「楽しいことをしよう」


結構、いろんなところで言われていることですが、

案外実行してない人は多いと思います。



楽しいか、どうかは本人が決めます。



僕は、勉強が苦痛で、ゲームが楽しい子供でしたが、

勉強が楽しくて、ゲームが苦痛な子もいたでしょう。


そんな極端な話じゃないかもしれないですが。



自分の機嫌をとれ



って言葉も色んな場面で聞く様になりました。

自分の機嫌をとるって、

結局は楽しいことをやれってことじゃない?



と思うのです。



だって楽しいことやってると、自動的に機嫌良くなりますよね。


つまり、楽しいことやることは、

周りに迷惑をかけないことでもあります。



でも、楽しいことを積極的にやろうとする人が増えないのは、なぜだろう。って思います。



ひとつめは、楽しいことって一貫性のあるものだ。

という思い込みも出来なくなる理由だと。



昨日楽しかったことは、今日楽しくないかもしれないし、昨日つまらなかったことが、今日は楽しいかもしれない。



そうやって変動している自分の感覚に

気づいて、今は何が楽しいだろう?


と、問いかけること。



そして、プチ楽しいをその都度発見して、

実行していく。そうすると、楽しいに慣れます。



で、もう一つ楽しいことを出来なくなる理由。

それは、嫉妬を感じるからってのもあります。

楽しそうにしてると、嫌味を言われた。

みたいな経験が少なからず誰しもあるのではないか。

楽しそうにしてんじゃねー!的なことも。



これ言われる場面って、

学校とか仕事とか。

なんか、「真面目にしてないと(ふりしてないと)怒られる」的な意識が結構根深いのではないかと。



楽しそうにしてんじゃねえ



って実際は色んな場面で根底に

流れている同調圧力なのではないかと、

思えて来たりします。特に社会人っていう

くくりに入れられた時は。

そう思い込んでしまう自意識というのもありますね。



でも、、、



楽しくないのしんどい



ですよ。

だから、仮にその同調圧力が存在していようと、

いまいと、楽しい方に合わせるんだ。



という焦点が自分の中でいかに合わせられるか。



いわゆるちょっとした変人になれるか。

それが、自分の自意識が勝手に生み出した

同調圧力だとしても、その同調圧力に対して、

変人になってみる。



ということが、楽しいことを優先して動くには大切になります。



ちょっと変わってても、楽しい方が良い。