神さまのひとりごと

神さまのひとりごと

京都好きの一般人が綴る不思議な話。
神社などで実際に経験したこと、神様のこと、怪談、奇談、妖怪、陰陽道から古墳まで。
スピリチュアルな話が好きな方にお勧めの記事を扱っています。


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虹『神様のひとりごと』虹







霊感体質の人が気を付けるべき3つのこと

皆様、こんばんは。

 

今日は怪しい個人ブログに回帰しよう、という試みの第一弾です。なので、これは私が個人的に思っていること。

 

世の中にはそんな事もあるのかな、という程度の気持ちで読んでいただければ嬉しいです。

 

よろしくお付き合いくださいませ。

 

 

▼目次

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霊感体質に振り回されないために

今回の、「霊感体質の人が気を付けるべきこと」というテーマ。

なぜ、急にこんな話をしようと思ったかというと、私が直接お会いした読者様の中に、自分も見えるという方、お子さんに霊感があるけれど、どうしたらいいか分からないという方が、割に多くおられたからでした。

正直に言えば、私自身はあまり霊に悩まされたことはありません。
プロというほどのレベルでもないので、仕事としての活動もしておりません。

なので、これは私自身の狭い体験からの話です。

でも、不思議と関わる人ならきっと直面するであろう、霊の問題よりずっと重要なことをお話したいと思って書きました。

見えない世界に縁を持った人間の、ひとつの体験談として聞いてくださいね。

 

霊感体質の人が気を付けるべきこと1

私の考える、霊感体質の人が気を付けるべきこと。

それは意外かもしれませんが、生きている人間との付き合い方です。

見えないものが見えると、普段の付き合いの中で、自分から言わない方が良いのでは、と私は思っています。

なぜなら、そんなことを言っていると、基本的には2種類の人間しか寄って来なくなるからです。
 
まずは、不思議な力を頼って鑑定して欲しいという人。
もうひとつは、自分をおだてて何かさせようという人です。

とても残念な話ですが、これは子供社会ですら変わりません。
私自身、小学生・中学生の頃から「観て欲しい」といわれる経験をして来たので、実際にこの境遇を経験しました。

観ることのできる人がいると聞くと、本当に、小学生でも見て欲しいと集まって来るものなんです。

私自身が、この頃の経験を振り返って思うのは、こういうものと関わりのない人と比べて、随分と人間関係がつまらなくなったということでした。

何が問題かというと、本当の意味での友達が極端に少なくなってしまうのです。
せっかく遊びに誘われたと思っても、行ってみたらグループ鑑定の予約だった、なんてことが本当に何度もありました。

色々な人が集まっていたので、同級生にはある意味で人気があるように見えたかもしれませんが、このことは大人になってからの私の人生までも、干からびたものにしてしまったと思います。

一度、「お客さん」になってしまった相手とは、おそらく成長してからもずっと、その関係性がついて回ると覚悟しなければなりません。
 


そのままを口に出さない

だから、もし自分のお子さんに霊能があるとしても、そのことを自分から人に言わないように教えてあげた方が良いのではないか、というのが私の考えです。

もちろん、いつかどこかで、霊的な力が誰かの役に立つ時が来るかもしれません。
そういう時も、わざわざ「○○が見える」なんて言う必要はないのです。

見たものを直接伝えるのではなくて、普通の会話を楽しむときと同じ方法で伝えれば良い、と教えてあげてください。

何が見えたのかは放っておいて、「こうしてみたら?」と結論だけこっそり混ぜれば、霊能があるとは思われなくて済みますよね。

それと分からないよう、さりげなく相手にメッセージを伝える日本語力を鍛えてあげること。
それが、霊能を持つお子さんの幸せにはとても大事だと思います。
 
 
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神様のご利益と因果の話

皆様、こんばんは。ようやく、ブログタイトルに相応しい記事を更新することができました。

 

この数か月の間に、色々なメッセージを寄せてくださった皆様に、改めて御礼申し上げます。

 

今回のテーマは、神様のご利益と因果の話。神様の力の本質とは何か、という大きな疑問について私なりに感じたことの記録です。

 

よろしくお付き合いくださいませ。

 

▼目次


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神様のご利益とは結局何なのか?

少し前に投稿した、本当に神様のいる土地はどこか?という記事について、実は補足したいなと思うことがあり、また記事を書こうという気持ちになりました。

ちょうど、あの記事を書いている時期の私自身は、神様の存在をありありと感じる境遇におりました。

少し時間が経った今、客観的に神様を体験するということについて、お話したいと思ったのです。

 

実を言えば今回、新天地に飛び出せたことは、神様のおかげ以外にはあり得ないという気持ちと、私みたいな人間に本当に神様がご利益を授けてくださるのだろうか、という気持ち。2つが混ざって、長らく心の整理がつかないでいました。

 

気持ちの整理ができて来た今、また筆をとったのは、もちろん自分が神様に特別に愛されていると誇示したり、ご利益自慢をしたりするためではありません。

私なりに、神様のご加護とは何か?という問いの答えが垣間見えた気がしたからで、今日はそのお話を申し上げましょう。

 

神様の教育方針は自主独立

私の思う神様のご利益とは、人間の手の届かないところでしか働かない不思議なパワー。

 

天変地異や重篤な病気など、本人の努力・・・つまり人知の及ばぬレベルで問題が起きようとしたとき、初めて手を差し伸べてくださる極わずかな助けではないかと思うようになりました。

 

ピンチの時の助け舟というと、派手な感じはしないかもしれません。

でも、その助けがあったことで人間は一命を取り止めたり、破産したりするような、深刻な災難を免れることが出来る。

 

その極わずかな運命を変える手助けがあったとしたら、人間はそれを奇跡と呼ぶのではないでしょうか。

 

欲望を満たす何かではなくて、奇跡としかいえない幸運こそが、神様のご利益やご守護かもしれない、と思うんですね。

 

神様が与えてくれる魂の平穏

時に厳しいともいわれる神仏ですが、神仏を意識した暮らしをしていると、暮らしの中に当たり前の秩序が戻ってくる気がします。

 

その秩序が私たちにもたらすのは生きることへの安心感で、本当はこれが一番のご利益なのかもしれません。

 

命の四季を体験することが神様と共に生きることなら、上手くいかないことや辛いことがあるのも、本当はふつうのこと。

 

神様と生きてさえいれば、人生のすべてが奇跡のように上手く行くという考え方には、私は馴染めませんでした。

 

でも、神様は失敗を笑ったり責めたりすることは絶対にない、とは思っています。

 

雨の日も晴れの日も、命にとっては普通のこと。人生の浮き沈みのたびに、自分を恥じる必要はないよ、そう神様はささやいているような気が致します。

 

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皆様に大切なお知らせです

皆様、こんばんは。音沙汰なくしてしまい失礼いたしました。

 

今日はいくつかお知らせをしたいことがございます。

 

ひとつ目は、今後のブログに関するイベントについて。ふたつ目は、私の個人的な近況についてです。

 

まず、お話をしなければいけないのが、今後の寺社ツアーの運営についてです。

 

残念ではありますが、ツアーをはじめ対面形式で行う企画やイベントは期間を決めず、中止としたく存じます。

 

第一の理由は言うまでもなく、新型コロナウイルスを警戒するため。

第二の理由は、私自身の環境が大きく変わってしまったことが挙げられます。

 

ツアーでお会いした方には申し上げたこともあったかと存じますが、私の普段の仕事は医療系メーカー向けの法務。

法務といっても、一般的な法律ではなく、薬機法を扱う仕事をして参りました。

 

皆様もニュースなどで、「新薬○○が承認されました」などという言葉をお聞きになったことがあるのではないでしょうか。

 

この承認を取得するためには、厚生労働省(実際の審査窓口はPMDAという独立行政法人)に決められたとおりの手続きしなくれはならないのですが、簡単にいうとそれが私の本業なんですね。

 

今の世の中では、多忙を極める職業のひとつといえるかもしれません。

 

今回、非常に強く世に求められる製品を手掛ける企業で仕事をすることになり、私なりに考えた結果、しばらくは本業を頑張ることの方が現実的に役立つかな、と思いました。

 

皆様を感染リスクにさらしながら連れまわすことも控えたく、寺社ツアーやイベントは見送ることにしました。

 

それからもうひとつ、割と重大発表なのですが、この新しい仕事の関係で私自身が関西へ行かねばならなくなりました。

不適切な時期の移動になってしまい、皆様のご心配を増やしてしまうこと、まずはお詫び申し上げます。

 

新型コロナウイルスの流行については、予測の難しい状況が続いております。

 

通常の生活様式に戻れるまで2年以上かかるとの意見もあること、私の仕事自体が大変急を要すること、このような状況で会社とも相談した結果、すべての準備を大急ぎで進めることになりました。

また、移動後も少なくとも夏までは、在宅ワーク&良識ある行動を続けることにしています。

 

このような状況で、ブログも手が回らない日が続いていましたこと、重ねてお詫び致します。

 

特に以前、関西でのツアーにお越しくださった皆様には、直接ご挨拶にうかがいたいと思っておりましたが、社会情勢を鑑みまして対面でのご挨拶は遠慮することに致しました。何卒、ご容赦ください。

 

感染拡大への不安が拭えない毎日が続く中、少しでも皆様の不安の種を増やさないよう私自身も徹底的に注意するとともに、医療現場を裏方から支える技能者の一人として、できることを頑張りたいと思います。

 

余談ですが、新しい氏神さまとして伏見稲荷大社とのご縁をいただけることになりました。

 

残念なことに、しばらくは関西の神様・仏様へのご挨拶も思うままとはいかなそうですが、いつかまた皆様と参拝に行ける日が来たら嬉しいなあと考えております。

 

本当に、平時であれば日常的な報告になったのですけれども、誠に間の悪い話となり恐縮です。

 

あっという間にすべてが進み、私自身まだ現実について行けておりません。

自分が崇敬してきた神仏に、新しい異世界への扉を開いてもらったような気持さえしています。

 

もっと詳しくご説明したい気持ちもありますが、職業上の守秘義務もあるため、残念ながら現時点ではこれ以上のことは申せません。

 

個々に連絡をくださっている皆様も、本当はもう少し丁寧に返信を差し上げたかったのですが、このような事情から尻切れトンボ気味になってしまいました。お許しください。

 

お休み中、気にかけてくださった皆様、誠にありがとうございました。

これまでとは違うかたちながら、細々とブログを書くことくらいは続けられたらいいなと思っています。

 

 

皆様、くれぐれもご自愛くださいませ。