太郎:お父さんはよく僕に坐禅をしなさいといいますが、この間、小学生坐禅会というのがあっ て、学校から禅寺に行って、坐禅をやって来たよ。

父:どうだった?

 

太郎:足が痛かったよ。でも、和尚さんが有名大学に入ったり、大会社に入ることだけが優等生なのではない、と言っていたよ。お母さんは、勉強しなさい、勉強しなさい、というけれど、僕は、和尚さんの話の方が好きだよ。だって、「今の生活を離れて、人のあるべき道などというものはないのです」と言っていたもの。

僕はゲームが大好きで、サッカーやバスケのような遊びも大好きなんだもん!

 

父:ゲームをやったり遊んでばかりいて、塾を休んだりして、勉強をしないから、お母さんから「勉強しなさい」と言われているのだろう!

太郎:エヘヘヘ……

父:でも、学校へ行け、学校に行け、と言われて、学校に行くと「勉強しろ、勉強しろ」と言われている太郎たちは大変だよな……いつ遊ぶのだろう?

太郎:お父さん、そんなことお母さんに聞かせられないね。

 

父:勉強とは「そうすることに抵抗を感じながらも、当面の学業や仕事などに身を入れる意」(新明解国語辞典第5版)だそうだから、勉強が好きな太郎がいたら、その太郎はよっぽど親や周りの人たちに素直なのか、又は、本当に学業好きなんだろうね。お父さんは、友達と遊んだり好きなこと熱中して、食事時間を忘れてしまうようなこども時代を送った青年の方が、将来、社会に出て充実した人生が送れると思うな。

 

太郎:だから、お父さんは僕に「勉強しろ、勉強しろ」と言わないんだ!

父:いや、そんなこともないんだ。お母さんに逆らうと怖いしね、それに、お母さんのいうように、大学を出ていないと、会社の入社試験で受けさせてもらえないことがあるし、大学を卒業して新しく入社する方が楽そうだから、お母さんのいうことにあまり逆らわないんだよ。

しかし、実際は、どうだか分らんから……優等生だった人でも苦労の無い人はいないから……

 

太郎:和尚さんは、「今の生活に自信を持ち、他人の意見に振りまわされて慌てふためかないことが重要です」と言ってたよ。だから僕は、今の生活に自信を持っているから、大丈夫だよ!

 

父:大人になると、そうも行かなくなるんだ。周りの意見に振り回されがちになるんだよ。太郎も毎朝お父さんと一緒に坐禅をするか?

下村満子さんというジャーナリストは、父親から小学校5年の夏休みに、朝晩、15分づつでいいから、弟たちと一緒に坐禅しよう、と言われたんだよ(山田耕雲・新版禅の正門・春秋社刊序にかえてⅳ参照)。

小学生の頃から、禅に親しんでいると、大人になってからも良いね、

太郎もお父さんと一緒に、毎朝晩、坐禅をするか?

 

太郎:いいよ、お小遣いを増やしてくれる?買いたいゲームがたくさんあるんだ。

父:コイツ……坐禅をさせるのが、勉強しろ、というのと一緒になってしまってはねぇー……)。

(ということで父子ともども、毎朝晩、坐ることになった)

父:坐禅の仕方は、坐蒲の上に尻をのせて、結跏趺坐とか半跏趺坐とかいう坐り方をするんだよ。こどもは体が柔らかいから、結跏趺坐ができるよね。できない人は、正座でも胡坐でもいいんだよ。お父さんは最初は、半跏趺坐もできなかったので、胡坐で坐っていたよ。

太郎:分かっているよ、和尚さんに教わったから。お父さんにわたされた「こども普勧坐禅儀」、に書いてあったことと同じだって。

 

父:今、小学校で、道徳や倫理を教えろ、ということになっているが、理論をいくら教えてもダメだと思うんだが……人格の磨き方は、坐禅をするのが一番、そしてそれを日常の生活に活かして行くことだ、それ以外にはないんだよ。

太郎:和尚さんも、そんなこと言ってたなぁ……

 

父:学歴や金銭や出世を追い求めてどうするのかな?日本も経済的には貧乏という戦前戦後の一時期を脱したことだし、問題は、自分自身に、自信を持って世間を渡って行くことの方が大事なんだよ。

 

太郎は、お父さんやお母さんの方が先に死ぬのだ、と思っているんだろう?

太郎:そうだけど、違うの?

父:そうだ、事実は違うんだ。お父さんの同級生にも、お父さんやお母さんに小学生時代に死に別れてしまった人が、何人もいるんだよ。

太郎:そうか、東日本大震災の時によく分かったよ。僕は、まだ小さかったけどね……

 

父:普勧坐禅儀にも言っているね、人間の身体は「草露の如く、運命は電光に似たり」と。草露とは草の葉っぱについている水滴のことだし、電光とはピカッピカッと光る稲妻のことだよ。両方ともアットいう間に消えてしまうね。おじいちゃんやおばあちゃんのように、長い人生があると思って、日頃、だらだらと過ごしていると、あっという間に年を取ってしまうから、坐禅に精進しなさい、ということだよ。

太郎:はい、分かりました。

 

父:分かることと、実行することとは別なんだ。太郎も、10代から20代に一所懸命に坐禅をすると、染まらなくともよい世の中の悪習に染まらずに、心が自由自在になるね。お父さんは、我が子ながら太郎はそうあって欲しいな。

太郎:はい、一所懸命がんばるよ。

以上