あの日、外は暴風雨で、雨と風の音がゴーゴー響く中、Yokoさんのピュアで
可愛らしい声に誘導されていきました。
のどのチャクラが気になっているときだったので、
【嵐の中の海を渡る船の中。私は波の中に放り出され、水を飲んで息が苦しくなって行く、、、】
というイメージを当てはめて行きましたが(これには理由があって、前日の陶芸教室で、
Aさんが、前世でバイキングだった話をしたのです。で、彼女が海賊だった姿で
暴風雨の海を渡る姿をイメージングしました。その時ちょうど、同じようにゴーゴー
音がしていたのです。その共通点から、思い出された映像でした。)
主人公は私ではなかったためか、この場面はすぐに別の場面へとチェンジされました。
それは、スイス?の田舎風景。緑の山々に小川、たくさんの草花に動物たち。
修羅場は一変して、平和で穏やかな光景へと移りました。
最初、想念で作ってしまったかな?と迷いましたが(私の今世の前の過去世は
スイスでした。でもその時は田舎ではなく都会でした)、どう意識を動かしてみても
この光景は変わらず、さらに具体的に見えてきたので、やはり信じて良いのだなー
と思い直しました。
目の見えないおばあちゃんと二人暮らしをする18歳の娘の私。
おばあちゃんはひとりで生活できないので、生活のすべてを私が担っていました。
家を長くあけられないため、家畜を育てながら自給自足の生活。
おばあちゃんのお世話にも追われ、田舎から出たことがありません。
町に出てみたいなと思うのですが、おばあちゃんをひとりにしたくないし、
今の生活にも満足しているので、毎日穏やかで平和、そして地味な生活を続けます。
この時の私の名前をYokoさんから聞かれた時、【Hから始まる名前、、、ハイジ】
と答えました。その答えを聞いてびっくりでした。スイスでハイジって、、、出来過ぎです。笑
でもどう考え直しても、ハイジとしか思えないのです。
沢山ある前世の中で、この平穏な生活を送っていた時代を今見ることによって、
いったい何になるのか?学びも何も無いんじゃないかと、一瞬(無駄になってしまったかも、、、
もっとセラピーを必要としている人に譲った方が良かったかも知れない)と心配しましたが、
だんだん、話は展開して行きました。
それは、私=ハイジが20歳になった時です。最愛のおばあちゃんが亡くなります。
動物たちとひとりぼっちに残された私は、絶望し、このままの生活を続けることを選択しました。
自給自足をしながら、町にも出ず、結婚もせず、ただひとり、ひっそりと一生を送るのです
。正直、とてもびっくりしました。今の私は、全く真逆だからです。
平凡や普通ということに全く惹かれませんし、常に変化や冒険を求めています。
次に、ハイジが亡くなる場面へと誘導された時、【家族の幸せを気にして、
自分のやりたいことや言いたいことを押さえるのはやめよう】と決意する自分を見ました。
そして、この時最愛だったおばあちゃんが誰なのかを見ると、今の祖母でした。
そういえば、、、と思い出したのは、パリに留学するきっかけとなった日のことです。
祖母が珍しく強い口調で、‘留学しなさい。あなたはそうしたいのでしょう’と言いました。
そのストレートで強い調子に驚き(祖母は人の自由を優先する人です。
ああしろこうしろとは、言ったことがありません)、私ははっと目を覚まし、
フランスに留学しようと決めたのでした。
もう10年以上も前のことですし、たった一度の会話のことだったので、
ずっと忘れていたことでしたが、なぜ彼女が強い決意をもってこの言葉を発したのかが、
分かりました。
祖母はハイジだった私に対して、世話をしてくれたことに感謝をしながらも、
‘次は自分の好きなことをしなさい’と思っていたのです。
そしてもうひとつ気づいたことは、ハイジだった私も、本当は自由に冒険してみたかったのです。
ここまで来て、やっと‘のどのチャクラ’について思いが至りました。
言いたいことを我慢して、やりたいことを我慢する私。
この私は、今の私にも残っているということです。自由を大切に生きていますが、
時々理由もなくやってくる罪悪感は、これが理由なのだと実感しました。
いつも私についていてくれる亡くなった父が、こう伝えてきました。
‘大丈夫。何があっても守っているから。好きなことを言い、好きなことを何でもやりなさい。’
実は父が生前いちばん尊敬していた人がふたりいて、ひとりがこの祖母、
もうひとりが父の上司だった人でした。
このセラピーを受けた日は、父の命日。前日は日本から、この父の上司だった方が
会いにやってきていてくれました。
父が大好きだったふたりを命日に私に引き合わせてくれたのは、
私への愛のプレゼントでした。
今、アーティストとしての活動をもうひと山超えるために必要なことは、
まさに‘家族に遠慮せずにやりたいことをやる’だと感じました。
運良く今日まで周りの人たちのおかげでやってきた私ですが、これからは、
自ら大きな決意を意志を持って、好きなように流れを作って行きなさいと、
言われているのだと思います。
そのために必要な具体的なアドバイスももらうことができました。
それは、最後の場面です。
誘導場面の川まで戻ってきた時、川べりの脇には、赤い花を白い花が咲いていました。
赤い花は男性性、白い花は女性性を示しています。
つまり、これからは、全てのバランスを取りながら、進んで行きなさい、
というメッセージでした。
どちかひとつだけ、というのでは、成功出来ない。
どちらも大切にしながら、調和を目指すこと。
これが、成功のカギとなると言われているようでした。
童話のような場面から、このような深い学びに繋がることになるとは、
最初は想像していませんでした。
やはり、Yokoさんと出会ったことも、このセラピーを受けることになってことも、
全て計らいによるものだったのですね☆
あれから、父や祖母からの温かい愛情に包まれているのが続いています。
今までと違うことは、‘守られている’という安心感、
そして、やりたいことをしたり言いたいことを言うことに対して罪悪感を持たなくて良いのだ
という実感です。
これからガンガン前に進んで行こうと思います☆
どうもありがとうございました。
可愛らしい声に誘導されていきました。
のどのチャクラが気になっているときだったので、
【嵐の中の海を渡る船の中。私は波の中に放り出され、水を飲んで息が苦しくなって行く、、、】
というイメージを当てはめて行きましたが(これには理由があって、前日の陶芸教室で、
Aさんが、前世でバイキングだった話をしたのです。で、彼女が海賊だった姿で
暴風雨の海を渡る姿をイメージングしました。その時ちょうど、同じようにゴーゴー
音がしていたのです。その共通点から、思い出された映像でした。)
主人公は私ではなかったためか、この場面はすぐに別の場面へとチェンジされました。
それは、スイス?の田舎風景。緑の山々に小川、たくさんの草花に動物たち。
修羅場は一変して、平和で穏やかな光景へと移りました。
最初、想念で作ってしまったかな?と迷いましたが(私の今世の前の過去世は
スイスでした。でもその時は田舎ではなく都会でした)、どう意識を動かしてみても
この光景は変わらず、さらに具体的に見えてきたので、やはり信じて良いのだなー
と思い直しました。
目の見えないおばあちゃんと二人暮らしをする18歳の娘の私。
おばあちゃんはひとりで生活できないので、生活のすべてを私が担っていました。
家を長くあけられないため、家畜を育てながら自給自足の生活。
おばあちゃんのお世話にも追われ、田舎から出たことがありません。
町に出てみたいなと思うのですが、おばあちゃんをひとりにしたくないし、
今の生活にも満足しているので、毎日穏やかで平和、そして地味な生活を続けます。
この時の私の名前をYokoさんから聞かれた時、【Hから始まる名前、、、ハイジ】
と答えました。その答えを聞いてびっくりでした。スイスでハイジって、、、出来過ぎです。笑
でもどう考え直しても、ハイジとしか思えないのです。
沢山ある前世の中で、この平穏な生活を送っていた時代を今見ることによって、
いったい何になるのか?学びも何も無いんじゃないかと、一瞬(無駄になってしまったかも、、、
もっとセラピーを必要としている人に譲った方が良かったかも知れない)と心配しましたが、
だんだん、話は展開して行きました。
それは、私=ハイジが20歳になった時です。最愛のおばあちゃんが亡くなります。
動物たちとひとりぼっちに残された私は、絶望し、このままの生活を続けることを選択しました。
自給自足をしながら、町にも出ず、結婚もせず、ただひとり、ひっそりと一生を送るのです
。正直、とてもびっくりしました。今の私は、全く真逆だからです。
平凡や普通ということに全く惹かれませんし、常に変化や冒険を求めています。
次に、ハイジが亡くなる場面へと誘導された時、【家族の幸せを気にして、
自分のやりたいことや言いたいことを押さえるのはやめよう】と決意する自分を見ました。
そして、この時最愛だったおばあちゃんが誰なのかを見ると、今の祖母でした。
そういえば、、、と思い出したのは、パリに留学するきっかけとなった日のことです。
祖母が珍しく強い口調で、‘留学しなさい。あなたはそうしたいのでしょう’と言いました。
そのストレートで強い調子に驚き(祖母は人の自由を優先する人です。
ああしろこうしろとは、言ったことがありません)、私ははっと目を覚まし、
フランスに留学しようと決めたのでした。
もう10年以上も前のことですし、たった一度の会話のことだったので、
ずっと忘れていたことでしたが、なぜ彼女が強い決意をもってこの言葉を発したのかが、
分かりました。
祖母はハイジだった私に対して、世話をしてくれたことに感謝をしながらも、
‘次は自分の好きなことをしなさい’と思っていたのです。
そしてもうひとつ気づいたことは、ハイジだった私も、本当は自由に冒険してみたかったのです。
ここまで来て、やっと‘のどのチャクラ’について思いが至りました。
言いたいことを我慢して、やりたいことを我慢する私。
この私は、今の私にも残っているということです。自由を大切に生きていますが、
時々理由もなくやってくる罪悪感は、これが理由なのだと実感しました。
いつも私についていてくれる亡くなった父が、こう伝えてきました。
‘大丈夫。何があっても守っているから。好きなことを言い、好きなことを何でもやりなさい。’
実は父が生前いちばん尊敬していた人がふたりいて、ひとりがこの祖母、
もうひとりが父の上司だった人でした。
このセラピーを受けた日は、父の命日。前日は日本から、この父の上司だった方が
会いにやってきていてくれました。
父が大好きだったふたりを命日に私に引き合わせてくれたのは、
私への愛のプレゼントでした。
今、アーティストとしての活動をもうひと山超えるために必要なことは、
まさに‘家族に遠慮せずにやりたいことをやる’だと感じました。
運良く今日まで周りの人たちのおかげでやってきた私ですが、これからは、
自ら大きな決意を意志を持って、好きなように流れを作って行きなさいと、
言われているのだと思います。
そのために必要な具体的なアドバイスももらうことができました。
それは、最後の場面です。
誘導場面の川まで戻ってきた時、川べりの脇には、赤い花を白い花が咲いていました。
赤い花は男性性、白い花は女性性を示しています。
つまり、これからは、全てのバランスを取りながら、進んで行きなさい、
というメッセージでした。
どちかひとつだけ、というのでは、成功出来ない。
どちらも大切にしながら、調和を目指すこと。
これが、成功のカギとなると言われているようでした。
童話のような場面から、このような深い学びに繋がることになるとは、
最初は想像していませんでした。
やはり、Yokoさんと出会ったことも、このセラピーを受けることになってことも、
全て計らいによるものだったのですね☆
あれから、父や祖母からの温かい愛情に包まれているのが続いています。
今までと違うことは、‘守られている’という安心感、
そして、やりたいことをしたり言いたいことを言うことに対して罪悪感を持たなくて良いのだ
という実感です。
これからガンガン前に進んで行こうと思います☆
どうもありがとうございました。