大人になった私に、夢が出来ました。
それは、バクになること。
ゾウのようでサイみたい
ウシなのかトラなのかもわからない
そしてまるでクマにも見える?
そう、ちょっぴりへんてこな姿をしている
あの、不思議な動物、バクになること。
子どもの頃、次に生まれ変わる時は
お陽さまの光を浴びて眠り、時に雨となって海に落ち、そしてまた空へ戻る、誰の妨げにもならない、雲になりたいと願っていました。
でも、そんな私が今なりたいものは〝バク〟。
志望動機はーー『あなた』でした。
どうせなら良い夢にすればいいのに、悪夢のほうをわざわざ食べてくれるバク。
ある時、私はバクに聞きました。
「ねえ。どうして、あなたは悪い夢ばかりを食べているの?」
〝まずくはないの?〟と聞きました。
だって、〝そんなものをずっと食べていたらお腹が痛くならないのかな?〟そう思ったから。
そうしたら、
「今から夢を食べにいくところなんだ。一緒においで」
ただバクはそう言って、歩いていきました。
私が黙ってあとからついていくと、一軒の家にたどり着きました。
そこに眠っていたのは、ひとりの女の子。
苦しそうに額に汗を浮かべて、その目じりには涙が光っていました。
「この子はね、大事な大事な宝物をなくしてしまったんだよ。何があっても手放さなかった、大切なものだったんだ」
そう、女の子はなくしてしまったのです。
誰に何を言われても、どんなことがあっても必死でその小さな手で守り抜いてきた、かけがえのないものを。
宝物を失ってしまったその日から
その女の子はどうしようもない寂しさと不安に襲われ、ずっとずっと悪夢に魘されているのだとーーバクは辛そうな目をして教えてくれました。
「ひとりで怖かっただろう……でも、もう大丈夫だよ」
静かに語ったバクが、私には泣いているように見えました。
「さあ、安心してお休み」
バクは、その子の寝顔を見つめながら、大きく口を開けてすーっと何かを吸い込んでいきます。
「よく頑張ってきたね……辛かっただろうに」
よしよし……よしよし……
バクは女の子を起こしたりしないようにそっと鼻先で触れ、何度も何度も頭を撫でてあげました。
「あ……」
すると少しだけ、その子がほほ笑んだのです。
私にはわかりました。
どうして、バクが毎日毎日悪い夢だけを食べても、それでも嬉しそうにしているのかが……。
「こうやって、みんなが笑う顔を見ると、幸せになれるからだよね?」
聞いてみたら、バクはにっこりと頷いて、また他の誰かの悪夢を食べにいってしまいました。
ーー舐めた涙は苦いけど、この優しい寝顔を見た瞬間、食べた悪夢はお菓子のように、甘くおいしくなるんだよ。
そう、教えてくれました。
私には、夢があります。
あなたが握りしめているその痛みが、夢のなかまで襲いかかったりしないように。
目が覚めていちばん最初にあなたの瞳に映るものが、まばゆい希望の光であるように。
暗く翳ったその心に空いてしまった大きな穴に、これ以上冷たい風が吹き込むことのないように。
この手はいつもあなたの背中を、あなたの肩を、あなたの心を抱きしめるためにあるから。
ひとり目を閉じることに怯える夜があるなら、私を呼んで。
怖い夢を見て身体が震えたなら、私の名前を呼んで。
今すぐに飛んでいくから。
だから私は、あなたを不安で包み込み、苦しめる悪夢を食べるバクを目指す
叶えたい想いの先にあるーー
あなたの、宝物(えがお)を取り戻すために。
✳︎
始まりの僕は、色々な動物の寄せ集めだった。
だけど、ゾウのように力持ちでもなければ、サイのように足が早くもなく、ウシのようにミルクも出せない、完全な出来損ない。
きっと、神さまは配分を間違えたか、余ったものがもったいなくて適当に創り出したに違いない、と思っていた。
なんの役にも立てず、見てくれも悪くて、外に出ることも恥ずかしく、周りも扱いあぐねる存在でしかなかった。
お腹が空いてもご飯を食べることさえ申し訳がなくて、途方に暮れながら空を飛び続け、ふと我に帰ると、そこは人間たちの世界。
あちこちの家から、得体の知れない虹色のモヤが出ているのが見えた。
それは、人間たちが本物だと思っている世界のなかで延々と見ている夢幻……苦しみや痛み、試練や絶望だったんだ。
あまりにも大変そうに感じられて、最初は出来心のようにそれを吸い込んでいた。
ほんの少し食べただけで、人間の表情が変わる。楽になったのかと、胸をなでおろしながら、最後まで食べた。
この虹色のモヤは、見た目はとても美しいけれど、中身は苦くてまずい。
食べれば食べるほど、お腹を壊した。
食べれば食べるほど、涙が溢れて止まらなくなった。
食あたりを起こしながら、それでもようやく得た生きる意味を、役割を果たさなければと、七転八倒しながらひたすら食べたんだ。
出来損ないの僕にできる、唯一のこと。
みんなが進んで食べない、人間の悪夢を処理すること。
最初はそう思っていた。
だけど、夢から覚めた人間が、生まれ変わるように変わっていく様子を見ていたら、モヤの味が甘くなっていった。消化出来なかった悪夢が、溶けていったんだ。
僕は余りものの寄せ集めじゃない
要らないもので創られたんじゃない
出来損ないじゃない
足りなくなんかない
僕は、自分がこうしたいから、この虹色のモヤを食べているんだ。
そうしたら、神さまが応えてくれた。
よく気がついたね、と。
お前は余ったもののツギハギじゃなく、それぞれの良いところを集合させた特別な命なんだ、って。
ゾウのように穏やかで
サイのように正直で
クマのように優しくて
トラのように勇敢な
神さまの最高傑作で自慢なんだって。
今も、涙が出ることがあるよ。
君たちはただ夢を見ているだけだとわかっていても、たまらなく辛くなる。
だから、虹色のモヤを見つけると僕は一刻も早く駆けつける。
僕も、夢を見ていたんだ。
大丈夫、もうあと少しだよ。
僕が君の幻をみんな食べてしまうから
バクーっとね!
昔の私と今の私……
やりたいことは
あまり変わっていませんでした
お読みくださり本当にありがとうございました