最初は母の根拠があるのだかないのだかわからない反対に遭い、手術で摘出するのではなく、切らないで何とかしようという方向性を持った私だったが、様々な取り組みを続ける内、自分の意見として「切りたくない」と思うようになっていた。

 

そのきっかけの一つが、東洋医学的発想で、生理は女性のみが持つ毒素排出のチャンスであり、60歳まで生理があるのが理想であるという思想に触れたことである。生理と言えば何だか面倒くさいものと捉えられ、「ブルーデイ」などと呼ばれてしまったりする現象である。私自身、特に子宮筋腫のせいで半端なく出血量が多く、貧血になっただけでなく、時として15分でもナプキンが限界を迎えてしまうときもあり、社会生活を営む上で大きな障壁となる状態であった。

 

それでも、昔読んだ確か「鬼ババと呼ばれる女たち」(?)という本にも書いてあったが、生理は毒素排出とともに毎月女が生まれ変わるチャンスなのだ。その上、本来経血は尿同様に排出をコントロール出来るもので、昔の女性たちはそうやって生理用品もない中、トイレで排出していたというではないか。布ナプキンを勧める本も読んだ。トレーニングを経て、布ナプキン→ノーナプキンを成し遂げた人もいるらしい。調子に乗って私も布ナプキンを試みたが、ただでさえ過多月経なので一瞬で使い捨てナプキンに戻った。

 

ただ、生理のコントロールは私の憧れとなり、毎月大量の経血を排出する自分=毎月大量の毒素を排出している自分と思うと、過多月経に苦しむ一方で「生理さん、今月もありがとう」と感謝さえ覚えるようになっていた。そう、私はこのまま筋腫と共存共栄し、60歳まで生理のある女を目指していたのだ。