今、新築の家、マンションに
神棚、仏壇があるの家庭はどのくらいだろう。
20%もあればいい方じゃないだろうか。
仏壇が家にあると、どういう行動をするのだろう?
まず、自分たちが朝ご飯を食べる前に
お仏壇にごはんをお供えして、お香をたいて
手を合わせる。そして、なぜかわからないけど
「ありがとうございます」と言う。
子供に対して、
自分のことよりも、まず人のことを大切にしよう!
という教育ができる。
そして、何に対してありがとうって言うのか。
いつもと同じ行動ができていることに対して
いろいろなおかげ様です。と感謝しているのだ。
けがや病気をしたり、家がなくなったり
お金がなかったり、食べ物がなければ
昨日と同じ行動はできない。
この、「何もないこと」「いつもと同じことができる」に感謝。
節分で言うところの、
「鬼は外」が守られていることに
対して喜びを表しているのだ。
仏壇がないと、こうはいかない。
他人のことよりもまず自分のこと。
家に住めて、ご飯を食べられて当たり前。
いいことといったら、福は内、いいことが起こった時だけ。
「いいことないかな」というのは「鬼は外」の
喜びを実感できないからではないだろうか。
人は、「ありがとう」と言うと
今ここに幸せがあると認識できるそうです。
ありがとうといいそびれると、実は自分が「損」をしている。
また、お仏壇があれば、人からなにか美味しいものを
戴いたらまず仏壇にお供えする。
みんなに喜びがあることを報告する。
仏壇がなければ、「自分だけおいしい思いをしちゃえ」と
ひとりじめしよう!と思ってしまうかもしれない。
お仏壇ひとつで、様々な教育ができるようだ。
最近、こんなことを言う親は少なくなったのだろう。
「誰も見ていなくてもね、
神様・仏様、お天道様が見ているから
恥ずかしいことをしちゃいけないよ」
この教えで日本の自動販売機は営業が成り立っていた。
海外なら、お金が入っている無人の箱。こんなものを
置いているほうが悪い。あっさり壊されて持っていかれるそうだ。
子供の教育を法律だけに照らし合わせれば
「バレなければ何をやってもいい」
という発想になってしまう。
日本人の誇り、感受性は
神棚と仏壇が守ってくれていたのではないか。
お仏壇がなければ、お札でもいい。
何もないことに感謝できる場所が家にある。
日本人の美徳を過去のものに追いやるのは
実にもったいないと思う。
うちは仏壇、神棚がなくても子供を立派に教育できる!
と自信があれば何も言わないけれど、
神様、仏様に家族、子供をお守りいただいては
いかがだろうか。