【ayu25th②】あゆの「特別な時代」を語った先で~ゆっきゅんがエレカシ有明に! | ラフラフ日記

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主に音楽について書いてます。

いやぁ、『上田と女が吠える夜』見てくれましたか!?

 

見逃した方も大丈夫! TVer で見逃し配信公開されてます。未公開エピソードも本日公開されるそうです。

 

 

私はエレカシもあゆも好きですが、前にある方がその共通点として “反骨精神” と言って下さったことがあって、そんなあゆの “反骨精神” が出てたと思うなぁ。

それに、あの状況で「憧れられてる歌手」になってなかった気するし。良い意味であゆの “容赦のなさ” みたいなものが出てて、憧れられてる歌手にならない、相手を「自分に憧れてる人」扱いしないっていうの?

 

豪華な生活とかセレブ!とかいうのも、見せてくれなくていいって言う人もいるかもだけど、私は良いと思うんだよね。夢があるとかそういうことでもなくて。

例えば、あゆと同じかそれ以上に稼いでるんじゃ?って人もいるけど、あゆみたいに見せてくれる人あんまいなくない? 「見せてくれる」っていうより「魅せてくれる」なんだけど。

それが、質素な生活してます!ってより、ずるくないっていうか独り占めしてない感じがするんだよね。それに、あゆだって全部その通りのことを見せてるわけじゃないだろうし(知らないけど)、それがぶっ飛んでて面白いから、そういうの超えてくるのよ。下品じゃないっていうか。ある人が話してくれたことを思い出す、「スーパースターなのにサービスが凄い」

 

先日の記者会見もだし(前回ブログ参照)、何か出たりする度に「○年ぶり!」とか言われる昨今の浜崎あゆみさんだけど、その○年の間にあゆに代わる人いたかなぁ?

って考えると、やっぱりいなかったんだよね。○年ぶり!って言うけれど、○年の間、何やってたんだよ!いねぇじゃねぇか!みたいな側面もあると思うんすよ。あゆにとっちゃ半分迷惑かも知れんけど(笑)、浜崎あゆみがいてくれて良かった。日本の音楽業界に浜崎あゆみは必要です!

 

誰かが言った「こんなに努力してる人いない」って言葉もぐっときちゃったなぁ。

 

 

しかしここであえて言うけど、私はやっぱり “あゆ世代” ではないんだなと思った。そういう思いを込めて、“あゆ世代” ではない私が、力一杯書いたアルバムレビューであり、あゆレビューがこちらです。

 

 

今はまだこれと『MY STORY』しか書けてないけど、ここでも書いた『MY STORY』以降を語らなければ…という使命感ですよねもはや。ゆっきゅんと平野紗季子の対談で触発されてね。

上記レビューの「4. あゆが明るくなった?(そもそも暗かったのか?)」ってところですよ。まさに『上田と女が吠える夜』でも出てきた「絶望三部作」のあゆはどこへ行った?という話ですから。

 

で、そうです! ゆっきゅんです!

番組でも話してくれた、ゆっきゅんの浜崎あゆみを語るイベント、私も行ったことあるからあゆの前で話してくれて嬉しかったぁ。

 

でね、そのゆっきゅんが、エレカシ 35周年ツアー 有明 行ってたっていうんですよ!

 

そのことポッドキャストで語ってくれてんじゃん!

 

 

いやぁ、聞かなきゃ!嬉しい!

なぜ私がこう言うのかわからんけど、ゆっきゅん、ありがとーーーう!

 

【追記】このブログを書き終わって今、ゆっきゅんのポッドキャスト聞きました。泣きました。エレカシファン聞いて欲しい。そして、この人が浜崎あゆみと共に生きてる。(エレカシ、あゆ、大森靖子…って私のために話してくれてるのかと思っちゃったよ。ねぇ、ゆっきゅん、ありがとう)

 

最近も、浜崎あゆみのバンドでキーボード弾いてる(今回バンマス?)宮崎裕介が、玉田豊夢と有安杏果のバンドで一緒にやったっていうし。前からそういうつながりは見かけてたけど、やっぱり改めて嬉しいね!

 

※ 嗚呼、更新される情報に追いつくために【ayu25th】シリーズとして記事を書いていこう、あまり私がごちゃごちゃ言っても仕方ないからなるべく早く情報だけ書いていこう!って思ってたのに、もうごちゃごちゃ言っちゃってるよ。

 

次は、4月3日(月)『CDTV』です!

 

 

そしてさらに、4月5日(水)『かまいガチ』です!

 

 

ちょっ、何これ。(↑の予告動画見てね)

 

 

そして、リマインダーにこんな記事がありました。

 

 

歌詞というより心の叫びのようだ。普通に言えそうだが、強がってなかなか言えない言葉。けれど強烈。だからこそストレートに胸に迫りくる。

 

ある時期の浜崎あゆみの「消費感」にも触れてるのが見逃せない。「すさまじい勢いだけど、決して自信満々ではない」。

 

私の予想は外れ、あゆはすり減らず、現在も精力的に活動している。ただ、世紀末から2000年代の彼女はちょっと特別で、自分を摩耗することで光り、さらに時代が特別なスポットライトを用意したようにすら思えるほどだった。

 

それならば、今でもその「特別な時代」で語られるのは仕方のないことなのかも知れない。だって、特別だから。いくら語っても語り足りないほどに…。それは私にとってもそうだし、今さらどうこう言うつもりもない。けれど、私は私の…

 

「過去の再現を求めるならやってやる!でもその先に今を見つけてやる!」

“これからもずっとこの歌声があなたに届く様にと” より

 

上記リマインダーの記事にあった「共感」という言葉で、私は過去に書いた自分のこんな記事を思い出す。

 

私はこうして浜崎あゆみに出会った

 

よく言われる「共感」とはちょっと違う。
「共感」や「特権」の中で生きるのではなく、共に行こう――。
むしろ私は、「共感」から解放されたのでは。

 

 

【追記】