神さまのひとりごと

神さまのひとりごと

京都好きの一般人が綴る不思議な話。
神社などで実際に経験したこと、神様のこと、怪談、奇談、妖怪、陰陽道から古墳まで。
スピリチュアルな話が好きな方にお勧めの記事を扱っています。


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虹『神様のひとりごと』虹







神様のご利益と因果の話

皆様、こんばんは。ようやく、ブログタイトルに相応しい記事を更新することができました。

 

この数か月の間に、色々なメッセージを寄せてくださった皆様に、改めて御礼申し上げます。

 

今回のテーマは、神様のご利益と因果の話。神様の力の本質とは何か、という大きな疑問について私なりに感じたことの記録です。

 

よろしくお付き合いくださいませ。

 

▼目次


※この記事は抜粋を掲載しています。全文をご覧になりたい方は、本館にて無料でご覧いただけます。

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神様のご利益とは結局何なのか?

少し前に投稿した、本当に神様のいる土地はどこか?という記事について、実は補足したいなと思うことがあり、また記事を書こうという気持ちになりました。

ちょうど、あの記事を書いている時期の私自身は、神様の存在をありありと感じる境遇におりました。

少し時間が経った今、客観的に神様を体験するということについて、お話したいと思ったのです。

 

実を言えば今回、新天地に飛び出せたことは、神様のおかげ以外にはあり得ないという気持ちと、私みたいな人間に本当に神様がご利益を授けてくださるのだろうか、という気持ち。2つが混ざって、長らく心の整理がつかないでいました。

 

気持ちの整理ができて来た今、また筆をとったのは、もちろん自分が神様に特別に愛されていると誇示したり、ご利益自慢をしたりするためではありません。

私なりに、神様のご加護とは何か?という問いの答えが垣間見えた気がしたからで、今日はそのお話を申し上げましょう。

 

神様の教育方針は自主独立

私の思う神様のご利益とは、人間の手の届かないところでしか働かない不思議なパワー。

 

天変地異や重篤な病気など、本人の努力・・・つまり人知の及ばぬレベルで問題が起きようとしたとき、初めて手を差し伸べてくださる極わずかな助けではないかと思うようになりました。

 

ピンチの時の助け舟というと、派手な感じはしないかもしれません。

でも、その助けがあったことで人間は一命を取り止めたり、破産したりするような、深刻な災難を免れることが出来る。

 

その極わずかな運命を変える手助けがあったとしたら、人間はそれを奇跡と呼ぶのではないでしょうか。

 

欲望を満たす何かではなくて、奇跡としかいえない幸運こそが、神様のご利益やご守護かもしれない、と思うんですね。

 

神様が与えてくれる魂の平穏

時に厳しいともいわれる神仏ですが、神仏を意識した暮らしをしていると、暮らしの中に当たり前の秩序が戻ってくる気がします。

 

その秩序が私たちにもたらすのは生きることへの安心感で、本当はこれが一番のご利益なのかもしれません。

 

命の四季を体験することが神様と共に生きることなら、上手くいかないことや辛いことがあるのも、本当はふつうのこと。

 

神様と生きてさえいれば、人生のすべてが奇跡のように上手く行くという考え方には、私は馴染めませんでした。

 

でも、神様は失敗を笑ったり責めたりすることは絶対にない、とは思っています。

 

雨の日も晴れの日も、命にとっては普通のこと。人生の浮き沈みのたびに、自分を恥じる必要はないよ、そう神様はささやいているような気が致します。

 

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皆様に大切なお知らせです

皆様、こんばんは。音沙汰なくしてしまい失礼いたしました。

 

今日はいくつかお知らせをしたいことがございます。

 

ひとつ目は、今後のブログに関するイベントについて。ふたつ目は、私の個人的な近況についてです。

 

まず、お話をしなければいけないのが、今後の寺社ツアーの運営についてです。

 

残念ではありますが、ツアーをはじめ対面形式で行う企画やイベントは期間を決めず、中止としたく存じます。

 

第一の理由は言うまでもなく、新型コロナウイルスを警戒するため。

第二の理由は、私自身の環境が大きく変わってしまったことが挙げられます。

 

ツアーでお会いした方には申し上げたこともあったかと存じますが、私の普段の仕事は医療系メーカー向けの法務。

法務といっても、一般的な法律ではなく、薬機法を扱う仕事をして参りました。

 

皆様もニュースなどで、「新薬○○が承認されました」などという言葉をお聞きになったことがあるのではないでしょうか。

 

この承認を取得するためには、厚生労働省(実際の審査窓口はPMDAという独立行政法人)に決められたとおりの手続きしなくれはならないのですが、簡単にいうとそれが私の本業なんですね。

 

今の世の中では、多忙を極める職業のひとつといえるかもしれません。

 

今回、非常に強く世に求められる製品を手掛ける企業で仕事をすることになり、私なりに考えた結果、しばらくは本業を頑張ることの方が現実的に役立つかな、と思いました。

 

皆様を感染リスクにさらしながら連れまわすことも控えたく、寺社ツアーやイベントは見送ることにしました。

 

それからもうひとつ、割と重大発表なのですが、この新しい仕事の関係で私自身が関西へ行かねばならなくなりました。

不適切な時期の移動になってしまい、皆様のご心配を増やしてしまうこと、まずはお詫び申し上げます。

 

新型コロナウイルスの流行については、予測の難しい状況が続いております。

 

通常の生活様式に戻れるまで2年以上かかるとの意見もあること、私の仕事自体が大変急を要すること、このような状況で会社とも相談した結果、すべての準備を大急ぎで進めることになりました。

また、移動後も少なくとも夏までは、在宅ワーク&良識ある行動を続けることにしています。

 

このような状況で、ブログも手が回らない日が続いていましたこと、重ねてお詫び致します。

 

特に以前、関西でのツアーにお越しくださった皆様には、直接ご挨拶にうかがいたいと思っておりましたが、社会情勢を鑑みまして対面でのご挨拶は遠慮することに致しました。何卒、ご容赦ください。

 

感染拡大への不安が拭えない毎日が続く中、少しでも皆様の不安の種を増やさないよう私自身も徹底的に注意するとともに、医療現場を裏方から支える技能者の一人として、できることを頑張りたいと思います。

 

余談ですが、新しい氏神さまとして伏見稲荷大社とのご縁をいただけることになりました。

 

残念なことに、しばらくは関西の神様・仏様へのご挨拶も思うままとはいかなそうですが、いつかまた皆様と参拝に行ける日が来たら嬉しいなあと考えております。

 

本当に、平時であれば日常的な報告になったのですけれども、誠に間の悪い話となり恐縮です。

 

あっという間にすべてが進み、私自身まだ現実について行けておりません。

自分が崇敬してきた神仏に、新しい異世界への扉を開いてもらったような気持さえしています。

 

もっと詳しくご説明したい気持ちもありますが、職業上の守秘義務もあるため、残念ながら現時点ではこれ以上のことは申せません。

 

個々に連絡をくださっている皆様も、本当はもう少し丁寧に返信を差し上げたかったのですが、このような事情から尻切れトンボ気味になってしまいました。お許しください。

 

お休み中、気にかけてくださった皆様、誠にありがとうございました。

これまでとは違うかたちながら、細々とブログを書くことくらいは続けられたらいいなと思っています。

 

 

皆様、くれぐれもご自愛くださいませ。

 

本当に神様がいる神社とは?逆効果パワースポットを避ける方法

 

皆様、こんばんは。お元気でお過ごしでしょうか?

 

久しぶりの更新となって恐縮です。

外出自粛ムードが高まる中で寺社巡りをあっ旋するのもな、と筆が止まっていました。

 

さて、今回は読者様からのご質問にお答えする記事です。

神社が荒れて神様がいなくなってしまう、あるいは荒れた神社に参拝すると逆効果になる、という噂について私なりにお答えして参ります。

 

実は同様の質問が多いことから、質問者さまに限らず、広く読者の方のヒントになるよう意識して書きました。

 

誤解がないように紙幅を割き、またもや長文となってしまいましたが、お付き合いいただければ嬉しく存じます。

 

▼目次

 
※この記事は抜粋を掲載しています。全文をご覧になりたい方は、本館にて無料でご覧いただけます。

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神社から神様がいなくなる?

たくさんの人が来るために、神社が荒れてしまう。

あるいは、特殊な思想を持つ人たちの迷惑行為で、神社が荒らされる。

 

その結果として、神社から神様がいなくなってしまうことがあるという噂を、パワースポットめぐりの好きな方なら、聞いたことがあるかもしれません。

 

そのような神社には神様が居なくなっており、参拝するとかえって運が悪くなるという噂などもあるそう。

寺社めぐりはしたいけれど、自分ではスピリチュアルなことの判断ができないという方には、不安な噂になっているようです。

 

こうした問題が実際にあるのでしょうか?

 

私の知っている範囲で先に申せば、ほとんどの神社はまず大丈夫です。

 

そして、この手の噂は事実を踏まえている部分もあるけれど、話のつながりは不正確ではないか、というのが率直な印象でした。

というのも、私としては神様がいない場所を訪れることと、悪影響を受けることはイコールではないと考えていないからです。

 

運勢を下げる逆パワースポットの特徴

本当に神様がいない場所に行っても平気なの?と、驚かれた方もおられるかもしれませんね。

でも、少し考えてみて欲しいのですが、そもそも私たちが日常生活を送る場所のほとんどは、聖域ではありませんよね。

 

例えば、新宿、渋谷、池袋のような繁華街は、スピリチュアルなアンテナを持つ人の間では、苦手と認識されることの多い街です。

 

だからといって、こうした繁華街に勤務していたら、それだけで運勢が悪くなるかといえば、そんなことはありませんよね。

こうした土地で働きながら仕事や私生活も上手く行っている人だっているでしょう。

 

この事実を考える時、神様の不在よりも自分にどんな影響のある土地なのかを判断する方が最終的には大事というのが私の考えなのです。

 

そして、これは実は逆のケースにも当てはまります。

つまり、本当に神様がいる神社に参拝したとしても、そのことで参拝した人間が必ず開運するとは言えないのではないか、ということです。

 

霊場だからこそ、あらゆるものが存在する

更に、この問題には難しい点があります。

それは、神様がいる=変なものがいない場所とも限らないことです。

 

というのも神社の中には昔、憑き物落としを盛んにしていた歴史のあるところなどもあって、こういう場所はふつうの神社と違うなあと、私自身も訪れてみて感じたことがあるんですね。

 

だからこそ、神様のいる神社=パワースポット=開運と単純に考えない方がよいかもしれないのです。

 

もしその神社に、これから心を入れ替えようとしているモノ(見習いさん)がいて、それを神様が見張っている状況だったとします。

だとすれば、その場所には神様も見習いさんも両方がいることになります。

 

この場合、普通にお参りする分には問題ないと思いますが、ネガティブなものに敏感な体質の方でしたら、見習いさんや更に下のよくないものに反応してしまう可能性はあります。

 

結果、「ここは良くない」と感じてしまう人もいるでしょう。

あるいは、「見習いさん」と神様を間違えていることに気が付かず、神様が出てきたと勘違いすることもあるかもしれません。

 

要するにどこに行くか以上に、神様に同調できるか否かの方が大事ということですよね。

 

聖地にはなぜ神様がいるのか

私は、ほとんどの神社は神様とつながっており、心配するようなことはないと思っています。

 

ただし、これらは電話の親機と子機の関係、あるいは原産地と養殖地のような関係にあると感じています。

 

つまり、自然に神様が降りる土地ではないけれど、人間が手入れをしてお招きしたからこそ、神様のいられるようになったところが多いということです。

 

もちろん、中には特別な神社もあります。

そういう場所では、放っておいても神様が生まれて来るので居なくなってしまうことはない、と私は思っています。

いわば神様の原産地ですね。

 

その特徴は、大自然の中にある山であったり、海風の吹き寄せる浜であったり、かたちは違っても自然のエネルギーに溢れていること

だからこそ、私は神様の究極的な正体は、自然を生じさせる生命エネルギーそのものだと思っているんですね。

 

参拝する私たち人間も、もちろん命の世界の仲間です。

 

神様までも生みだす自然、つまり命の根源にかえって、生命エネルギーをいただくこと。

そして、心身を健やかに整えることこそが開運の原点なのです。

 

だとすれば、本当のパワースポットとは大自然の豊かさに溢れた場所といえるのではないでしょうか。

 

開運する万能パワースポットの共通点

神仏からの守護を本格的にいただこうとすると、自分を受け入れてくれる神様を探さなければいけないので、これは運次第になってしまうところがあります。

 

神仏に対する義理を考える必要も出てくるので、一般人には大変な部分も出て来ますから、そういう時は心惹かれる神社仏閣の神主さんや僧侶さんに、王道の手続きをお願いする方がよいでしょう。

 

それとは別に、いわゆるパワースポットめぐりで運気アップをしたいのであれば、私のお勧めは神様の原産地を狙って参拝することです。

 

本当に自然エネルギーの豊かな場所に行くと、それだけで人間の身体や心の状態もポジティブになるんですね。

 

心が元気になれば、くよくよする気持ちが祓われて、夢や希望を抱けます。

気持ちに余裕が生まれれば、本当にやるべきことの判断でもつきやすくなります。

そこで身体が元気になれば、行動にうつることも容易にできるでしょう。

 

え、そんなに普通のことなの?と思われたでしょうか。

 

でも、神様のご利益というのは、ギャンブルや劇薬のように一瞬で何かをひっくり返すようなものではない、というのが私のたどり着いた結論なんです。

 

神様という補助輪を得て、その間だけ走れるようになったとして、補助輪が無くなった途端に進めなくなってしまうとしたら、どうでしょう。

それでは本当に人間を守護したことにならないと、神様の立場から考えれば分かるのではないでしょうか。

 

 

以上、これまでの神様の話の総集編のようになってしまい、長文になってしまいました。

お許しくださいませ。

 

どんな場所であっても、神社仏閣への参拝に対して、過剰に神経質にならなくても大丈夫、ということ。

一番大事なことは、自分が誰になってどうしたいか、だということ。


神社仏閣めぐりの好きな皆様に、少しでも私の気持ちが伝わったなら嬉しいです。

 

 

 

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