自分を大切にしようと決意をした一年半前の9月。
HAPPYちゃんこと、さちまるさんの動画を見たことがきっかけだ。


全てはエネルギーである!

と、引き寄せの法則の本質だとか、
今まで上手に引き寄せられなかった理由とか、
いろんなことが理解出来たから、やってみようと始めた。


それが偶然さちまる氏の誕生日の前日で、
このブログを立ち上げた。


地味な作業を繰り返して来た。
感覚を捉えて、機嫌が良くなる様にとか。


でも、機嫌が良くなる様にをやっても、
負の感情を否定していては始まらない。


負の側面も大切にする様になった。、


正だろうが負だろうが、
大切にすべきは、今の自分の感情であり、感覚である。


それを繰り返し、繰り返して来た。


そしたら、自分がとても好きになった。
いや、可愛くなった。とても、とても。


自分がかわいい!という感覚は初めてだ。
奥さんが出かけた先で撮影する写真に写ってる自分までかわいいのだ。


なんぢゃ!この感覚。。


世界がひっくり返ったのか?


こんなかわいいコイツをバカにする奴は許さん!

という感覚も生まれてきた。


これまでは、
自己無価値感を証明されるから、バカにされたくなかった。

でも、今は
こんなかわいいコイツをバカにするなんて許さん!


という感覚。

かなり違う。

どちらも自分を大切にしようという心だけど、
前者は否定から、後者は肯定が起点となっている。
自分を大切にするためにちゃんと怒る。


大切だと感じている対象のために怒る。


この感覚は今までなかった。
自分の無価値感を感じたくないから、怒るも結局は自分を大切にしたいという表れでもあるのだけど、
起点は、自分自身を大切だと感じている方が心地が良い。


そこで、自分を大切にすれば、
自分の周りも自分を大切にしてくれる


みたいな話が出てるけど、
実際自分のことを大切にしても、ちっとも大切にしてくれない人も沢山いる。


今、僕が置かれている環境でも、
僕のことを好きじゃない人はわんさかいる。
書いてて、わんさかいるのかい!笑 と思った。


でも、かわいい子であることは変わらない。
周りがどう思っていても、かわいいと思うのだから、仕方がないのだ。


そこで、かわいい子は何をさせたい?

というポイントに戻ってくる。


何を体験させたいか?
誰といさせたいか?
何をさせたいか?


人ごとの様に自分のことをかわいい存在として、見つめていく。


あれ?

随分とむごいことしてねえか?

って気づくのだ。

めちゃくちゃ失礼なことをしてる。
かわいい子に「お前なんてもんが」なんて言わないですよね。


その象徴的なのが、
「苦労はした方が良い」的な考え方だ。


なぜか苦しみに重きを置いて、苦しい状況にあえて身を置かせようとしたりする。
単純に日本という国には、苦労を美徳とする傾向があるから、それに慣れすぎて楽しんでると、真剣さが足りない様な感覚があるのではないかと。


1つだけ確かなのは、僕は幼い頃から苦労が多かったけど、全く苦労に強くならなかったし、耐性も強くない。むしろ、苦労に弱いタイプだと思っている。


「楽しい」を起点に物事を進めることは、
「甘い」のだろうか。

だったら、「甘い」でいい。

もっともっと、かわいい子には楽しい経験だとか、
やりたいことだかを、積極的にさせてあげる必要があるのだ。


楽しさや、喜びは次の行動力を生む。
苦労は、次の行動へのエンジンがかかりにくい。


これだけでも大きな差である。


否定しまくって来た自分は、
かわいい子になった。

自分の意識が変わったから。


自分が自分を許し倒しているから。


だから、かわいい子に何させよう?


今日は、今は、何が当てはまるだろう。