朝食は、コーンフレークに限る。
手間は掛からないし、牛乳でカルシウムも取れるし一石二鳥だ。
澄沙は、パソコンを起動させたままコーンフレークを口に運び、そう思った。
時刻は11:30。
朝食と呼べる時間ではないが、澄沙は3限からの授業しかとっていないため遅刻の問題はなかったが、毎年毎年同じ時間の授業はない。
来年から朝早くの授業を取らなければならないのが今から億劫だった。
朝が苦手なわけではない。
むしろ得意な方だ。
最後の一口を口に運んでいると、パソコンのデスクトップにアイコンが出てきた。
アメリカの両親からのテレビ電話だ。
澄沙はマウスを動かしアイコンをクリックすると画面に現れたのは、彼の祖父だった。
「おはようスサ!」
「あ、なんだ、じいちゃんか」
「おーい、ちゃんと写ってるか?」
「うん」
訛りのある英語。
小さい画面越しの久しぶりの祖父は相変わらず逞しい体つきだった。
小麦色の肌にムキムキの二の腕をシャツから覗かせている。
「そっちいま深夜なんじゃないの?あした早いのに平気か?」
「あー、これから酒樽運びに行くから大丈夫だ」
「ついでにマックスと飲むんだろ。夜中から」
「はっはっは!当たり前だろー!」
祖父の名前は、バッスル・ニヨール。
アメリカ南西部に先住していたネイティブアメリカンの血を1/2引く、御歳74歳の元気ハツラツじーさんである。
仕事はニヨール家特性の地ビール生産。
地元でも美味しいと評判らしいが、製作途中で従業員のマックスと味見という名の飲み会をしているせいで出荷料は限りなく少ない。
少ない生産量の中、富裕層に大変人気があり、年間の売り上げは家一軒買えるくらいだとか。
好きな野球チームは、レッドソックスと西武ライオンズ。
趣味は乗馬とお酒、それからラクロスだ。
「ところで、日本はどうだ?」
「今は紅葉が綺麗だよ」
「そうかそうか、可愛い子は?」
澄沙は自分の祖父ながら、本当に変わっていると思っていた。
むしろ祖父というより友人に近い。
以前、祖父のネイティブアメリカンの友人に会わせてもらったことがあるが、こんなに陽気じゃなかった。
寡黙で無愛想、新しい文化を嫌って未だに自分たちで火を起こしたり獣を取ったりしているのに対し、祖父はパソコンも人並みに触れるし、好きな食べ物はチーズハンバーガーだし、隣の隣の街の住民にも顔が知られるほど愛想がいい。
「いないよ。みんな顔が平たいんだ」
顔を歪めながら言うと祖父は豪快に笑って見せた。
澄沙も堀が深い顔立ちだが、祖父は恐ろしいくらい堀が深いのだ。
母も日本人にしては顔立ちがハッキリしているし、澄沙の好みの女性もみんな堀が深かった。
顔が薄い日本人ばかりの大学に、堀を求めてはいけないと思っていた澄沙は昨日出会った棚本徹を思い出した。
「あ、でも昨日会った子は割と顔立ちハッキリしてた」
「可愛い?」
「さあ、可愛い方なんじゃないかな」
「ほう」
「でも.....」
棚本徹ついでに、澄沙は嫌なことも思い出した。
「そいつに、ラクロスやろうって言われた」
「おお..早速か」
「断わったけどね」
「何故だ、せっかく誘ってくれたんだろ?」
「いや、いい」
「どんなチームか見るだけでもいいじゃないか」
「.....じいちゃん、もう学校に行くから切るよ」
ラクロスの話は聞く耳を持たない澄沙にバッスルは肩をすくめた。
澄沙がこの話を嫌う理由が分かるからこそ、ここから先は言わないつもりなのだ。
「まあ待て、スサ」
「なに、まだなんかある?」
「リタが、来年手術することが決まったぞ」
「.....」
「今日の昼に決まってな。報告しとこうかと思ってskypeしたんだ」
通信を切ろうとする澄沙の手が止まった。
「.......理樹は、元気?」
「体調は申し分ない。早くお前の顔が見たいと嘆いてるぞ」
「そうか...もう手術受けられるのか」
リタとは、澄沙の4人兄妹のうちの末っ子にあたる5つ下の妹の理樹(リタ)ニヨールのことである。
澄沙が一番面倒を見てきた可愛い妹。
理樹は、生まれつき目が不自由で14歳になったら視力を得る手術をする予定だったのだ。
「理樹に、よろしくいっておいて」
「もちろんだ。たまには声を聞かせてあげてくれ」
「うん、じゃあね、じいちゃん。あんまり飲みすぎないでくれよ」
「約束はできないが、またな。I love you, Susa」
「Me too」
通信を切り、澄沙は頭を抱えるように机にうつぶせた。
バッスルから理樹の名前を聞き、自分がアメリカで行われたU22男子ラクロス世界大会でMF部門でMPVを取った時のことが頭を過ったのだ。
理樹は見えないはずなのにバッスルと両親と共に試合に来て、
『目が見えるようになったら澄沙の試合を見に行くのが夢!自分のお兄ちゃんが、世界大会に出てることが誇らしいし、みんなに自慢したい。』
試合の度にそう言っていた。
澄沙がMVPをとった時も、理樹は泣いて喜んでくれていた。
あの時、妹が語った夢を、叶えられなくなるだなんて思っただろうか。
事件のことを考えると、頭が割れそうになる。
ダメだ、思い出すな、しっかりしろ。
そう頭で何度も言い聞かせながら、澄沙は机から顔を上げた。
「.....、学校、いかなきゃ、」
確か今日の4限の英語は単語のテストだったはず。
澄沙は空になったコーンフレークの皿を流しに持って行き、歯を磨いて、学校に向かった。
To be next
