自信を失う時はどんな時でしょうか?

がっかりする時は?

自分なんて、、、と、思う時は?


あんまり楽しくない質問をすみません。
ひとががっかりする時、自分を卑下してしまう時、
ここには、共通点があります。


自分が「こうありたい」と思っているものから
ズレてしまった時です。


このズレが大きければ、大きいほど、
がっかり度は高くなります。


これくらい出来たはずの自分。
こうなるはずだと思ってたのに。
自分はこんなもんじゃないと思ったのに。

と、なんらかの高いから低いかわかりませんが、
目標的な基準があってそこから、へこむと。


よくよく考えるとですよ、、、


自爆やないか!!

ってことです。


自分で期待してー、

あれ? おかしいな? あれ?

違う、違うぞ!

ズレてる。。


あーあ。。。どーせ。。。


って、完全なる自爆ですよ。
期待して、期待通りにならず、がっかりって。


本当に、自分のことを客観的に見ていくと、
つくづくコントやってるなと思います。
自分で期待という罠をかけ、、
その罠に引っかかって、がっかりしてる。

バカみたいですよ。本当は。


でも、真剣に生きれば生きるほど、
がっかりすることの頻度は増えてきます。


勝手に期待をして、
こんなはずじゃ、、、
と、嘆いていると。


そうです、ここでも出てくるのです。
真面目人間として製造された苦しみが。
真面目になればなるほど、実は期待をしまくることになりまふ。自分にも、他人にも。


「これぐらいは」は、呪いの言葉も言ってもいいかもしれない。


大したことない自分を真面目に突き詰めると、
確実に大したことない自分が出現して来て、
そこにがっかりするのです。


もっと、自分への要求を下げてあげることです。
大したことねえ、お前なんて、と。


そうやって、基準を下げていくと、
案外がんばってたり、出来てたりする自分が、
顔を出して来ます。


あれ?案外やってんじゃんと。


高い高い基準から見た、その行動は、
とてもちっぽけかもしれないけど、
その低い目線からしたら、それなりに生きてるんです。


高い基準からあらゆることを見ていくと、
ほとんどのことは不足になっていきます。
あそこが、足りない、ここが足りないと。


ストイックに突き詰めていくアスリートじゃないんだから、そんなに高い基準から不足見つけなくていいんですよね。


いい意味でいい加減に自分を見つめられたなら、
結構よくやってるやつになるし、
それなりに大切にもされてるぜってことになります。


だから、もっともっと低い目線で。


自分を大切に。