精神科治療の三大柱。(他にも数えれば出てきそうだけど、一般的には)
身体療法・精神療法・精神科リハビリテーション。
身体療法の中に薬物療法があり、精神科での薬物療法というのは、大きな大きな部分を占めていると思う。

はじめは、いわゆる安定剤ってなに?とか、どれが抗精神病薬なのか気分安定薬なのか抗うつ剤なのかハテナが飛び交っていたが、少しづつわかってきたとは思う。

最近は、入院時の患者さんの様子を観察して、主治医がどんな処方をだすか予想するのが自分の中で少しブームである。外れたからといって医師を批判するわけではないし、当たったからといって私の見方と同じわけではないことは承知だが、勉強している薬の事と実際の患者さんをつなげ、理解を深めたい気持ちが強い。そしてその医師の処方の意図もしっていきたい。
でも、予想を医師に伝えることはない。これは、自分の中での内緒。笑
私はまだまだ新人で、他人が緊張することもあまりないだろうけど、変に知識があって口出しする看護師って嫌じゃないですか。医師を変な緊張というか警戒させたくないです!チームの一人として協調的に存在できたらなあ…とひよっこながらに思います。
個人的には、いろんな特性・視点の看護師がいることがいいとも思うんですけどね。自由な意見を出し合えて、お互いにすり合わせられるというチームがいいな。私はその中で調整的な看護師の立場を目指してます。

さてさて、入院時の処方の予想ですが、

陽性症状が活発→新規抗精神病薬を中~高容量。この医師ならMDAかな?MARTAかな?
糖尿の既往がある。→頓服でもクエチアピンやジプレキサはない。
かなり酷い不眠の様子。→医師によっては、頓服ならベゲタミンもあるかもなあ。
拒薬激しい→注射か水薬かOD錠かなあ。
服薬のコンプライアンスが不良→入院時よりエビリファイ開始で、退院後は持続注射利用かもなあ。双極なら完全他者管理じゃなきゃラミクタールはない。
入院前にラミクタールを200㎜とか処方していても、内服が確実じゃなければラミクタールは25㎜まで落として開始かな。
高齢の抑うつ→認知機能のテストも入ってくるはず。

などなど。
薬は奥深いけど、観察の元となる大きなポイントだからよーくみなきゃ!

そのためにはやっぱり机上も大切だ。
医学書院やメヂカルフレンド社をよむことが多いが、最近はメディックメディアが読みやすいことを知り、病気がみえるシリーズや薬がみえるシリーズを読んでいる。

わかりやすく読み応えのある参考書をみつけることは勉強の質が何倍も上がることと思う。



急性期で勤務しており、毎日ではないが入院がある。
その中で、BPSDにより集団や家庭、社会生活がおくれなくなってしまった認知症患者さんが入院されることもある。
一時期は認知症の入院が続いたためか、スタッフから「急性期じゃなくて認知症の病棟みたいね」という言葉も聞かれた。
「確かに認知症が増えたなあ」と思ったが、「認知症患者さんとの関わり」は奥深く、また、急性期病棟の役割を果たすには「BPSDの悪化」は適していると思う。
認知症患者さんへの対応に精神科の看護が詰まっていると思えてならない。
スタンダードというか、応用も利くというか…
とにかく、認知症の患者さんと関わっていると、勉強になる!と感じることが多いのだ。

関わり方でその後の穏やかさが全然違うのも体感する。
私なりに勉強しながら試行錯誤し、日々関わっている。

以下は、臨床で出会う認知症患者さんの発言をまとめてみた。

case1 「ご飯を食べてない!!!」
◇「おいしかった」「たのしかった」という感情は残りやすいため、できるだけ楽しい食事ができるような環境調整をする。
◇空腹を感じているのかもしれないので「そうでしたか」と受け入れて、ジュースをのんでみる。
◇次の食事時間が近ければ時間を伝えてみる。「あと1時間ほどで食事ができますよ。今日の献立は何か一緒に見に行ってみますか?」

case2 何度も同じ質問を繰り返す。
背景には、自分が忘れやすくなっているという強い不安がある。ご本人が忘れたくないことを繰り返し確認している可能性がある。
◇「さっきも聞いた!何回いったらいい?」などの指摘はせず、根気よく、やさしく答える。
◇その質問の背景に、本人がどんなことを心配しているのかを理解することも重要。
病室に大きなカレンダーを貼り、そこに予定を一緒に書き込むことで、曜日の感覚や行事を印象づけられるかもしれない。

case3 「物がなくなった、盗られた!!!」
このような妄想は、認知症になる前に、仕事熱心で責任感が強い人に多いと言われている。
自分で自立して生きてきた方には、「自分が忘れる」ということを受け入れられないため、「盗られた」と解釈することで自分を納得させているといわれている。
◇物盗られ妄想は、否定するとこだわりが強くなる。「一緒に探しましょう」と受け入れる。出てきたら「ここに直していたね。私が忘れていたね。」ということもあるし、「この部屋の人が隠したね。」と疑ったままのこともある。「他の人を疑っていては辛いでしょう、事実はわからないけれど、あってよかったです。私も安心しましたよ。」と同調する。
◇本人が寂しさや不安を抱えていることをくみ取り、「もし、探して出てこなくても、私が貸しますから大丈夫ですよ」と安心させることで、気持ちが柔らぐかもしれない。

case4 季節や場所に合わない服装をする。
季節感が徐々に薄くなり、判断力が低下していくため、今どんな服装を選べばよいかが分からなくなることがある。また、「きれいに装いたい」などの意欲も低下して、「何でもいい」という考えになってしまいがち。
◇「この青いセーター、似合いますね。花柄のもかわいいですよ。」と、季節に合った服をすすめてみる。「似合っている」と褒められることは、大きな安心と喜びになるかもしれません。ほめ殺しはいけませんが…

case6 外に出ようとする。退院するという。
その場に居にくい、漠然とした不安感、落ち着かない気分があり、これによって当てもなく歩き回ったりすることもある。また、自分の居場所を何となく求めている。
◇ 「退院できません。」と事実を言うのではなく、家族の方や主治医の先生と相談してみましょう、と今後の話をするのもありと思う。
◇ 居心地のいい環境調整に努める。
◇ ある程度話を聞いた上で「いまテレビで相撲があっているみたいなんですけど、ホールまで一緒にみにいきませんか?」「パズルしませんか?」「ご飯がおいしいから今晩は食べていきませんか?」等、話をそらす。
◇止めるのではなく「お出かけは一緒に行きましょう」と、主治医に院内散歩を提案するのもいいかもしれない。

Case7 入浴を嫌がる。
無理やりされたという経験がある。心配ごとがある。本人の習慣。
◇嫌な時はすぐ引き下がり、タイミングは本人に合わせる。少しのことで不穏スイッチをいれてしまわないようにする。別のタイミングで話すときてくれる時もある。あるいは散歩にいったり、レクをしたり、お茶をのんだり入浴から注意をそらしたあともう一度誘ってみる。
◇入浴が難しそうであれば、状況にあわせて、陰部洗浄、清拭、ドライシャンプーを利用して清潔を保つ。
◇「下着が汚れていないか心配」「大勢の人の前で裸になるのが嫌」「男女混浴でないか心配」「財布など貴重品が気になる」 と言われることがある(軽度の方で多い)軽度の方には入浴の効果や必要性を説明する意味がある。心配事を取り除く約束をし、納得して入浴してもらう。
◇「風邪を引いててはいれない。」と言われることがある(中等度以上で多い)それは言葉の通りではなく裏があるため「風邪なんて引いてないですよ」というのは的が外れている。どうしたらはいりたくなるか考える。風邪の視点では「先生が許可してくれましたよ。冷えないようにすぐ入って、あったかくして治しませんか。私に手伝わせてくれませんか。」と声かけすると成功することもある。
◇ 行為を許可してくれた時は、丁寧に、楽しさや爽快感を感じられるように行う。目や耳にお湯が入る、看護師のエプロンが当たって冷たい、自分でできる部分もあるのに全部介助された、など不快に思いそうなことは確実に取り除く。
◇ 逆に本人の要求を聞きすぎて何日も入浴していないということも誤りである。利用者主体やその人らしい看護といった点は重要だが、結果的に、健康を害したり、人間関係に支障をきたしたりすることは、本当の患者主体とはいえない。必ずしも本人の希望を優先するだけで無く、本人にとって最も良い状態を最優先に考えること。


何が事実かや、正論かということよりも、その方の安心を考えることが大切なんじゃないかと思う。そしてこれは病棟においての人間関係にも言えること。医療において、前提として、患者さんの安全はあるが、自分の思う正論を突き通すことは、「円滑」とは程遠い。

SEKAI NO OWARIのドラゴンナイトの歌詞で「人はそれぞれの正義があって、争いあうのは仕方ないのかもしれない。だけど僕の正義がきっと彼を傷つけていたんだね」という部分が好き。
fukaseが指していることも、これに似たことと思う。
精神科にきてようやく一年が経った。

何度も、何度も、きいた言葉がある。

「精神科だから…」

この言葉の 次 に隠れているのは

「身体はそんなに関係ない」

「身体はそこまで看なくていい」

といったあまり大声では言えないような含みがあるものだと、私は感じ取っている。

実際は違うのかもしれないが…


私は、「精神科だから」

「ソレドコロジャナイ状態かつ繊細な患者さんへのケアをする」のだと思う。

身体と精神を切り離すことはできないと思う。

妄想や幻聴で痛みを感じ取れない患者さん。

歯を磨いたり、食事をとったり、爪を切ったり…セルフケアが不足する患者さん。

危険への回避ができない状態やセルフケアができない状態が続くと、影響は精神だけではない。

不穏だと思ったら歯痛が増強の因子だったなんてこともある。

だから、自分が患者さんの代わりに気づいて、防いで、補っていくという視点が大切だと思っている。

新卒のプリセプターをしている今だが、精神科を悪い意味で特殊化しない点を伝えたいと思っている。



勤務する病棟の医師から「精神科というと特殊だとか、P科という風に言われるのが嫌だった。僕はPの次を目指していきたい。」と聞いた時、

私は辞めてしまおうかというくらいに落胆が止まない状況にあった。

原因は精神科スタッフのスティグマ。

偉そうだけれど、こんな風に思うなんて、きっと、勉強不足だからなんだと思う。

精神障がいをもつ患者さんを「困った人」という視点ではなく「困っている人」という視点でみることをしていないのだ。

精神疾患を勉強すると「わがまま」とは思えないから。

信じられなかったことだったが、医療スタッフの生活保護に関する偏見も未だ強い。

そんなことが続いて、環境を変えようかと思っていたちょうどその時だった。

そんな時のこの言葉である。

それは、もう、励まされた。



そして、最近、私には、精神科の病棟論というものがやっとみえてきた。

特に、なぜあの医師は看護師のずれた視点からの指示要請にも頷き応じるのか?

注射の指示下さい!なんて強引な指示に怒らないのか?

この意図は?このタイミングは?反応は?等々

わからなかった意味が少しづつわかってきたような気がする。


正しさが円滑とは限らない。これに尽きるんだと思う。



例の医師からは、いつも本当にいいタイミングで助けてもらっている。

と、いうか、私の心の声ってだだ漏れなのかな。。。

恥ずかしいい。
ツイッターでも

フェースブックでもなく、

ブログ。


ブログやSNSの全盛期は私が中高生の時だったと思う。

トップブロガーといえば、眞鍋かおりさんや中川翔子さんだった。

あの頃は、好きなバンドやモデルやアニメ漫画等にうつつをぬかす

サブカルヲタバンギャだったので

その界隈では、ネットでたくさん出会いがあったな…

出会いって危なくない出会いですよ。

(しかし、いま考えれば何が起こるかわからない時代なので十分危ない)

ネット上だけの関係は持って三年だったと思う。

消費期限ではなく、賞味期限という感じ。

急に連絡が取れなくなるのもよくある。

儚い。



時を経て、看護学校に入学して、じわじわと精神科への興味が湧き、

将来は精神科で看護がしたいと思うようになり、

今は地方の精神科病院にきてやっと一年になります。

今までの一年もいろいろなことがあったけれど

リフレクションの意味でも

歩みを止めない意味でも

意識を高く持っていく意味でも

あと1年でアラサーになるという焦燥からもあるかもしれない

何か新しいことしたいな、と思ったので

始めてみました。

今私が、一番打ちこめているのは、精神科の中にあると思うから。


とはいっても、飽きっぽい私なので

無理なく自分のペースで続けていきます☆☆