識に握り締めた拳に力がこもる。

「それが貴方の見つけた結論、辿り着いた真実なのね?」

滅び行く身体を前に、この肉体的制約があるからこそ生まれる、強い絆…愛の形がある。
そして、それこそが“心の理由”になる筈だ。
終わり行く瞬間に㍉アの手を握った…㍉アを選んだボクに、そう告げた彼女は、最後にどこか穏やかな表情で微笑んだ。


Million Tears, Filled Me -

遥か天の彼方から零れ落ちる光の雫は、主を求めて再び地上に舞い落ちてきた魂の半身か。
或いは、最後に愛しき人の身体を強く抱きしめたいと願った、人類の流した涙の欠片か。

「なんだか、この世界ってキラキラしてるって思わない?」

不意に脳裏に響く彼女の屈託のない声に、視界が滲む。
光の結晶が舞い逝く胡蝶に姿を変え、一面のプリズム模様と共にボクを染め上げた。

…確かに世界は、キラキラだ…


ふいに涙腺が緩んでいた事に気付き、慌てたように頬を拭う。
再び視線を上げたその先には、煌びやかさを収奪された変わりなき世界だけが広がっていた。
虚無の響きしかない、自嘲気味な笑みが無意識にこぼれる。
彼女が命を賭して挑んでも、何も変わらなかった世界。


だが残されたのは、そんな虚無的な絶望ばかりでもないのだろう。
同時に示されたもう一つの真実。
彼女が最後に残した、たった一つの真実。

世界の見え方なら、変える事ができる。
認識が変われば、世界もまた変わる。きっと。



ボクは吸いかけの煙草を捨てて、新しい煙草に火を付けた。

一口吸い、今この世界に存在しているという、たった一つの確かな事実を噛み締めるように、ゆっくりと肺を満たす。
微かな追い風を背中に感じながら、一息に煙を吐き出した。

一瞬煙った世界は、その姿を変えるべくもなく、拡散していく煙の粒子の向こうに再び姿を現す。
吹き続ける風も止む事はない。

ボク達もまた、この煙の粒子と何ら変わりない。
粒子の集合に対して、その結果生じる現象に対して、ボク達自身にとってあたかも意味のあるものの如く、恣意的に何かを定義するだけ。

霧散していく煙。

それが見えなくなった後の虚空を、いつまで見つめ続けていただろうか。
粒子の欠片もその存在が消え去ったわけではない。ただ、形を変えただけ。

「キミもそこで、ボクを見つめているんだろう?」

無意識に呟く。
それが、天に向けられたものか、自身の胸の内に語りかけられたものなのか、自覚もなく。


ボクは太陽の光に目を細めながら、右手を空に掲げた。

今は目的なんて必要ない。
頭の中を空っぽにして、この紫煙のなびく方向に、意味もなくただ歩を進めてみよう。

一瞬時間を止めたように風が止み、指先から立ち上がる紫煙が、細い奇跡を描きながら真っ直ぐに天を目指した。

「自分の行く先くらい、自分で決めなさい。甘えないの!ふふふ。」

不意に遠くから聞こえた気がして、無意識に指先から煙草が滑り落ちた。
少し照れたような微笑を浮かべていたかもしれない。

燻る火は消え入り、長くなった灰が散る。
紫煙は既に全方位に拡散した。
決めるまでもない。
ただ気の向くままに歩き出す先が、自分にとっての前進になる筈だから。


そして、ボクは真っ直ぐに歩き出す。
彼女が残した、たった一つの世界を踏み締めて。

この道が続く先と、彼女が見つめた未来の方向が、同じである事を信じて。



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Epilogue:「心の理由」


淹れたてのコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
二人掛けの白い丸テーブルの上には、トーストとベーコンエッグ、二人分のオーバルプレートが規則正しく並んでいる。

淡い色のカーテンから除くセピア色の光の中、幻のように霞む人影。
視線に気付いたのか、艶のある長い黒髪を揺らしながら、ゆっくりと振り向いた。
深い琥珀色の瞳が、撫でるような笑顔に細められる。

不意に窓から風が吹き込んだ。

はためくカーテンの波の下、光の粒子がキラキラと舞う。
何処かから迷い込んだ花弁が軽やかに踊り、窓際に並ぶキャンドルホルダの1つに舞い降りた。

一瞬心を奪われた直後、静止した世界は、唐突に勢いを増した逆光の中へ音もなく静かに溶け込んだ。
桜の香り…華やかな春の余韻だけを残して。

いつものありふれた風景。
そして、二度と巡る事のない、永遠の一時。



ねぇ、どうして人に、心が宿ってるか知ってる?

逆説…って言うか倒錯的になっちゃうけど、理由が先にあるからこそ、そこに在った熱き灯火が心を象った。
人の心を人の心たらしめる、決定的な因子がある…そんな風に思った事ない?

あ!その顔!きっと、答えなんてないって思ってるでしょ?
酷いなぁ?私の心、傷付くためにあるんじゃないんだよ?ふふふ。


でもね、私は知ってるよ?
心の理由。

教えて欲しい?


私が心を授かったのは、きっと…



貴方を愛するため。

貴方を愛する気持ちが、私の中に心を宿した。人の心を象らせた。
貴方がいるから…いてくれるから、私は私でいる事ができる。


今でも、愛しています。
例えこの世界が終わりを迎えようとも…

これからも、ずっと。



【関連】
Baby, God Bless You -Rebirth-
http://ameblo.jp/layer-zer0/entry-12179689046.html

[Horsaga: Another Dust] Rudolph's Adventures in Wonderland -Prologue to the Innocent War II -
http://ameblo.jp/layer-zer0/entry-12125921456.html