病気のお話が続いてますが もうちょっとお付き合いくださいませ。
というわけで、この再発については むしろ願ったりかなったりだったり
してしまう自分がいたわけ。
おおいなるものに 生かされたにもかかわらず
また ちっぽけな小宇宙・自分(わたしワールド)に 成り下がってしまいました。
病と言うものは 時に 利得になってしまうわけです。
たとえば 心配してもらいたい。
だとか注意を引きたい。
大人になってしまうと 素直に
それをいえません。
でもそうだとは認めたくないわけです。
もし、 ご家族の中に 原因不明の病を患っている方 そしてそれを
長く自身の生活を投げ打ってまで 介護。介抱されている方。
ちょっと これを 疑ってみてほしいのです。
いわゆる 食事療法だとか運動不足だとか生活習慣の改善をするのは
生き方を考える点でも とてもよいと思う。
だけれど、 わたしたちは 外側に解決を求めているばかりでは
根本解決にはならない。
その病が あえて自分 そして家族に与える作用。
これは その病を得た本人しだいなのであるわけで。
厳しいかもしれないけれど あえて そこに目を向けるための
今世を生きる『課題』が そこにある。
そうしたら 原因ていうのは 実は 不明なのではなくて
その人の中にあるでしょう。
と思うわけです。
そんなとき 頭で考えるだけでは
決して見えてこない、
経験や知識だけでは
計れない自分の源に
聞いていくことが必要なのではないか。
という気づき。 それが
わたしをヒプノに目を向けたきっかけでしたの。
もちろん、時を同じくして罹患された 元女優の宮崎ますみさんとのご縁も
大きく
自分自身の内にまだ 癒しきれていなかった思考の癖+インナーチャイルド
と向き合うときが待っていたのです。
それは 現実の生活では 夫の子供たちとの間にあった愛情の奪い合い。
わたしがわたしであることを丸ごと包んでくれる夫とは対称的に
子供たちは 自分の感情に正直。やりたいことだけをする。
と言うことがどういうことかを
真に教えてくれていたのです。
謙遜社会で育ったわたしは
自分を守ることは
覚えてしまったようです。
でも、このときはまだ
思考のスパイラルに入り
いろいろな感情に惑わされていました。
そしてその感情は わたしと母
との間にあった確執を浮き彫りにしました。
現実、両親との仲は悪くなかったのにもかかわらずです。
でも、それは それ以外を知らなかった
からだったのです。
母親を亡くしている子供たちは必然 父親に頼らざるを得ず
こちら側から見ると 甘い。と思うような習慣が多々ありました。
けれど、それらは 全て家庭に寄っても違いますし、まして
異国では 間逆のことがまかり通っていたりするわけです。
そして フランスでは 基本的にジャッジしませんし、
愛情表現というところでは 人間本来の姿なのかもしれません。
けれどわたしの中では【ありえない】と言う言葉が頭の中を駆け巡りこだまする。
それこそが 何が正しくて 何が間違っているかの二元性を超えた
判断を身につけるためであったのだとしたら。
自分の中にぶれない軸をもたらすためのものであったのかもしれません。
そこに気づかせてくれたのは 彼女たちであり、ヒプノセラピーであり
宮崎ますみさんとのご縁だったのです。