私は,大学院時代に法医学を勉強したことがあり,普通の人よりも「人の死」のプロセスについて比較的正確な知識がありました。そんな自分には,母の死はもはや確実であろうと感じられました。
今はニコニコして話をしている母が,実際にはその体内で12時間程度に1g/dl単位で急速にヘモグロビンが失われているのなら,このあとそう時を経ずに意識を失い,そして二度と目を覚まさずに死ぬであろうと,覚悟をしました。

 

しかし同時に,まだ4時間程度の時間が残されていましたから,まさしく「一縷の望み」に賭け,このような状況でも高度な無輸血治療可能な医療機関を探す事に全力を傾けることにしました。とはいえ,これは,絶望的なあがきにも似たものでした。

 

1 私が第1病院に着いた時には,すでにエホバの証人の「医療機関連絡委員」の方が2人おられましたので,信者ではない私ですらも,「この人たちならそうした高度な医療機関の情報を持っているのだろう」と本気で信じ,ダイレクトに,「無輸血治療可能な医療機関の情報を普段から蓄積し,それをいざというときに提供していると聞いていますので,その情報をすぐにいただけないですか」と伝えました。

 

そして,実際にこのお二人は驚くばかりの多くの医療機関の情報を提供下さり,その数は約10か所にも及んだと記憶しています。

病院の医事課のかたも,そうした多くの情報が提供される様子に少し驚いているようでした。

 

ところが,医療機関連絡委員会のお二人から情報提供されたこれら各医療機関からは,1か所をのぞき,全件から「最終的には輸血を受けるという意思表示がなければ受け入れできない」との明確な回答がありました。そして残り1件は,「3日後である10月21日以降でなければ受け入れ不可能」という回答でしたが,3日後の時点では,母はとっくに死亡していることは明白でした。

 

つまり,結論を言ってしまえば,彼らの提供した情報は1つも役に立たず,むしろ,本当に対応可能な病院を見つけ出すための貴重な時間を無為に失わせるものになりました。

 

2 より具体的に述べるならば,これらお二人の医療機関連絡委員の方たちからは,最初,2つの病院の情報が提供され,それらはどちらも日本最大レベルの医科大学付属病院でした。この情報を受けて一度は安心しましたが,その両方からは即座に「受入れ不可能」との回答がきました。

 

その後,その方たちは,さらに多くの病院情報を提供くださいましたが,その提供方法は,「2,3か所の情報をその場で手書きしたメモで提供くださり,そこが受け入れ不可と判明すると,次にもう2,3か所の情報を提供くださる」といった五月雨式の形で,数時間にわたり合計4~5回に分けての徐々の情報提供でした。

 

また,母がいた第1病院は東京都内で最も隣県に近い場所に位置しており,隣県への搬送のほうが早くて現実的と考えられていたところ,当初なぜか東京都内の医療機関情報しか提供されず,かなりの時間が経過してから,私が,「あの,他県の情報はないのでしょうか?」とお尋ねしたところ,その時点からようやく他県の情報が提供され始めたという次第でした。

 

そして,これら提供された医療機関情報の全てが全く役に立たなかったのですが,それらの中には,「以前は受け入れていたが担当医師が転院したので現在は不可能。それも知らないんですか?」との回答も複数ありました。

 

3 この間に,私も自分自身で,無輸血治療で知られる医師のいる複数の病院に問い合わせをしましたが,医療機関側からは,緊急の転院先を探す場合には,①初診診断情報,②患者のバイタル情報,③場合により患部のXP・CT画像・内視鏡等の患部の直接撮影映像などの必要情報を正確に集約し,各医療機関の医療連携室や医事課を通じ,FAXその他の電磁媒体を使用して上記情報を送信してもらってからの判断になるとのことでした。

ですから,これら医療機関連絡委員の方たちの「情報」は,もとより情報自体が無価値(というより,無為に時間が流れて混乱したという意味で有害そのもの)であったばかりか,その提供「方法」もあまりにアナログで,著しいと言って良いほどに非効率的なものでした。

 

4 全く病院が見つからず,焦りが増しているさ中で,これら医療機関連絡委員の方の1人から,「ヘモグロビンが2,3g/dl台まで落ちても救命された例がありますからね」という発言があり,これを聞いた時に,さすがに私は,一度,冷静さを失いました。

 

「じゃああなたは,その2,3g/dl台まで落ちても救命された人に実際に会ってるんですか!?見てるんですか!?」

「あなたはその2,3g/dl台まで落ちた患者を救命した医師を知ってるんですか!?」

「そもそもそういう医師と普段から連携していてそうした医師を紹介できると,あなたたちは普段から公言してるんじゃないんですか?」

「ヘモグロビンが2,3g/dl台まで落ちて救命された場合,常識的に考えて,救命はされても脳の低酸素状態で重篤な後遺症が残って,命だけはあっても通常の生活は全くできない可能性のほうが高いんじゃないですか?いったい世界中のどこでいつ起きたかもわからず,その先の結果もわからない適当な情報,そもそも本当かどうかもわからない情報を,今,この状況のこの場で言うべきではないんじゃないですか?」

と一気にまくし立ててしまいました。

 

今にして思えば,これは自分の側の品位に欠けた行動であったと思ったりもしますし,

しかしまた,今でもなお,この時私が言ったことは間違いではなかったとも思っています。

 

5 私も,医師とは分野が違うとはいえ,人の命・人生・財産を扱う仕事をしており,そのための専門的知識と緊急事態を処理する際のスピードが非常に重要であると,いつも全人格をかけて考えていますし,そうした類の仕事を実際に10年以上やってると,ある程度そうしたものが自然と身についてくるものだと思っています。

 

ところが,「人を救う情報を常に集積し,その情報を的確に提供する」と自ら誇らしげに喧伝する「エホバの証人の医療機関連絡委員会」の実際の対応は,少なくとも私の母の具体的事例について言えば,上述のようなものでした。

まがりなりにも「専門職」としての感覚がある私としては,「無輸血医療の知識や医療連携の専門家である」かのようなイメージを信者たちに与えている彼らの実態(極端な非効率性・持っている情報のあまりの不正確さ)は,全く信じられないレベルのものでした。
そして私は,実際はこうした体たらくにすぎないこの組織に対して絶大の信頼を置き,まさに命そのものを預けるエホバの証人信者,その家族が,あまりに哀れでならないという強い感情に襲われました。

 

6 このような痛烈な批判をすることは,本当に心が痛みます。

実際,病院に来てくれた彼らは,ほとんどのエホバの証人と同様,とても誠実で,謙虚で,穏やかで,品位ある人たちでした。

 

しかし,これは「経験した誰かが必ず行わなければならない健全な批判」であると信じます。

 

これは,「人の命」がかかわる問題です。

そして,彼らは,非常に大きな期待・絶大な信頼を信者から受けており,その期待や信頼に値することを自ら否定しようとはしません。

そのような状況で,彼らが,「実際にはそうした期待や信頼に全く応えられない」のであれば,その事実を公にして改善を促すのが,当事者としてこの目で事実を見た私の責務であると信じます。

(彼らの存在がどのように「命に関わる」のかは,この後さらに詳述します)

得た教訓6:エホバの証人の「医療機関連絡委員会」が持っているリストは,少なくとも私の経験した実際のケースでは,全く何の役にも立たなかった。また,母の救命という意味において,彼らが役に立ってくれたことは1つもなかった。