伊藤計劃 『虐殺器官』


虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)/伊藤計劃

¥778
Amazon.co.jp




9・11以降の“テロとの戦い"は転機を迎えていた。 先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、 後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。 米軍大尉クラヴィス・シェパードは、 その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、 ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…… 彼の目的とはいったいなにか? 大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官"とは? 現代の罪と罰を描破する、ゼロ年代最高のフィクション(Amazonより)




単行本刊行時(2007年)に読んで以来、久々の再読。


この数年で本書の評価は物凄いことになった。
当時からSF界では高く評価されていたものの、一般文芸の領域にまで評価を広げ、ゼロ年代最高のフィクションとまで呼ばれるようになるとは正直意外だった。


そんなに言うほど凄いかな……という想いが拭えなかったので、再読してみたら確かに凄かった。


二度目のほうが、よりその骨格や、語られていることの重要性と時代性を汲み取りやすい。
なんせ八年近く経っているので、自分の内面も変化したのかもしれない。


それを抜きにしても、単純に小説として優れている。
文章は読みやすく、かといって淡泊でもなく思弁性に溢れて、エンターテインメントとしても飽きない面白さがある。


基本的には軍事SFだけど、核となるのは言語SFであり、主人公の一人称によるナイーブな思弁も重要な要素だ。





アメリカ軍の特殊部隊に所属するクラヴィス・シェパードは、世界各地で巻き起こるテロや紛争や虐殺の指導者を暗殺するのが役目。


そうやって各地を飛び回るうちに見えてきたのが、虐殺が起こる場所になぜか必ず現れるジョン・ポールという男の存在。


やがてジョンと接触したクラヴィスは、「虐殺の言語」なる秘密を知ることになる。





本書はホワイダニット(なぜ殺したか)のミステリとしても読めて、ジョン・ポールがなぜ世界各地(というか後進国)で虐殺を煽るのか、その動機が実に印象深い。


日本人がテロ組織の人質に取られて殺害されるこのご時世、決して他人事ではいられないテロと紛争の予兆に於いて、自分はこの虐殺の王ジョン・ポールを憎むことはできないなと思ってしまった。


もし世界が戦争と紛争とテロに満ち、自分が虐殺の言語を操れるとすれば、同じ動機で同じことを選択するかもしれない、と。



そして、地獄のような紛争地帯で、テクノロジーの力で感情を抑制し、武器を持って向かってくる子供をも無感情に殺せる特殊部隊の主人公は、常にその内面に母親への罪の意識を感じている。


その罪の意識はやがて、ジョンと同じ選択へと誘い、罪と罰を背負うこととなる。




9・11以降のフィクションとしては、確かに最高(あるいはそれに近い)と言えるだろう。


これがデビュー作だというんだから驚き。


伊藤計劃という作家の才能を改めて実感すると共に、その早すぎる死が残念でならない。(作者は2009年に病気で逝去している)


もし今も生きていたら、どんなに素晴らしいフィクションを書いてくれただろう。


考えても仕方のないことを考えてしまうくらい、このデビュー作の完成度は高いのだ。





ちなみに本書は、第二長編『ハーモニー』と、プロローグだけ書かれて残りは円城塔に書き継がれた長編『屍者の帝国』と共にアニメ映画化が決定したらしい。


それら三作品のプロモーション映像があったので貼っておきます。






これは楽しみ。


『ハーモニー』も久しぶりに再読しようかな。