イギリスへ再訪する最初の目的だった"青い瞳の彼との再会"が
見事玉砕に終わり、新たなスタートを切った私の旅。
晴れ晴れした気持ちと同時に、この先私はどうなっていくのか…
誰が私の運命の人なのか、どこに私は住むのか…

それは、あてのない旅がスタートしたことを意味しているようでもあった。

「日本じゃない!」
そう思った私は、住む場所をイギリスにしよう、と決めて出てきた。
そして、同時に日本人じゃなくてイギリス人と結婚しよう、
とさえ決めて出てきた。

あまりにも極端すぎる考えに思えるけれど、私の目的は
"日本に帰らない"ことだったのだ。


人は誰しも、誰かのこどもだ。

けれど、親がこどもにとってどんな存在であるかというのは
同じ家族の中であっても、その存在の意味は異なるだろう。
私は4人姉弟の一番上。その下3人はみんな男だった。

弟たちにとって、親がどんな存在に映っているのかは
私にはわからない。
きっと、どんな人にも"親"という存在に対する思いは
それぞれ異なるだろう。

少なくとも、その時の私にとって"親"という存在は
自分の自由を奪う者のように感じていた。

"自分で親を選んで生まれてきた"

そんなこと、にわかに信じられなかった。
社会人になって、年を重ねるほど、自分が"望んだもの"を
親が与えてくれていなかった。

そう思えるようになっていたからだ。

彼らが、どれだけ私に愛情を注いでくれていたかなど、
「わかってる」と言いながら、心の奥底では少しも納得できていなかった。

私は、自分が人生の分岐点に立った時、
その選択をする際には"親の意見"がいつも幅を利かした。
'自分が何をしたいか'ということよりも、'彼らがどう思うか'の方が
優先だった。

それは、明らかに自分を苦しめていたけれど、
そんなこと気付いていなかった。
そして、親からしてみれば、私の選択はいつも"理想"とは程遠かっただろう。

両親がいなければ私は生まれなかった。
それは周知の事実ではあるけれど、事実と納得はイコールではないのだ。
私は、事実であることは理解はしていても、どうも受け入れがたい
何かがつっかえているようだった。

"人が生まれ、その親のもとで育つ"

それが、一体自分に何を与えてくれていたのか…
それもまた、知りたいことの一つでもあった。

周りに既婚者が増え、みんな子供を産み育て始めた。
その育児の過程で「親ならでは」の悩みはみんなそれぞれ
持っているようだった。

わが子が可愛いからこそ、悩み苦しみ、戸惑う。

彼女たちが抱く将来への不安は段々、自分たち自身のことよりも
"わが子の将来"のことになっていった。
そんな友達を見ながら、私は自分が生まれたことの意味を
探さないではいられなかった。

実際、そんな意味を知りたいと思って旅に出たわけじゃない。
息苦しかった。日本じゃないと感じた。
ただそれだけの理由だった。

やりたい仕事を見つけたい。
ただそれだけだった。

けれど、私の旅する目的は、なぜか"人が生きる"ことの真理を
追究するものに変わっていっているようだった。