初ラブコメです。頑張ります。


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降り積もる雪は今となっては幼い頃に感じた高揚感を失せさせ、手の悴みと冷たさによる苛つきだけを与えた。

札幌駅から2駅分ほどの距離を歩いて俺は自宅周辺まで来ていた。

吹雪によって前が見えなくなるのは札幌ではざらにあるが、今日はまだ善いほうで、ゆっくりと重力に任せて落ちてくる白い雪が視界全体に映るだけだ。

だから、自宅の表札の文字も見える。筆記体で「大宮」と書いてあった。

北海道では雪が屋根に積もるので屋根に角度をつけた構造の家が多いらしいが、我が家はその典型的な一例には属さないらしい。

ドアを開くと、居間から光が漏れているのがわかった。

「ただいま」

そう言うと、居間から光だけでなく声も出てきた。

「おかえり。真司お兄ちゃん」

今度は妹の由奈が漏れた光よりずっと眩しい笑顔で出てきた。

由奈はポニーテールをぴょこぴょこさせながら小走りで玄関まで来て、笑顔のまま話を始めた。

「お兄ちゃん聞いて。今日ね。学校でとっても気が合う友達が出来たの。凄いの。趣味とか好みとか、ほとんど一緒で。凄いよね。中学校に上がって半年以上経ってるのに、なんで今まで気付かなかったのかな。それでね」

まずい…。スイッチが入り始めてる。

俺は慌てて言った。

「ちょ…。待て待て。一旦落ち着こう。その前に一つ質問。今日母さんは?」

喋っているのを遮られた由奈はさも不服そうに膨れっ面をして言った。

「最後まで聞いてよ、もう。今日も夜勤だって」

苦笑いが自然と顔に浮き出てくるのがわかった。

「わかったわかった。ご飯のときちゃんと聞くから。ほら、母さんいないんだからご飯作らないと」

由奈はぶーぶー言いながらもソファーに座った。

俺は手を洗い台所に立つと、まず冷蔵庫の残り物を確認する。

由奈はああ見えて家族以外の人の前だと引っ込み思案になってしまうのだ。

その性格により、小学校の間はあまり友達が出来ず、学校にあまり行きたがらなかった。

一匹狼と言えば聞こえはいいが、由奈の場合独りぼっちと言う形容がニュアンス的にしっくりくるだろう。

そうして学校以外の時間で一番一緒にいる時間が長い俺は、晴れて妹の掃き溜め口になってしまったわけだ。

しかし、今日の話を聞く限り、友達が出来るということに少しは期待していいのだと思う。

趣味とか好みとかが同じで、気が合う妹の友達…。

きっと悪い娘ではないはずだ。あくまでも想像だが。

この事に関しては余り首を突っ込まないほうがいい気がする。

俺の悪い癖だ。妹のことについて心配しすぎることは。

あくまでも由奈の自主性に任せよう。心配ではあるが。

そんなことを考えているうちに、料理が出来上がった。

あまり料理については意識は回っていなかったが、もはや考えずとも手が動くようになってしまったのだろう。

親は今日も夜勤とは。全く仕事のよく出来る親だこと。と、皮肉めいても仕方ないので心の中に仕舞っておく。

「由奈、ご飯出来たよ。」

「はぁい。」

明るい声が居間から聞こえる。俺がテーブルに料理を並べている間に由奈は話し始めた。

「さっきの続きだけど、その子の名前は……。」

俺は嬉しそうに話す由奈を見た。

今度は苦笑いではない、自然な笑顔を作れた気がする。







冬になると日が落ちるのが早すぎて、夏なら真昼の時間帯でも外は薄暗くなる。

雪は相変わらず降っているけど私には関係ない。
今日という時間はまだまだ続くのだから。

首に巻いた白いマフラーを口の高さまで持っていきながら、降り続く雪の向こうにある自宅へ向かう。

引っ越して数年。今のところ、これといって汚れもない我が家の外装は、この程度の雪では汚れないと思う。そもそも雪で汚れるか自体疑問ではあるけれど。

足早に「菅谷」と書いてある表札の横を通りすぎ、鍵を開ける。

中に入り、ニット帽やダッフルコートに付いた雪をほろいながら携帯を取り出す。

着信履歴の一番上にある「波瀬 伊緒」のところで発信ボタンを押す。

コール音が聴こえてすぐに電話の向こうから声が聴こえた。

「もしもし?どうしたの朱音。」

「あらあら、ワンコールめで応答とは、暇なのね伊緒。」

「……切るわよ。」

「うそうそ、ごめん伊緒、切らないで」

相手は電話の向こうにいるのに苦笑いが浮かぶ。

「……ったく。で、どうしたの。」

「今日は寒いね。ってことで、外で遊びましょう。」

「順接になり得ない内容よ。私の腰はそんなに軽くない。」

「そんな。ただでさえ寒いのに冷たいこと言わないでよ。終いには泣くよ?」

「……どこに行けばいいの」

小さくガッツポーズ。見られているわけじゃないから問題無し。

「第一公園にスコップ持って集合。防寒対策はきちんとしないとダメよ。」

「……なんか負けた気がする」

「そんな伊緒が私は好き」

そう言って電話を切ると、私は自分の出せるベストの防寒装備を身につけ、そしてロウソクとライターを持ち出した。

玄関に置いてあるスコップを担いで家を出る。

第一公園は家から歩いて五分ほどで着く。

雪は相変わらずマイペースに降り続いている。

気温はやっぱり寒いが、それでも私の防寒装備に不備は無い。

公園に着くまで、誰にもすれ違わなかったのは幸運だった。

さすがに普通の女子大生はスコップとかは持ち歩かないだろうし。

公園にも誰も人はいなかった。

子供は風の子、とよく言うが、こんな雪ごときに打ち負けるとは。まったく情けない。

滑り台やブランコ等の遊具は堆積した雪によって上の部分しか見えなくなっている。

積もった雪の量に満足した私は早速スコップで穴を掘り始める。

地道に雪が集まってきた。もうちょっと高くしたいところだが。

「室内で遊ぶ、っていう選択肢は無かったの。こんな寒い日に。」

作業をすることによって下を向いていた顔を上げる。

そこには伊緒がスコップを雪に突き立てて立っていた。

「私の心理パターンをわかっていないな、我が親友よ。」

伊緒は私のにやけた顔を見て溜め息を吐いた。溜め息が白くなってすぐ消える。

「よくわかっているわ。朱音に皮肉が通じないってことくらい。」

そう言って伊緒は私の隣に来て集めた雪の小さな山を見る。

「何を造るの。」

「一目瞭然じゃん。かまくらでしょ」

「雪だるまとかより、まだマシかな」

伊緒はそう言って周りから雪を集めてその山を大きくする作業を始めた。

「伊緒はなんだかんだ言っていつも手伝ってくれるよね。実は楽しいんでしょ。」

スコップを持った伊緒の手が一瞬止まり、伊緒は微笑した。

「さぁね。」

伊緒はスコップを持つ手を再び動かした。

伊緒とは中学生の頃からの付き合いで、出会ったときのことなどもう忘れてしまうくらい、いつも側にいる。

私はバドミントン部で伊緒が吹奏楽部だった。

「しかし朱音も、変わらないわね。中学生の頃と。」

「そう?なんかしてたっけ」

「バレーボールのときとか」

……あぁ。

確か、あれは中学生の頃、学校帰りにこの公園に来て、バレーボールをしたとき。

「行くわよ!ヒロミ!」

「……。」

「『ハイッ、コーチ!』とか言ってよ。」

「古ぃよ!」

……みたいなことが。

「確かに変わってないと思う」

ケラケラ笑いながら言うと、伊緒はさも不服そうに言った。

「今になっても思うけど、なんで吹奏楽部がレシーブの特訓しなきゃなんないの、って話しでしょ。」

「伊緒も変わってないなぁ」

またケラケラと笑ってやった。

「朱音のサーブがやたら速いわ、腕痛くなるわ、二人でバレー部にスカウトされるわで大変だったんだから。」

「あのサーブを見事に返す伊緒もただ者ではないと思う」

と、昔話をしているうちにかまくらがいい大きさになってきた。

「そろそろ入口作ろう」

二人でやると空洞を作る作業はすぐ終わった。

「なかなかかまくらっぽくなってきたじゃない」

「そりゃあ毎年やってるし」

「それはそれで問題だと思うの」

確かに、と思い、私はまたケラケラと笑った。

「じゃあ固めよう。伊緒は内側を固めて。私は外側やるから」

伊緒はこくりと頷き、かまくらの中へ入って行った。

さてと。

私は早速作業を始めた。

数分後、おおよそ完成したので、私は伊緒に声をかける。

「そっちの調子はどう」

「まずまずかな」

そう言いながら出てきた伊緒はかまくらの外装を見て驚いた。

「城作ってんじゃねーよ!!」

……ナイスリアクション。

「キャラ崩れてるよ。伊緒」

そう笑ながら言ってやると、伊緒はハッとした様子を見せて、すぐに溜め息を吐いた。

「しかし見事ね。ここまで芸術的に出来上がるなんて。こういうの才能の無駄遣いっていうの知ってる?」

咄嗟に出た憎まれ口は、微笑ましく思わせるだけだ。

「逆に聞く。『物事を本当に楽しむためには、それ相応の実力が必用である。』って名言知ってる?」

「いや、知らないけど。誰が言ったの?」

「なんかの漫画でそんなこと言ってた気がする。」

「それ、名言って呼べなくない?」

言えてる、と思い、私は笑顔で頷く。

「なんにせよ、かまくら改め氷の城が出来た訳だし、中に入ろう。」

私はロウソクとライターを取りだし、伊緒の背中を押して中に入った。

「なかなかいい出来じゃない。」

「外装には敵わないけど。」

伊緒がそう言いながら帽子を取ると、そのセミロングの黒髪が私の目に映った。

私に皮肉は通じない、と伊緒は言ったが、そんなことは無いと思う。

「随分な皮肉ね。」

そう言って私はロウソクにライターで火を点ける。

燭台代わりに中央に立ててある雪の台にそれを立たせて、私たちは座った。

「ねぇ、やっぱり中も城内っぽくしない?」

「なんだ、これじゃ不満か。」

伊緒が膨れるのを笑いながらからかう。

やっぱり伊緒を呼んで正解だった。

今のところ、伊緒と一緒にいるのが一番面白いから。

誰よりも、今を楽しんでやる。








今日は珍しく一回目のアラームで起きることが出来た。

俺は欠伸をしながら階段を降りて、洗面所に向かう。

午前六時。顔を洗い、口を濯いで眠たい目を擦り台所に立った。

今日の朝食は卵焼き、野菜炒めと、味噌汁という、スタンダードなメニューを作ることに決めた。

意識は不確かではあるが、手は機械的に動く。

……眠い。

米を研ぎながらまた欠伸をしていると、二度寝しとけばよかった、寒い、等とマイナスの思考が次々と浮かんでくる。

大学の入試は終わり、学校は家庭学習期間に入っている。

それなのに早く起きてしまったのは、やはり妹が中学校に通うのに、朝食を作る必要があるからだ。

意識とは裏腹にテキパキと動く俺の手は、あっという間に朝食を作ってしまった。

皿に盛り付けると、俺は頭を掻きながら階段を登る。

由奈の部屋のドアをノックして、部屋に入る。

「由奈ー。起きろー。」

「……。」

「由奈ー。」

「ん…、うーん、む…。」

寝起きが悪いのは昔からなにも変わっていない。

「ほら、遅刻するよ。もう八時だ。」

そう言うと由奈はベットから飛び上がった。

「え!?嘘!?」

「うん、嘘。」

「えぇー、たち悪ぅ!」

自分でもそう思ったのだからそれは事実だ。

「ほらほら、ご飯出来てるよ」

俺が階段を降りて行くと由奈もだらだらと居間まで降りてきた。

由奈は朝食を食べ終えると、俺に言ってきた。

「お兄ちゃん、髪とかして。」

「はいはい。」

ドライヤーと櫛を持って由奈の寝癖のついた髪をとかしていく。

とかし終えて俺は髪止めのゴムのようなものを持ってきた。

シュシュというのだろうか?そのへんはよくわからないのだが。
僕が由奈に買ってあげたものだ。

それでポニーテールを作ってやった。

由奈はニッコリと笑ってありがとうと元気に言った。

我ながら手慣れたものだ、と思いながら食器洗いに取りかかる。

その間に由奈が学校に行く準備が出来たらしく、いってきますという元気な声が聴こえた。

由奈が学校に行って、家事が一段落付いたところで、家のチャイムの音が鳴った。

返事をする前にドアが開いた。

「うぃーす」

応答を待たずに家に上がり込むのはあいつしかいない。

「ちょっとくらい待つことを覚えろよ」

入ってきたのは福江圭吾という俺の親友だ。

親友と言うと少し語弊があるかもしれない。

圭吾だけ俺の周辺事情に詳しく、自分自身のことはあまり話してくれない。

なんとも一方通行な関係だ。

「どうせ真司しかいないだろう」

「由奈がいるかもしれないじゃないか」

「さっきすれ違った」

ちっ、と舌打ちをすると圭吾は気にした様子もなく冗談めかして言ってきた。

「しかし由奈ちゃんは日に日に可愛くなっているね」

その言葉には黙ってはいられない。

「由奈に手を出すのはお兄ちゃんが許さん」

圭吾はへらへらと笑って言った。

「真司の義弟になるのはごめんだけどね」

全部冗談だということは態度でわかる。

圭吾がへらへらと笑うときはだいたい冗談なのだ。

「で、なんの用だ」

「なにか用が無くちゃ来たら駄目かな」

「駄目だろ」

すると圭吾はしかめっ面をして言った。

「ほんとに真司が優しくするのって由奈ちゃんだけだよねー」

確かに二面性については由奈に負けず劣らずだ。

自覚してしまっているあたり、まだマシなのであろうが。

「ふん、どうせ退屈だから来た、ってところだろ」

「正解」

そう言って圭吾は靴を脱いでずかずかと家に上がり込んできた。

「しかし受験が終わったこの時期ってやることあまりないね。」

「免許取ればいいだろ」

「自転車で十分」

「冬はどうする」

「冬もさ。」

…健康的なことで。

呆れた顔をすると、圭吾は思い付いたように口を開いた。

「そういえば」

「そういえば?」

「雪の城が立っていた」

……?

圭吾はよく会話の中で内容を大幅に省く。

あたかも文章のタイトルを最初に言うかのように。

それをわざとやっているのが、こいつのたちの悪いところだ。

そういうときは、シンプルにこう言ってやればいい。

「わけがわからん」

圭吾は何故か満足げに笑みを浮かべると、詳細を話し始めた。

「第一公園に、立派なかまくらができていたんだ」

「へぇ、それが雪で造られた城の風貌をしていた、と」

「そういうこと」

「興味無い」

「冷たいね。かまくらで暖まってきたら」

「室温のほうが高いに決まってる」

俺がそう言うと、圭吾はやれやれといった風に肩をすくめる。

「真司はまったくもって出不精だよ。学校が無かったら引き籠りになってるんじゃないかな。」

圭吾はそう言うと少しの間を置いて申し訳なさそうに顔をしかめた。

「いや、時既に遅し、かな」

「失礼な。買い物くらいは行くぞ。」

俺は鼻をフンと鳴らした。

「じゃあ、かまくら見に行く?」

圭吾はニヤリとして聞いてきた。

「目的が無いだろう」

「それがまさに目的だよ」

結局、圭吾に連れ出される形で釈然としないまま俺は外へ出た。

「うわ寒っ。帰ろう?ねぇ帰ろう?」

俺がそう言うと圭吾は気温さながらの冷たい目を俺に向けてきた。

「犬でもはしゃいで飛び回るっていうのに何言ってるんだよ」

「俺は犬じゃない」

すると圭吾がニヤケ面で「女の子には犬にされそうだ」と言ったのでデコピンを喰らわせてやった。

圭吾と言い合っているうちに第一公園に着いてしまった。

そこには確かに芸術としか言いようがないほど見事なかまくら……いや雪の城が建っていた。

そこで俺は予め用意しといた台詞を口にする。

「おぉ…、すげぇ。よし帰ろう」

言い終わるか終わらないかあたりで圭吾がなにか言ってきた。

「あっ、見て、中に誰かいる」

確かに入口から灯りが漏れている。居ても居なくてもすぐ帰る予定だったのだが…。

「おいそこの少年!!寄ってくかぁい!!」

酷く陽気そうな女子が中から出てきた。

俺が呆然としていると、その人はズンズンとこっちに近づいてきた。

「ほらほら甘酒あるよ!!入った入った!!」

圭吾はというと「じゃあお言葉に甘えて」と言い、こっちを見て苦笑いを俺に向けてきた。

俺の直感が警報を鳴らす。

―これは間違いなく面倒臭いやつだ、と。




二編へ
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二編は受験とか終わったら多分書くと思います。

いや終わらなくても書くかもしれないです。

なにせ飢えていますので。何に飢えてるのかは聞かないでください。


いや、それにしても展開が進まない!!

一編分をとりあえず書き上げたのは良いものの、まだ出会っただけって……、進度的に長編になる予感無きにしもあらず。

さてさて、いったいこの先どうなってしまうのか。僕にもわかりません。

まぁ末長くよろしくお願いします。