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子ども発達インストラクターの相澤陽子です。

今日はギフトシェアパーティというイベントに参加してきました。

後で調べてわかったことですが
「ギフトシェア」って、参加費を出して参加するというものではなくて、自分が持っている《何か》の「ギフト」をシェアし合うのだそうです。

つまりお金だけでなく(お金ももちろん可!)お菓子やグッズや美味しいコーヒーや会場の提供や音楽や講座…
そこにいる全ての人が何かを与えて何かを得ている、そんな充足感に溢れた空間でした。

イベントの参加者の方々はそれぞれのやり方で
「あなたはそのままでいいんだよ」
とメッセージを送っていました。

歌だったり紙芝居だったりトークだったりお菓子だったり。

私もチェロの音色に想いを込めて演奏させていただきました。
キッズスペースで遊んでいた子たちが演奏の時間になったらシーンとして耳を傾けてくれたのが嬉しかったです。


さて、話は遡ってその日の出発前。
4年生の息子と4歳の長女が2人でおやつを買いに行きたいというのでお金を渡して近くのコンビニに行ってもらいました。
お金が足りなくて次女の分は買えなかったと2人。
すぐに長女が
「お姉ちゃんの分を少し分けてあげるよ!」
と言いました。

私は敢えて
「お兄ちゃんとお姉ちゃんが少しくれるって言ってるよ」
と次女に言うとそれを息子は聞いていなかったようで。

食べる時になって
「オレはあげるなんて一言も言ってない!」
と大声で怒り出しました。

「さっきママが『お兄ちゃんとお姉ちゃんがくれるって』って次女に言った時『えーっ?』とか言わなかったでしょ」 
と言うとますますヒートアップ。

「分かったよ」と私。

「お兄ちゃんはいいよ。自分の分だもんね」
けどちゃんと自分の思いはI(アイ)メッセージで伝えます。
「今次女だけアイスなくてお腹すいて困ってるよ。みんなで助け合える優しい子がママは好きだな」と。
イヤミにならないように気をつけて。

すぐ横で長女が次女に自分のアイスをお皿に分けてあげています。
次女は喜んで食べていて2人は楽しそう。
長女ったらチビママなものだから
「次女にあげてなくなっちゃってもママまた買ってくれるからあげても大丈夫だよ」
なんてしっかりしてます。
(人に優しくしてたら自分に返ってくるよ。
自分の分をあげてなくなっちゃったらママは「優しい子にはまた買ってあげたいな」って思うよ、といつも言ってるので)

その様子を見て息子はずっと
「うーん」「うーん」
と葛藤してる。

そして、待つこと10分以上…

「お兄ちゃんのもあげるよ!」
次女だけでなくママや、イヤミとも思われる言動をした長女にも自分の分をくれました!

このくだり、「えっ?そんなことでキレるの?」ってことかもしれないけど、息子にとっては一大決心だったのです。
一度決めたことを変えるなんてとても難しい。
自分は間違ってないのに負けを認めたみたいに思えて悔しい。
大人だって一度振り上げた拳を下ろすのは難しいです。

だからたっぷり時間をとって。
気持ちが落ち着いたら目の前の状況《妹がさらに小さい妹に自分の分を分け与えてる。その様子が楽しそうに見える》が冷静に見えてきた。

自分もその中に入ったら楽しいかな、「自分は悪くない!」って怒ってるのとどっちが楽しいかなって考えられた。
その時間が必要だったね。

親として子供に望む行動があります。
でももし望むような行動をしなかったとしてもそれを否定しない。
そして、自分で考えた結果行動に移したことを認めて褒める。
「今ここで『ごめん』て言ったらそのことを受け入れて認めてもらえる」と本人が思える、
という環境づくりが大事だなと思いました。
息子が気持ちを切り替えて「あげるよ」と言った時、「えーっ?さっきはくれないって言ってたじゃない」なんて言ってはいけません^_^

息子は自分の行動に対して
「やると思った」とか
「さっきやればよかったのに」とか
言われるのを嫌います。

失敗した時、間違えた時、悪いことをした時…
勇気を出して「ごめん」と言えたのだから
それだけで十分!
「さっきこうすればよかったよね」
なんて振り返りもいりません。
振り返りは彼らにとってはお説教と同じなのです。

私も
「気持ちを切り替えて自分で決められたね!
ありがとうー!」と沢山ギューしました。

《横の物を縦にする》
これが簡単にできる人もいればすごーく難しい人もいるのですね。
縦にできるように必要な手助けはするけれど、実際にするかしないかは本人に任せる。
どんなに時間がかかっても、自分で最後に縦にできたらそれでオッケー!
縦にできない時は「そんな時もあるよね」。
できる時もあるから大丈夫。

※本文中に「ごめん」と言う場面が出てきますがあくまでも本人が「悪かったな、謝りたいな」と思った場合、ということです。
「ごめん」を言わせる方向に誘導した、という話ではありません。
「俺は悪くない」って思うのなら「ごめん」と言わなくてもいいと思うし、思っていなくても「ここでごめんと言えば穏便に済むのだな」と心に反して謝るのもそれはそれで処世術。
どちらも立派です!
大切なことは「『自己決定権』が君にはあるんだよ」ということです。