1 2019年10月17日の午後,仕事をしていた私に,きょうだいから急に電話がかかってきました。その内容は,「お母さんが,体がふらふらするので,近くのかかりつけのお医者さんのところに行って診てもらったら,極端な貧血状態なので,地元の大きな病院ですぐに診てもらうようにといわれたので,一応,連絡したよ」というものでした。

 

 私は,「極端な貧血状態」という言葉に嫌な予感がして,電話を切る際の最後に,「ひょっとしたら輸血拒否のことでおおごとになるかもしれないね」と伝えました。

 

 わたしのきょうだいは,「いや,かかりつけのお医者さんには自転車で行ったみたいだし,ただの貧血みたいだから大丈夫じゃないの?」と言っており,さして深刻に受け止めていませんでしたが,私は逆に,もしもこれまで内臓からゆっくり下血が続いてきていて,自覚症状が出るほどに下血による貧血が悪化しているのだとしたら,相当に深刻な事態になるのではないか」と不安を覚えました。

 

 母がその後に行った「地元の大きな病院」(以下,「第1病院」といいます。)は,循環器内科や消化器内科をはじめとして多くの医療科を備える地元で信頼されている比較的規模の大きな病院であり,その病院で精密検査を受けるということでしたので,「あの病院でしっかりした対応をしてもらえるのであれば大丈夫だろう」という思いもありましたし,ちょうど天皇陛下の即位の礼の時期と重なりどうしてもキャンセルできない仕事が山積だったので,母の看病や入院の手配は私のきょうだいに任せることにして,私は検査結果が出ると言われた翌日の午前中に,第1病院に行くことにしました。この間,母は,10月17日の初診の時点ですぐに第1病院に緊急入院ということになりました。

 

2 2019年10月18日午前11時台に,私が第1病院に行くと,着いて即座に担当医と面談になり,同日の昼頃の時間に詳細な病状を知らされましたが,その時点ですぐに事態の深刻さに気付かされました。

 

 医師の説明は,

① 十二指腸に潰瘍が発見され,さらに周囲に別の大きな腫瘍が存在する。その腫瘍部分から比較的長期間出血が継続していると思われ,前日の初診検査時のヘモグロビン値は7g/dl台,当日18日の検査でのヘモグロビン値は6g/dlまで急速に低下し続けている。

② すでに現時点で「失血への対症療法」だけを考えても輸血が緊急に必要な状態であり,さらに出血箇所の外科的治療をしなければ失血状態はこれからも不可逆的に悪化する。

(※通常,女性の正常ヘモグロビン値は16~12g/dlで,12を下回ると「貧血」状態です。母はすでに異常値のその半分まで落ちており,さらに12時間程度につき1g/dl落ちていましたので,すでに極めて危険な状態にありました。)

③ 出血箇所の外科的治療をする際はさらに大量出血が確実に予想され,その時点での失血死の蓋然性が極めて高いため,いずれにせよ現時点でも手術時点でも輸血なしではこの病院では手の施しようがない。輸血も転院もなしなら今日明日のうちに意識を失い,その後,遅くとも明後日までには確実に死亡する。

④ 輸血を伴う治療を今開始すればごく短期間で回復するのは明白だが,輸血なしということであれば,このような状況でもなお無輸血治療に応じてくれる別の病院に搬送できなければ死を待つだけである。しかもそのような高度治療ができる病院が見つかるかどうかはわからない。

⑤ 仮に運よく病院が見つかり,無輸血治療をするとしても,それを開始するタイムリミットはその日の夕方,つまり今から4~5時間が限界で,その時間がすぎれが救命の見込みはほぼなくなり,ゆっくり意識を失い,そのまま死亡するのが確実である。あさって(10月20日)までは持たない,その前に絶命する。

というものでした。

 

3 つまり,輸血をするか,又は,高度な無輸血治療に応じてくれる病院を探す事が母の救命の二択の手段となりました。

 

より正確に言えば,母が死に至るまで輸血を拒否することは明白でしたので,高度な無輸血治療に応じてくれる病院を見つける事だけが母を救命する唯一の手段であり,しかもこの選択肢は希望が薄く,さらにはそのタイムリミットは長くてあと4,5時間という状況でした。

得た教訓1.家族がエホバの証人の場合,死の危険を伴う緊急輸血拒否の問題は,本当にある日突然やってくる

 

文責 弁護士田中広太郎