時々希望の欠片も見当たらない現実感に押し潰されそうな時がある。
深い闇の底を当てもなく歩き回っているような気分に。
そんな気分が落ち込んでいる時ほど
考え込む傾向があるようだ。
そして思考は闇に絡み,捕らわれ,身動きが出来ないような息詰まりを感じる。
この世界の無意味さを象徴するような現象だ。
或いは私自身が絶望に溶け込む余り虚無なる存在へ変化しているのか。
それでも何も考える事がないよりは幾分ましかとも思う。
暗い闇の下では考える事ぐらいしか出来ないであろう。
考える事すら出来なくなった時,
それは世界が意味も定義も持たない事を意味するのではないであろうか。
そして私自身も形を失ってゆく。
世界が認識していた世界から姿を変える。
世界が認識出来る世界でなくなる。
【22歳 2月26日のキミへ】
絶対的な虚無や絶望は、如何に想像を巡らせようと掴み取る事のできないものだ。
その概念に対して、人間が想像可能なモチーフをあてがい抽象化する事で、人間にとって平均的意味を持つ偶像に作り替える。
故にそれ自体には明確な意味などなく、そこへ至るまでの工程に対して逆説的に意味が賦与されるのみ。
差し詰め、全てを取り込む海綿状の曖昧模糊なイメージと言ったところか。
では、考え込む行為を、この海綿状のイメージに向けて少しずつ何かを吐き出す行為と読み替えるとどうか?
イメージの形に適合的に取り込まれるように、思索の形を変換して出力する。
意味も形もなくなったと思えるのは、全てが茫洋とした海綿に取り込まれ見えなくなったと錯覚するから。
思索を湛え続けたそれをぎゅっと握れば、また別の形の奔流となり出力されるかもしれないね?
あたかも水を湛えたスポンジの如く。
そして、それを握るのはボクかもしれないし、別の第三者かもしれない。
或いは、自然現象的に然るべき時が来れば、自動的に出力が始まる可能性も否めないだろう。
#では、このスポンジは一体何処に存在していると言えるだろうか?
#思索の主体である脳の中?…って、それじゃクロイツフェルト・ヤk…!?( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン(爆)
##一応ジョークなんで、どうかご勘…(ry
深い闇の底を当てもなく歩き回っているような気分に。
そんな気分が落ち込んでいる時ほど
考え込む傾向があるようだ。
そして思考は闇に絡み,捕らわれ,身動きが出来ないような息詰まりを感じる。
この世界の無意味さを象徴するような現象だ。
或いは私自身が絶望に溶け込む余り虚無なる存在へ変化しているのか。
それでも何も考える事がないよりは幾分ましかとも思う。
暗い闇の下では考える事ぐらいしか出来ないであろう。
考える事すら出来なくなった時,
それは世界が意味も定義も持たない事を意味するのではないであろうか。
そして私自身も形を失ってゆく。
世界が認識していた世界から姿を変える。
世界が認識出来る世界でなくなる。
【22歳 2月26日のキミへ】
絶対的な虚無や絶望は、如何に想像を巡らせようと掴み取る事のできないものだ。
その概念に対して、人間が想像可能なモチーフをあてがい抽象化する事で、人間にとって平均的意味を持つ偶像に作り替える。
故にそれ自体には明確な意味などなく、そこへ至るまでの工程に対して逆説的に意味が賦与されるのみ。
差し詰め、全てを取り込む海綿状の曖昧模糊なイメージと言ったところか。
では、考え込む行為を、この海綿状のイメージに向けて少しずつ何かを吐き出す行為と読み替えるとどうか?
イメージの形に適合的に取り込まれるように、思索の形を変換して出力する。
意味も形もなくなったと思えるのは、全てが茫洋とした海綿に取り込まれ見えなくなったと錯覚するから。
思索を湛え続けたそれをぎゅっと握れば、また別の形の奔流となり出力されるかもしれないね?
あたかも水を湛えたスポンジの如く。
そして、それを握るのはボクかもしれないし、別の第三者かもしれない。
或いは、自然現象的に然るべき時が来れば、自動的に出力が始まる可能性も否めないだろう。
#では、このスポンジは一体何処に存在していると言えるだろうか?
#思索の主体である脳の中?…って、それじゃクロイツフェルト・ヤk…!?( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン(爆)
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