私の中で働きかけている(或いは新たに構築される)思想は全て
私の中の主観性が生み出してものであり,
同時に私の中でのみ適用される本能的スクリプト(若干彩色こそあれど)

広く通用する裁きの基本理念等幾ら頭を悩まそうと
決して表に出る事の無い,
言い換えれば「動機」という無味無臭な色気のない言葉に変換されるであろう。

そして現実的には司法システムこそが唯一(人間が)人間を裁く為のガイドライン。


高い機能レイヤーは一切(言葉のあや;,)必要ない。
相容れない人間同士の確執,
それこそがヒトという生物を最も端的に表現する事の出来る
そして干渉によって全て成り立つ人間を修飾する最も適切な表現ではないであろうか。


確執・・・干渉・・・人間・・・・・・・・・
考えれば考えるほど出口の無い複雑神妙な迷宮に紛れ込む。
既に万物の霊長が蔓延るこの世界でも
熾烈を極めて生存競争裡として絶える事は無い。

もしこの問に対する明確な答えを導き出す事に当たっては
恐らく適合種と淘汰種がはっきりと眼に見える形で現れるのではないか。

そして私は間違いなく後者であると断言出来る。


# 最も罪罰に対する制裁が必要であるという時点で
# ヒトという種の存在理由が危ぶまれるような気がしてならないのは杞憂なのであろうか。



【22歳 1月19日のキミへ】
国家の概念が進化的であるとして、老子的原始村落やロシアのミールのような、自然発生的な農民・村落共同体といった原初形態においてさえも、それは人工的概念であると言えるだろう。
そうであれば、ヒトがヒトを裁くのが、魂の善ではなく、社会の善を規範とするのは当然の帰結。

善という言葉が適切であるかはさて置き、ヒトの定めた法の限界を知る事は、法社会で生きる身として、必ず意義がある筈だ。
それでも。
ボク達は自分の魂に耳を傾けていれば、それでいいんだ。


#つか、前半部を全面カットした事を差し引いても、正直コレは何言ってるのか、全然分からない…(´・ω・`)
##取り敢えず、ヒトがヒトを裁く云々にフォーカスして、それっぽい事言ってみたつもりだけど、合ってるか?昔のボクよ?( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン