「助けて下せ〜」
「許して下せ〜」
民は、こう。
ならん!ならん!
お代官は、それを許さない。
「もっと、年貢を納めよ!」
お代官が言う台詞はいつも決まってそれ。
ずーっと、年貢年貢を繰り返す。
「いやいや、昨年よりかなり、納めました。もう三倍にもなる量でさぁ。ですので、なんとかお許し下せ〜」
民は叫ぶ。
「私の言っていることがわからんのか? 出来る限りの年貢だと言っおろう! 今、3倍であれば、もっと、5倍、6倍を私は求める。それが達成出来なければ、貴様らは打ち首ぢゃ!」
「む、無理でさあ、そんな、もう、3倍だって、無理に無理を重ねてるって言うのに。。」
「ならん、ならん! ワシは志が高いのぢゃ! 貴様らは、ワシの志を叶えるために、なんとしても、もっと多くの年貢を納めるのぢゃ!!」
鬼。。
鬼代官。。
この鬼代官めっ!
民は頭を地面に打ち付けて、
絶望した。。
こんな展開のドラマがあるとすると、
かならず、この鬼代官を成敗する正義の味方が登場して、鬼代官を成敗したりします。
でも、この鬼代官。
自分だとしたら?
この代官のような鬼の所業を自分が、自分にしているとしたら?
してるんですよ。これ。多くの人が。
特に日本文化バリバリの僕らは。
ここで言う年貢とは、
自分が努力の末に手にした何か。
変化させてきた自分でもいいです。
しかし、鬼代官は、もっともっとを求める。
昨年より、笑えるくらい成長しているかもしれない自分をという年貢を謎の志から、比較して、「足りない、足りない」と否定をして、自分の志から厳しく罰する。
なんともおぞましい行為です。
民はかわいそうです。
民も自分。
「許してけろ〜」
と、泣きながら叫んでいる。
もう、年貢は捻出できませんぜと叫んでる。
でも、もっとを求める鬼代官。
鬼代官がある時、民の大切さに気づいて、
彼らの頑張りをねぎらい、むしろ年貢を減らす方向で動き出し、民も元気になるなんて言うストーリーも、
本当は用意が出来ます。
ですが、鬼の所業で、もっと多くの年貢を求め、
永遠にその年貢に満足することはなく、
民を苦しめ続ける。
鬼代官卒業を。
鬼代官は成敗される前に、
良い代官に変化を求められている。
年貢が少なくても、許してやる。
年貢が究極なくても、許してやる。
本当は年貢を納められないくらい、
民は疲弊しているのかもしれないのだから。
今年は年貢はいらん!
くらいなことを言ってしまえる鬼代官。
真面目すぎるくらい自分を否定しているのなら、
今日から、自分への減税を。
一番怖いのは本当に民が動けなること。
一番目指すべきは、民が楽しく働けること。
民も、代官も自分。
和解の時は近い。
今、代官が志を捨てる時。