差別について考える
先週の東京ゲイパレードにおいて、「同性愛者を受け入れましょう」みたいなキャンペーンが、白々しくて、食傷気味。
そもそも、何故に、パレードなんぞ開催するかと言うと、
「同性愛者が差別されて迫害されているから」
である。
で、派手な恰好して集団で歩いて、浜崎あゆみをステージに呼んで、「愛は平等です。」って、言われても、ノンケからの差別はなくならないでしょ。
ゲイパレードへの協賛企業は毎年増えているようで、今回のイベントも、ビジネスの展示会の体を成していたが、ノンケ社会における同性愛者への理解が進んだとは思えない。
何故か?
同性愛者が差別される理由を追及してないからでしょうね。
そこで、アテクシの独断と偏見で恐縮だが、黒人差別を例に考えてみた。
先日アメリカ出張に行った時、車を運転していたら道に迷ってしまって、黒人の多い市街地に来てしまったのよ。
申し訳ないけど、その街を歩いてる人見たら、目付きが鋭くて、怖そうなのよね。
こういう時に限って、ガソリンが切れそうで、ガソリンスタンドに行ったんだけど、まあ、お客も店員も黒人ばっかりで怖かった。
実際に、睨んで来るし、ガソリンスタンドの定員も無愛想で態度が悪く、英語が聞き取れない。
あー、やっぱり、黒人は怖いわ~、なんて思ってしまったが、これはたまたま迷い込んだところにいた人達が、怖かっただけで、黒人全員が怖い人達ではない。
同じ会社に黒人が働いているが、みんなフレンドリーで親切だ。
仕事を通して彼らの人となりを理解しているので、「黒人」と言う枠ではなく、「その人物」を見て彼らと付き合っている。
アテクシ、これと同じことがゲイ差別にも言えることだと思うのよ。
恐らく、ノンケから見たゲイの特徴とは、、、
・気持ち悪い人
・社会不適合者
・男のことばかり考えている
・男ならば誰でも性行為オッケー。なので、セクハラされる。狙われる。
と言うイメージでしょ。
なので、ゲイと聞くと、上記の特徴ばかりが頭に浮かんで、「え、ゲイなんだー、、、、ヤバイ」と言う短絡的な判断に至り、差別へと繋がる。
そう、ノンケがゲイと聞けば、その人物を見るのではなく、ゲイの悪いイメージ全体をその人を押し付けてしまうわけよ。
人物像ってさ、様々な良いところ、悪いところ、得意なこと、不得意なこと、能力などなどによって、構成されているわけでさ、その人物がゲイであっても、
「ゲイ要素」
だけで、構成されているわけではないのよ。
「それ以外の部分」が大半であって、その人物を理解する時は、ゲイ要素なんて、コーヒーがすきか紅茶が好きかぐらいの、些細な好みの問題ぐらいに受け取って欲しいわけ。
しかしながら、この「悪いゲイ要素」だけを取り上げて差別する構造って、ノンケ⇒ゲイだけでなく、ゲイ⇒ゲイでもあることは事実よ。
だから、ゲイ同士は警戒するのよね。
LGBTブームか何だか知らないけど、派手に存在をアピールする前に、この差別の根源についてもうちょっと議論すべきだと、アテクシは珍しく真面目に思いました。