予防歯科のその先へ──ケアしてるのに腫れる歯ぐき。「新型歯周病」が問いかける静かな炎症の時代
🟨はじめに
磨けてるのに、なぜ?──歯肉炎が教えてくれる“体の中の変化”
歯科の現場で、こんな患者さんが増えてきました。
歯磨きはしっかりできている。
プラークもほとんど残っていない。
定期検診にもきちんと通っている。
──それなのに、「歯ぐきが腫れている」「出血が止まらない」「炎症が長引く」。
いわゆる“プラークコントロール”は、確かにできているのに。
歯ブラシ指導を見直しても、補助清掃を徹底しても、なかなか改善しない。
そんな「説明のつかない」歯肉炎を目の前にして、私の中にずっと違和感が残っていました。やがて見えてきたのは、
口腔内だけでは語れない、新しいタイプの炎症──
私はそれを、あえて「新型歯周病」と呼んでみたいと思っています。
ここでは、臨床の現場で私が感じてきたその違和感を出発点に、「予防歯科はどこまで来たのか、そしてこれからどこへ向かうのか」について、新しい視点からお話ししてみたいと思います。
🟨1:予防歯科はここまで来た──でも、そこで止まっていないか?
日本の予防歯科は、他国と比べてもとても進んでいます。
染め出し指導、プラークコントロール、定期メインテナンス、歯ブラシや補助清掃の啓発──
本当に多くの人が“きちんと磨けている”時代になってきたと感じます。
とくに最近の若い世代は、染め出してもほとんど色がつかないくらいきれいな磨き方をしている人も珍しくありません。
正直に言えば、「私より綺麗…!」と感心することさえあります。
それなのに──
歯ぐきは赤く腫れ、出血し、慢性的に炎症が続いている。
歯磨きの問題ではない。歯科医師の治療ミスでもない。
でも、確かに“何か”が起きている。私は臨床で何人もの、そんな患者さんを見てきました。中には、細菌検査をしたら悪玉菌が優勢で驚いたケースもありました。
(私の、唾液検査の経験回数は数回程度…)
では、その原因はどこにあるのか?
その問いの先に見えてきたのが、口腔ケアの“次”にあるべき視点──**「身体の中に静かにくすぶる炎症」**という存在でした。
🟨2:「新型歯周病」という言葉が必要になった理由
最近の歯科臨床で、こんな症例が増えていませんか?
・プラークがほとんど見られないのに、歯ぐきが腫れている
・歯ブラシもフロスも毎日しているのに、出血が続いている
・口臭やねばつきが改善されない
・唾液検査で“悪玉菌”が優勢に出てしまう
かつての「歯周病の常識」では、こうした症状は「セルフケア不足」や「プラーク残存」が原因とされてきました。ところが今、**その“説明が通用しない歯肉炎”**が確実に増えているのです。この状況に、私はあえて「新型歯周病」という言葉を使いたいと思っています。もちろん、これは学術的な正式名称ではありません。でも、現場の肌感として、「これはもう従来の歯周病とは違う」という確かな実感があります。
🔸“新型歯周病”に見られる共通点
* 年齢が若い(10〜20代でも症状が顕著)
* 歯ぐきの出血が慢性化している(一時的ではない)
* 治りにくい、再発しやすい
* 唾液検査で悪玉菌が多い傾向にある
* 生活習慣に乱れがある(食生活、睡眠、ストレスなど)
*
つまりこれは、「プラークが原因」だけでは語れない炎症であり、もっと広い視点──全身との関係、代謝、免疫、腸などを含めて考える必要があるのではないか。そんな問いを突きつけられているのです。
🔸背景にある“炎症体質”と生活の乱れ
このような“見えにくい炎症”の根底には、
【炎症体質】とも呼べる、全身レベルでの乱れが潜んでいる可能性があります。
たとえば:
* ファストフードや添加物中心の食事
* 甘い飲み物やスナック類の習慣的摂取
* 寝不足やスマホ依存による自律神経の乱れ
* 運動不足や便秘などの代謝低下
* ビタミン・ミネラル不足による粘膜・免疫の弱化
これらが重なることで、「口腔だけで説明できない炎症」が、静かに広がっているのです。
実際、若くても舌が白く厚く、皮膚も荒れやすく、生活全体に“にじむような炎症サイン”が現れていることは少なくありません。
🔸「プラークフリー=炎症ゼロ」ではない時代へ
歯科の予防は、長らく「プラークコントロール」が主軸でした。しかし、今の私たちが向き合っているのは、
プラークを減らしても消えない炎症であり、
**体質的に“炎症を起こしやすくなっている人”**かもしれないのです。だからこそ、従来のモデルとは異なる新しい視点──
生活全体を読み取り、口の中から全身を見る“統合的なアプローチ”が求められています。
これからの歯科には、「きちんと磨いてるのに歯ぐきが腫れる理由」に、もっと深く迫っていく役割があるのかもしれません。
🟨3:原因は“口の外”にあるかもしれない──腸・代謝・ホルモンとの関係
いくら磨いても歯ぐきの炎症が治らない。
悪い菌は減っているはずなのに、出血が続く。
そんな症例に出会ったとき、私たちはつい「歯みがきの仕方」に目がいきます。
でも実は、その炎症の“火種”は──、口の外、つまり「腸」や「血液」、「ホルモン」など、全身のコンディションにあるかもしれません。
🔸腸内環境の乱れは、歯肉にも現れる
腸内環境が乱れると、消化吸収の効率が落ち、粘膜や免疫系に必要な栄養素(鉄・亜鉛・ビタミン類など)が不足します。
その結果、歯肉の再生力やバリア機能が弱まり、炎症を起こしやすくなるのです。
また、“リーキーガット”(腸の粘膜がゆるみ、異物が血中に漏れ出す状態)になると、慢性的な全身炎症を引き起こし、歯肉にも影響を及ぼします。
つまり、腸と口はつながっている──これは近年、欧米の機能性医学や統合歯科医の間では常識となっています。
“The mouth is a mirror of the gut.”
(口は腸の鏡である)
という言葉があるほどです。
🔸インスリン抵抗性と、見えない炎症
現代人に急増している「インスリン抵抗性」も、
歯ぐきの炎症に深く関係しています。
血糖値が安定しない状態が続くと、体は慢性的なストレスにさらされ、炎症性サイトカイン(体内の炎症を促す物質)が分泌されやすくなります。
この状態が長引けば、歯肉の血流や免疫バランスが崩れ、**“歯みがきでは届かない炎症”**が生じるのです。これは糖尿病の手前のような状態で、自覚症状がなくても進行していることが多く、口腔にサインが出やすいのが特徴です。
🔸ストレスとホルモンの影響も無視できない
睡眠不足や精神的ストレスが続くと、副腎からコルチゾールというホルモンが多量に分泌され、免疫が抑制されます。
その結果──
・傷の治りが悪くなる
・口腔内の細菌バランスが崩れる
・唾液の質や量が低下する
といった影響が出て、歯肉の防御力が大きく低下します。
これはとくに女性に多く、ホルモン変動と相まって「歯ぐきだけ敏感に腫れる」というパターンも見られます。
🔸“新型歯周病”と今の食生活
こうした全身の乱れを加速させているのが、現代の食生活です。
* 超加工食品(コンビニ・冷凍・レトルト)
* 清涼飲料水・スナック菓子
* トランス脂肪酸・人工甘味料・保存料
* カロリーは高いのに、栄養はスカスカな食事
*
これらは腸を傷め、血糖を乱し、ホルモンに負担をかけます。
その結果、代謝全体が炎症寄りに傾き、歯ぐきが“何もしなくても腫れる”状態を生むのです。
🔸“歯科”からできることがある
こうした全身とのつながりを意識すれば、歯ぐきの腫れは、「腸からのサイン」かもしれないし、「血糖バランスの異常」や「ホルモンのSOS」かもしれません。
私たち歯科衛生士は、**口という“唯一、毎月見られる全身の粘膜”**を扱う専門家です。だからこそ、患者さんの炎症の背景を“生活全体”から読み解き、必要に応じて食事や睡眠、ストレスマネジメントまで視野に入れたサポートができるはずです。
🟨4:「予防歯科」は今、分岐点にある
日本の予防歯科は、世界的に見ても高い水準にあります。
定期的なメインテナンス、セルフケアの啓発、TBI(歯みがき指導)、PMTC(専門的クリーニング)──
こうした取り組みを通じて、多くの人が虫歯や歯周病の進行を食い止められるようになってきました。
しかし今、その「予防」では防ぎきれない不調が、静かに増えています。
🔸「ちゃんとケアしてるのに」治らない
・毎月クリーニングをしているのに、歯ぐきが腫れる
・歯みがきの技術も悪くないのに、出血が止まらない
・悪玉菌が減っても、炎症が治まらない
──そんな症状を見て、「プラークの問題ではないのかも?」と感じたことはないでしょうか。
じつは今、腸・血糖・ホルモン・ストレスなど、「体の中」の状態が口腔内に影響を与えているという視点が、機能性医学や統合歯科を中心に広まりつつあります。
Oral-systemic connection is not linear.
It’s bidirectional and metabolically interdependent.
(口腔と全身のつながりは一方向ではなく、双方向かつ代謝的に相互依存している)
この考え方は、もはや世界の医療の常識になりつつあるのです。
🔸これからの「予防歯科」が見るべきもの
歯ぐきは、**全身の炎症の“窓”**とも言われています。
プラークだけでなく、体の中で何が起きているのか──それを読み取るために必要なのは、「口の外」にも目を向ける視点です。
これからの予防歯科に求められるのは、
・腸内環境(リーキーガット・腸内細菌バランス)
・血糖コントロール(低血糖・インスリン抵抗性)
・栄養バランス(欠乏や過剰)
・生活リズム(睡眠・ストレス・排泄)
…といった**“根本原因”にまでアプローチする力**。
「口の中」だけでなく、「生活全体」に寄り添う新しい予防の形が、いま必要とされています。
🔸歯科衛生士が変化のカギを握る
じつは、こうした新しい予防歯科の実現には、歯科衛生士の存在が不可欠です。
なぜなら私たちは、
・月1回ペースで粘膜(歯肉)を直接観察できる
・患者さんの生活に最も近い立場で話ができる
・予防・メンテナンスの実践者である
──つまり、未病の発見と生活改善のきっかけをつくれる職種だからです。単なるTBIやスケーリングではない。
“気づき”を促し、その人の人生を変える関わりができるのが、これからの歯科衛生士の姿だと私は考えています。
🟨5:OraCoや新たな仕組みを“本物の予防”に育てるために
最近、予防歯科の現場に少しずつ新しい流れが生まれています。その一例が、ライオンが開発した【OraCo(オラコ)】というツール。OraCoは、患者の生活習慣を「見える化」し、
それを歯科衛生士が患者と共有しながら予防につなげる──
そんなコンセプトのプラットフォームです。
🔸OraCoは“物販ツール”ではない
OraCoをめぐっては、「物販につなげるための営業支援ツール」という見方もあります。
たしかに、推奨製品やケアグッズを提案する機能はあるかもしれません。でも、私はもっと大切な価値があると感じています。
それは、
→「あなたの生活習慣が歯ぐきに出ているかもしれません」
→「この習慣を変えてみたら、炎症が治まるかもしれません」
…そんな**“対話”のきっかけ**をつくる力です。
患者さんに「気づき」を届け、行動を変えるチャンスをつくる──そのための**“予防の扉”**として、OraCoのようなツールは非常に有効です。
🔸ただし、“本当の予防”に育てるには
OraCoが良いものであっても、それを使う私たちに「根本を見る視点」がなければ、どうしても従来型の「プラーク指導」にとどまってしまいます。
たとえば、患者のチェックシートに
・「朝ごはんを食べない」
・「甘い飲み物をよく飲む」
・「寝つきが悪い」
といった項目があったとして──
そこから
✅ 血糖コントロールの乱れ
✅ 腸内環境や睡眠の質の問題
✅ ホルモンバランスやストレスの影響
…といった**“全身とのつながり”に気づけるかどうか。
それが、「口の中のこと」だけで終わるか、「全身の健康」につながるかの分かれ道**になります。
口腔と全身の関係は、一方向ではなく「双方向かつ代謝的に相互依存」している。
──これは、IFM(機能性医学)や統合医療の世界ではすでに当たり前になりつつある視点です。
🔸だからこそ、私たち歯科衛生士の出番
ツールや仕組みがどれだけ進化しても、それを“本物の予防”に育てられるかは、使い手=私たちの視点と関わり方にかかっています。
これからの歯科衛生士は、「プラークがあるかないか」だけでなく、「生活のどこに乱れがあるか」「体の中で何が起きているか」まで見つめられる存在へ。
そして、「歯ぐきが腫れる理由は、朝ごはんを抜いているせいかもしれませんね」「腸内環境を整えたら、口臭も変わってくるかもしれません」
──そんな風に、生活の質・体の根本に関わる提案ができる存在へ。
ツールを使いこなす“職人”ではなく、人と人の変化を導く“ガイド”としての衛生士へ。その第一歩は、今ここにあります。
🟨6:歯科衛生士だからこそできる、“未病”の発見と声かけ
毎月のように患者さんのお口を見て、日々の変化に気づける──それは、医師でも看護師でもなく、歯科衛生士にしかできないことです。
私たちは、ただのTBI(ブラッシング指導)やスケーリングだけをしているのではありません。
「歯ぐきがちょっと腫れている」
「舌の色がいつもより白っぽい」
「唾液の量が少ない気がする」──
そんなささいな変化から、患者さんの生活の不調サインを読み取る力を、私たちはすでに持っています。
🔸“口”は、静かなSOSのサイン
あるとき、ふと聞いてみたんです。
「お通じ、最近どうですか?」
「甘い飲み物、ちょっと増えてませんか?」
「朝ごはん、食べられてますか?」
たった一言の声かけが、
その方の食生活や睡眠、代謝の乱れに気づく分岐点になることがあります。
それは、未病──まだ病名がつかないけれど、
“このままでは将来、何かの病気に進行するかもしれない状態”を**静かにキャッチする“観察力と直感”**です。
🔸歯科から「全身の予防」へ
これから日本では、
✔︎ アレルギー
✔︎ 自己免疫疾患
✔︎ がん
✔︎ 生活習慣病
といった“静かに進む現代病”がますます増えていくでしょう。
でも、その前兆は口の中に現れることが多い。
私は、そう確信しています。
そして、そうした病の芽を見逃さず、
“気づき”としてやさしく伝えるのが、私たち歯科衛生士の新しい役割だと思うのです。
🍀予防歯科は、ここからが本番
「定期的に通っているのに、歯肉炎が治らない」
「食生活が影響していると知って、生活を見直すようになった」
「歯医者で人生が変わった」
そんな患者さんの声が、きっとこれからもっと増えていくはずです。
予防歯科は、
むしろここからが、“本当の予防”の始まり。
口から全身を診て、生活と医療をつなぐ存在として、
これからの歯科衛生士は、もっと多くの命を守る役割を担っていける。
そう信じて、私はこの道を進んでいきます。