1 私と母が救急車で第2病院に着いたのは,10月18日の午後5時過ぎ頃であったと思います。

あたりはもう暗くなっていましたが,第1病院の医師に伝えられたタイムリミットギリギリに別病院に到着できたこと,第2病院は大きな建物ではないものの明るくとても新しい施設であったこと,すぐに迎え入れてくれた看護師さんの優しく明るく頼れる雰囲気に,気が楽になったことを良く覚えています。

 

母は,すぐにバイタル状態と画像の検査があるので救急病棟に入り,私はそこまで付き添った後に,「ドクターから短い話がありますから待っていてください」と言われて,救急病棟の前にある長椅子に案内していただきました。

(車に乗って後を追ってきてくれていた私の親族たち7,8人はまだ到着していませんでした。)

 

2 この時,さすがに私も驚いたのは,私と母自身が第2病院に到着するより前に,この地元の県のエホバの証人の「医療機関連絡委員会」のメンバーの方たち別の3人が,私が通されたその長椅子にすでに座っていた事でした。

 

このことについても,何か非難や批判をするつもりはありません。

 

これは,もともとの母の「包括的な意思・合意」に反するものではありませんでしたし,第2病院がどこであるかは東京都の医療機関連絡委員会の方に伝えた上で救急車に乗りましたので,彼らは善意から,連絡を取りあってそこに来てくれていたのが明らかといえば明らかであったからです。東京都のお二人同様,この3人の皆さんもまた,誠実そうで,穏やかで,品位のある方たちでした。

 

とはいえ,やはり客観的に考えるならば,親族でもない,代理権限を持つわけでもない,母にとっても私たちにとっても全くの他人である男性3人が,スーツを着て「よほどの関係者でないといるはずのない場所」に先に座っているというのは,異様といえば異様であり,最大限善意解釈していた私でも,相当の精神的抵抗を覚えたことも事実でした。

 

3 先に書いたのと同様,「経験者であるから語るべき健全な批判」と信じるものについても,ここで書かせていただきます。

そしてこれは,エホバの証人サイドにとっても有益な指摘であると信じます。

 

(1) ドクターを待つ間のごく短い時間,私はこの3人と,少しだけ会話をしました。

 

このお3方のうちの一人は,「今はアルブミンなどの代替治療がありますからね」と短く発言されました。

その言い方は穏やかで,私を元気づけるためにおっしゃったのかもしれませんし,初めて顔を合わせた4人の会話の糸口としての趣旨でおっしゃったのかもしれません。

 

しかし,この言葉で私は再度,冷静さを失いかけました。

 

私の理解では,アルブミンの使用目的は,血漿浸透圧の維持による「血漿量」の確保でした。緊急出血の場合,確かに血漿量確保は最優先事項であり,どの医師でもまずはそう考えるでしょうが,母の場合,仮に血漿量が維持されても,彼らの教えるエホバの証人教理ゆえにその後の「赤血球」の投与ができない状況でしたので,アルブミンの使用は何らの根本的解決になり得ないと強く感じました。むしろ,なまじ血漿量が維持されるゆえに血圧が安定し,それはすなわちさらなる出血をある意味促進することになるでしょうから,本来の血液の最重要機能を果たさない,どんどん希釈されてゆく液体が体内を循環することになり,全ての内臓・脳・細胞に深刻なダメージを与えることになるのではないかとすぐに考えました。

 

この人は意味が分かってこの発言をしているのだろうか?と深い疑問を抱きました。

 

そのとき私としては,「この場合でアルブミンが役に立ちますかね?」と冷たく尋ねることが精いっぱいでした。

 

⑵ 彼らとのやり取りは本当に短く,もう一人の医療機関連絡委員の方が述べたもう1つの別の発言は,「ヘモグロビン値さえ戻ればよいですね」というものでした。

 

この言葉でさらに私は最後の冷静さを失いそうになりました。

 

赤血球輸血が行えない場合,仮に出血が停止しても,鉄材投与等の継続によりヘモグロビンが1g/dl回復するにも1~2週間を要すると私は理解していました。そして母は,まさに彼らの教えにより,その赤血球を受け入れられない状況にありました。しかもこのあと腫瘍部分の開腹手術をするならば,大量のヘモグロビンが絶望的に一気に失われる状況です。

私は,患者がヘモグロビン低下により目前の死の危険に瀕している状況で「ヘモグロビン値が戻ればよいですね」という趣旨の言葉は,その患者の家族の感情を考えると,そうした患者家族を前にしてするべき発言ではないのではないかと感じました。

 

(3) まさにこの瞬間まで母の死を覚悟していた私は,感情の緒が切れて,このことについてその人に語気強く問い詰めようとしました。

ですが,まさにそのときに,奥の廊下から,第2病院の担当になってくれる医師が現れました。


文責 弁護士田中広太郎