【KRIS】
日本のガイドブックを見ていたチェンとイーシンが、「花見」に行きたいと言い出した。僕、中国だとそういうの行ったことない、とルハンが言い、イーシンは湖南省では森林植物園にたくさん桜があったから、家族と一緒に観にいったことがある、という。
「漢江なら桜がそこそこ咲くよ。」
とシウミンが言い、夜もいい時間だというのに、ときならぬ遠足に出かけることになってしまった。寒いのはごめんだというシウミンと、それに付き合うというルハンは宿舎に残り、タオはセフンと遊びに出てしまって留守だったので、結局俺とイーシン、チェンの三人で、ぷらぷらと出かけることにする。
カナダはお花見あるの?と隣にいるチェンが尋ねるので、バンクーバーではチェリー・ブロッサム・フェスティバルというのがあって、毎年かなりにぎわうのだ、と教えてやると、行ってみたい!と目を輝かせて見上げてくる。いつかカナダでライブをやったら連れてってやろう、と言うと、チェンは
「約束!」
と小指を絡めて言い、機嫌よく笑った。歩きながら、チェンは顎でリズムをとって、小さな声でなにか口ずさんでいる。イーシンはポケットに両手を突っ込んでチェンの横を歩きながら、街路灯を見上げている。
風が吹けばまだ肌寒いこともある3月の終わり、桜の蕾は閉じたものも多く、咲いていてもせいぜい三分咲きといった程度で、
「まだちょっと早いのかなぁ。」
とイーシンが言ったそのとき、チェンが小さく、あ、と言って先にたって駆け出した。
川沿いの、少しほかの街路樹と離れたところにぽつんとひとつだけ立っている桜の木の、おそらくは日当たりのいい片側の枝だけに、夜の薄明かりの中ではほの白く見える花が見事に満開になっていた。
「うわぁ。」
パーカーのフードを頭にすっぽりかぶったイーシンが口をぽかんとあげて見上げる。チェンは小さくぴょんぴょん跳ねながら、こっちこっちと手を振っていた。
着てきたウインドブレーカーを脱いでしまってそれを敷いた上に座り、両足を前に投げ出して、頭上の枝を見上げるチェンの隣に腰を下ろして、さっきコンビニで買ってきた小瓶の酒のキャップを回して渡してやる。
「あれ、これ焼酎じゃないんだ。」
一口口に含んでから、チェンが不思議そうにビンのラベルを見た。
「日本のお酒売ってたんだよ。」
とイーシンが言い、チェンから瓶を受け取って自分も一口含んでみて、うえぇ、という顔をした。イーシンはあまり酒に強くない。無理しなくていいんだぞ、と言って、ペットボトルのジュースを渡すと、安心したようにニコっと笑った。
「なんか、花の匂いみたいな匂いするね。甘い…」
チェンは興味深々で、ちびちびと酒を飲んでいる。
「苦手だったら焼酎もあるぞ。」
と緑色の小瓶を振ってみせるが、チェンは
「ううん、これわりと好き。」
と言ってまた瓶に口をつけた。
川を渡ってくるしめった空気には少し緑っぽいような、青臭いような、春の気配があって、俺たちは特に何を語るでもないけれど、時折他愛もないことをぽつぽつと言い合いながら、そんな夜の気配を楽しんでいた。満開の枝の桜は風に揺れて、時折、控えめに花びらが舞い落ちてきた。
日本酒の小瓶を機嫌よく一本あけてしまい、時折俺の焼酎の瓶にも手を出していたチェンは、あくびをひとつすると、膝を抱えて俺の肩に頭をこつんとぶつけてきた。眠いか、と尋ねると、チェンはもう一つあくびをして、ふるふると首を振る。そのくせ身体の位置をもぞもぞと調整して、落ち着きやすい角度を見つけると、本格的に頭をもたせかけてきた。
ジョンデ、寝たの?とイーシンが尋ねるので見下ろすと、まずつむじが目に入り、視線をずらすと伏せた目の長い睫毛と、少し尖らせた唇がちょうど微笑んだような形でとどまっていた。軽く肩を揺すってみると、睫毛はほんの少し揺れたが、チェンは目をあけず、代わりに俺の腕に自分の腕を絡めて、完全に寝る体勢に入ったようだった。
『寝ちゃったね。』
小声の中国語で言ってえくぼを見せて微笑むと、イーシンは自分のパーカーを脱いでチェンにかけてやり、そのままチェンとは反対の側に回り込んできて俺の横にくっついて座り込み、チェンと同じように肩にコツンと頭をもたせかけてくる。重い、と言うと、イーシンは少しくらいいいでしょ、といってへらっと笑った。
規則正しいチェンの寝息を聞きながら、二人で桜を見上げてしばらく黙っていた。やがて俺が焼酎の小瓶の最後の一口をあおったのを見届けてから、イーシンは伸びをしながら立ち上がり、ぽんぽんと尻を払って、俺がチェンをおぶうのを手伝い、ステップを踏むように軽やかに、少し先に立って歩き出した。
『なんか重くなったぞこいつ。』
とぼやくとイーシンは振り向いてにっこり微笑んだ。
『練習生の頃から五センチ以上伸びたしね。筋肉ついたし、体力もついたよね。』
入社してすぐ、遅れてチームに合流した練習生時代のチェンは、まだ高校生の雰囲気を残したままの少年で、身体も線が細く、長いダンスのレッスンのあと、晩飯を待つテーブルで、疲れきって寝入ってしまうようなこともしばしばだった。その頃もよく寝室までおぶってやったものだったが、あの子供みたいな軽さを背中が覚えている。
やれやれ、と思っていると、イーシンは、
『ウーファン、お父さんみたいな顔してる。』
と言っておかしそうに笑った。
先いって、タクシー捕まえてくるね、と言って、ポケットに両手を突っ込んだまま走っていくイーシンの後姿を見送りながら、眠り込んだ子猫みたいに柔らかく暖かく、とろんと背中にはりついたチェンの身体を揺すりあげる。
「ん…。」
耳元で、小さな声が聞こえた。
「起きたか。」
首を捻って声をかけると、
「…ううん。寝てる。」
ともう一度、小さな声。
「おい、寝てる人間は返事しないんだぞ。」
と言って、身体を左右に揺すると、腕をだらんとさせていたチェンはうわ、と声をあげ、慌てて腕を俺の首に絡めてしがみついてきた。さらに身体をわざとぐらぐら揺らすと、チェンはわぁ!とかなんとか言いながら、懸命に俺にしがみついていたが、やがて息が切れたので、俺は
「起きたんなら自分で歩け。」
といって、チェンの脚を抱えていた手を離そうとした。が、チェンは構わず俺の背中にしがみついている。なにやら機嫌よさげな鼻歌まで歌って。
こら、と言って振り返った俺の頬に、何を思ったかチェンはちゅっと音をたててキスをした。呆気にとられた俺の頬に自分の頬をすり寄せて、チェンは少し呂律のまわらない中国語で言う。
『ファンファンぐぅ、だいすき。』
…まったく、俺はどうしてお前には、こんな調子でやられっぱなしなんだろう。こんなのは、俺のスタイルじゃないはずなのに。
前の通りでうまくタクシーを捕まえられたらしいイーシンが急ぎ足でこちらに向かってくる姿が、オレンジ色の街路灯に照らされて小さく見えた。
「…チェナ、寝たふりはもう少し上手くやれよ。」
「んー、わかったぁ。」
「何が【わかった】だ。」
そんなことを言いながら、俺はイーシンがこちらに着く前に、この緩んだ頬をどうにかしなけりゃならんな、などと考える。俺の背中の小悪魔はまた寝たふりを決め込むつもりらしく、ぴったりと俺の背にはりついて、頬を俺の頭に摺り寄せてきた。
この、あたたかでくすぐったいナニカを、もう少しだけ独り占めしていたい、などと思うのは、まるで俺のスタイルじゃない。スタイルじゃないのだけれど。
『前にとめて待っててもらってるから、早く。』
遠くから手を振りながら言うイーシンに頷いてみせながら、俺はそれもこれも全部、このほのかに甘い花が香る夜のせいだ、と考える。
タクシーの後部座席の奥の席にまずイーシンを座らせ、そのあとに気づけばまた本当に眠り込んでしまっているチェンを押し込み、自分は運転手の隣の席に乗り込んで、行き先を告げた。ミラーを少しずらして後部座席の様子を窺うと、チェンはイーシンの膝を枕にしてぐっすり眠っていた。窓の外の走り去る風景に目をやるイーシンの右腕は、チェンの肩をふわりと包み込んでいる。
ややあって、視線を膝の上にうつしたイーシンが、チェンの髪に触れながら、半ば独り言のようにつぶやいた。
「あ、…花びら。」
~FIN~
クリレイチェンのゆるーい感じのトライアングルな関係を書きたかったんですが、なんか生ぬるいまんまで終わってしまった…orz でもお花見の時期が終わっちゃうので、あんまりいじくりまわさずにUPします。「 」は韓国語、『 』は中国語のつもりです。イシンさんはジョンデ呼び、クリスはチェナ呼び。
お花見にこないで宿舎でお留守番のルゥミンは、たぶんあんなこととかこんなこととかしてると思います…不埒な感じで。
