「地域活性化のためのNPO講座」第1回目を開催しました。
昨日は、「地域活性化のためのNPO講座」第1回目を開催しました。
大勢の方々に受講いただき、会場は蒸し暑いくらいになりました。
受講者の皆様、関係者の皆様、ありがとうございました。
講座では、大阪府地域コーディネーターの池渕佐知子様の「まちづくりのフレームワーク」の講演に、受講者の方々が熱心に聞き入っていました。
質疑応答では、地域で活躍されている方々から、現場で感じておられることなどについての意見をあげていただき有意義なトークタイムとなりました。
最後に、受講者の皆さんの感じたこと・考えたことを書いていただいて、ホワイトボードでグルーピングするという簡単なワークを実施しました。そこに挙げられた課題や意見を、それぞれの受講者の方が持って帰っていただき、さらに深めて、ご自身の活動に生かしていただいたり、次の講座に反映していただくことを願って2時間を超える講座を終了しました。
大勢の方々に受講いただき、会場は蒸し暑いくらいになりました。
受講者の皆様、関係者の皆様、ありがとうございました。
講座では、大阪府地域コーディネーターの池渕佐知子様の「まちづくりのフレームワーク」の講演に、受講者の方々が熱心に聞き入っていました。
質疑応答では、地域で活躍されている方々から、現場で感じておられることなどについての意見をあげていただき有意義なトークタイムとなりました。
最後に、受講者の皆さんの感じたこと・考えたことを書いていただいて、ホワイトボードでグルーピングするという簡単なワークを実施しました。そこに挙げられた課題や意見を、それぞれの受講者の方が持って帰っていただき、さらに深めて、ご自身の活動に生かしていただいたり、次の講座に反映していただくことを願って2時間を超える講座を終了しました。
思いの継承
1月20日に、神戸で行われた防災イベントに参加して、
震災を知らない世代の子どもたちに同伴して(といっても私は保護
者担当でしたが)、神戸の「人と防災未来センター」を訪ねました
。
そして、その展示を見ていたときに、「思いの継承」ということに
気づきました。
「人と防災未来センター」では、「地震の記憶」を継承することと
、「助け合って生きてきたという思い」を継承することに、非常に力
を入れていると感じました。
今は、個人主義の時代ですから、人は人、自分は自分という時代で
すが、それが行き過ぎて、核家族化、
その核家族化が、こんどは少子高齢化を迎えて、無縁社会と呼ばれ
るものになってきたと思います。
人は人、自分は自分という個人主義は、個人個人がバラバラになっ
ていく社会です。
このような個人主義は、いい面もありますが、同時に、何かを失っ
てきたことも確かです。
...
その失われたものの中の一番大きなものが「思いの継承」というこ
とではないかと思います。
個人主義の世の中でも「思いの共有」ということは、それほど難し
いことではありません。
スポーツを観れば、あるチームに応援しているという「思いを共有
」ということは起こりますし、
映画を観たり、音楽を聞いて、あれは良かったと「思いを共有」す
ることもできます。
しかし、「思いの継承」ということは、個人主義の世の中では、な
かなか難しいと思います。
一昔前なら、それぞれの家族で家の伝統を「継承する」ということ
はあったでしょうし、
地域や村で、地域や村の伝統を「継承する」ということがあったと
思います。
もちろん今でも、あるところでは、ありますでしょうけど。
しかし、「継承」ということを、昔からの伝統を「継承」するとい
うことに限ってしまうと、そこには現代からみると不合理なものも
含まれているでしょうし、何よりも、今を生きる人の選択の余地が
なくなってしまって、現代の「個人主義」とマッチしません。
「思いの継承」というのは、今を生きる私たちが、今の感覚で、『
これが大切なこと』だと選択して、
「これを将来に継承していこうと」意識的に選択していかなければ
ならないものだと思います。
そして、「思いを共有」するだけでなく、そういった「思いを継承
」するという役目は、
もう家族や地域だけでは担いきれなくて、
これからは、NPOに託されていく大きなテーマになっていくので
はないかと思います。
震災を知らない世代の子どもたちに同伴して(といっても私は保護
者担当でしたが)、神戸の「人と防災未来センター」を訪ねました
。
そして、その展示を見ていたときに、「思いの継承」ということに
気づきました。
「人と防災未来センター」では、「地震の記憶」を継承することと
、「助け合って生きてきたという思い」を継承することに、非常に力
を入れていると感じました。
今は、個人主義の時代ですから、人は人、自分は自分という時代で
すが、それが行き過ぎて、核家族化、
その核家族化が、こんどは少子高齢化を迎えて、無縁社会と呼ばれ
るものになってきたと思います。
人は人、自分は自分という個人主義は、個人個人がバラバラになっ
ていく社会です。
このような個人主義は、いい面もありますが、同時に、何かを失っ
てきたことも確かです。
...
その失われたものの中の一番大きなものが「思いの継承」というこ
とではないかと思います。
個人主義の世の中でも「思いの共有」ということは、それほど難し
いことではありません。
スポーツを観れば、あるチームに応援しているという「思いを共有
」ということは起こりますし、
映画を観たり、音楽を聞いて、あれは良かったと「思いを共有」す
ることもできます。
しかし、「思いの継承」ということは、個人主義の世の中では、な
かなか難しいと思います。
一昔前なら、それぞれの家族で家の伝統を「継承する」ということ
はあったでしょうし、
地域や村で、地域や村の伝統を「継承する」ということがあったと
思います。
もちろん今でも、あるところでは、ありますでしょうけど。
しかし、「継承」ということを、昔からの伝統を「継承」するとい
うことに限ってしまうと、そこには現代からみると不合理なものも
含まれているでしょうし、何よりも、今を生きる人の選択の余地が
なくなってしまって、現代の「個人主義」とマッチしません。
「思いの継承」というのは、今を生きる私たちが、今の感覚で、『
これが大切なこと』だと選択して、
「これを将来に継承していこうと」意識的に選択していかなければ
ならないものだと思います。
そして、「思いを共有」するだけでなく、そういった「思いを継承
」するという役目は、
もう家族や地域だけでは担いきれなくて、
これからは、NPOに託されていく大きなテーマになっていくので
はないかと思います。
チャンスはいつも剣が峰
今年は、やっぱり上げ潮が来ているようです。
いくつかの案件が、ぼんやりとですが接近してきています。
こういう風にぼんやりと来るのは、つかまえると大きい。
ただし、捕まえるのは難しいもんです。
というのも出来上がった案件ではないので、捕まえるのに構想力が必要です。
どれだけ構想力があるか、自分が試されているわけですが、
つかみきれなかった場合は、自分が未熟だったとなります。
そいう意味では、チャンスは常に剣が峰のカタチでやってくるということでしょう。
今年は、自分を客観的に観るもう一人の自分にもなることが必要のようです。