人気のない道を、あなたといつものように歩いていた。
 こんな時、いつも分からなくなる。自分がここに存在しているということが。その価値が。
「あなたの考えていることは、正しいと思う。人が生まれそして死んでいくのに、理論的な理由なんてある?それを作るのが宗教であって、それを検証するのが科学。どちらもうまくいく訳ないけど。」
「うん。そうだね。どちらもうまく行ってないし、これからもきっとそうだと思う。でも何故だろう?」
「それは本当に単純な理由で」
「本当はそんな物欲しくないから。でしょ?」
「たぶんね。」
 どこまでもまっすぐに続いていきそうに思えるこの道で、私とあなたは確認し合う。ここにいることに意味は無いことを。そしてそれらの言葉たちは、光に解けていく。まるで始めからそんなものなかったかのように。この道に降り注ぐ太陽の光は、儚いのになぜか、多くのものを曝け出してしまう。私とあなたも、互いの姿はきちんと確認できるのに、いつもどちらがどちらかが、分からなくなってしまう。それは多分、私たちが本当は自らの『身体』を信じてないからだろう。
「身体は本来はいらないものんんだろうね。」
「うん。いずれは人は身体、というよりこの三次元の世界を捨てて進化していくんじゃないかな。」
「時間はかかるだろうけどね。もちろん技術的な問題じゃなくて、人々の認識が追いつくまでが。」
「これまでもずっとそうだったようにね」
「うん」
 結局、いつもそうなのだろう。多くの人間は一定の段階に達すると、成長しよう、つまり自分にとって未知な概念を認識し、受け止め、自分のものにしようとすることを放棄する。少し考えてみれば明らかなのに、社会の中に無数にある劣悪なシステムのほとんどは、人のこの特性が起因であり、結果でもある。多くの場合、このことに気づいてもそれを止めることができないのは、気づくことのできる人間が圧倒的に少数だ、ということはもちろんあるが、何よりこれに気付いてそれを治そうとするという行為自体が、すでにそのシステム内に組み込まれてしまっていることを感じ虚無に捕まるからだろう。
「劣悪な循環。生のポテンシャルエネルギーを無駄にする、一番効率的な方法だよね。」
「それに抗して、あるいは関わらないようにして、生きようとする人間もいるけど、」
「死ぬまで迫害され続けるんだろうね」
「私たちみたいにね」
「生のポテンシャルエネルギー、それは唯一私たちが生きている価値を客観的に認めてくれるはずのものなのに。」
 結局、ほとんどの人間は生を求めていない。目の前の一瞬の快楽のために、生を天秤に掛け、切り売りすることに何の抵抗も覚えないのだ。
 この道は、その道の広さとすぐ近くに都心がある割には、車の通りも人の通りも少ない。道は、無慈悲なほどに真っ直ぐなはずなのに、ときどき、螺旋状のスロープを歩いてるような錯覚に襲われる。私たちはこの道が好きなのだろう。
 なぜならそれは、大切な次のことを教えてくれるからだ。
 『人はどこにも行けない。』
 そんなことをお互い漠然と考えてる時だった。赤い雨が降ってきた。急に空が暗くなったと思ったら突然降り出してきた。それは優しい温度で、目に映る風景を濡らしていく。すべてが濡れていく。差別もなく、区別もなく、理由もなく、意味も意義も祈りも痛みも慈しみも偽りも無く、降る。
 私たちは傘をさす。広げた傘に反射する雨の音は、砕けていく理想や理念を想起させて、止むことのない回転のフラクタルに私たちを巻き込んでいく。そこでは、人間がいかに不自然な生命体なのかということと、それと同時に、人間は多次元的で言葉としてアウトプットできないくらいの美しい芸術品であるということが同列に語られる。それを受け入れられるかどうかで決まってしまうのだろう、その人が生涯歪んでしまうか否かは。
 前を見ると、女の子が立ち尽くしたままなにかを呟いている。近くに行っても何をしゃべっているかは雨の音でよく聞こえなかった。彼女の手には錆び付いたナイフが握られている。ひょっとすると、この雨を降らせているのが自分だと思っているのかもしれない。
 繰り返されるは、心の摩耗、それは終わらない。なぜ、生きるのだろう?なぜ、自らを傷つけ死に至らしめることは、タブーなのだろう?わたしは、あなたたちに、ずっと拷問され、それと同じことを不可避に体験させられているの 。ひとたびカウントダウンが始まったら逃れることはできなくなり、あたかもそれは人間が生を受けたという否定不可能な事象に酷似している。すべてが消えていくのは、そう定められていたから。矛盾を生産することのみに腐心して、今日を潰す明日を潰す既往を忘れる。何の為かは分からずに、それは分かりたくなく、分かるはずも無いと思っているから。渦を巻いて増幅していく虚無が止められない。でも分かってる。本当は止めたくない、この負の状況に縋っていたい。そうすれば、そうすれば、そうすれば、、結局どこにも行けない。でも鳴り止まない心音が、刻み続ける針が止められないから何も出来ないまま塗りつぶしていく日々は枯れていく。戻らない。消えていく。自分が朽ちていくのが分かる。でも止められない。止められない。なぜ?本当は私自身が止めたくないから。それはh締めから組み込まれていた気がする。すべては前もって消えていくことを約束されている。ほら、朝日が嗤う。また私が拷問を受けさせられようとしているから。それが楽しみだから太陽は上ってくる。今もまだここにいる。怠惰っていう最強のオブラートに包まれて。いや、包まれることを望んで。それだけを望んで。削ぐのは現実。孤独も嫌、隙間も嫌、それを埋めるための全部が嫌、痛みは嫌、止められない退化も望まない発展も、不可避な停滞も現状維持も嫌。狭めてる。現実に狭められている。仮想も嫌。すべて嫌。眠りたい。ずっと眠っていたい。ずっと眠ったまま生きていたいだって笑っても泣いても歌っても黙っても踊っても騒いでも怒っても悲しんでもまともに生きてもそうわたしみたく狂っても、何も変わらない何も変えられない何も残せない何も意味なんかない。いや。本当は何も変えたくもないし何も残したくないし何にも意味なんて無いんだ。でも、みんなまともに生きていたいから、手首と遊ばない方が言いって躾けられてそれが正しいんだって素直に素直に素直に思えているから、何かを変えた風にして何かを残したようにして何かに意味を持たせたくて、私みたいなのを排斥する社会をがんばって頑張って創るんだ。
 薄暗い朝、届かない願いは降り積もって灰になる。その集積がここにある世界だと、分かったその日から拷問は始まる。離散的な意識はそれを都合良く解釈して飲み込むことに困難を覚えないはずだが、ときたまそれを出来ないあるいはしないものもいる。
 「彼女は被害者なのかな。」あなたはそう呟いて、傘を廻す。
 「客観的に、しかも逆説的に考えるなら、そうとも言えるかもね。」わたしはそう答える。赤い雨はさっきから同じ速度で降り続いている。雨あしは強くなることもなく、弱まることもない。アスファルトは赤く濡れている。特に奇異には映らないのが妙に現実的だと思う。
 「本人が自分のことを被害者と思いたいなら、そしてそれがある程度成功しているなら被害者。本人が狂いたいと思って、まわりの人間のうち一定以上の人がそのことを素直に受け止めてしまっているならおかしい人。」
 「ここにも矛盾。というより盲目さが在るんだよね。」
 「いかに私の言葉が大きいエネルギーをもつかを目の当たりにしながら、それを負の方向でしか活用しない」
 「結局、その自分たちを下卑して、無力感に縛られている」
 正方向のベクトルに、その力を活用すればどれだけのものが得られるのだろう。ほとんどの人はその存在すら認識しようとしたがらない。
 自分の理解できる範囲を超えている。 そうやって無数の矛盾を放置する。
 普通じゃない。まともじゃない。社会的におかしい。 そうやってほとんどの新種を排斥する。
 しばらく何も言葉を交わさないで歩く。沈黙を共有し合うことで私達は何かを伝え合うことが出来ると信じている、それは確かに錯覚なのだけれど
 「それが両者の間できちんとその機能を果たしているのならば、それは虚像として存在している事になる」
 そう。こんな風に。