こんにちは。かなこです。
やや、ワシはきょうも寝不足であるよ
昨日の今日でまた、マイツインレイストーリーをば。
ずっとずっと、他人のために生きてきたと気づいた。
中学のときにはすでに、
自分の家が継いできた宗教の教えに基づいた思考をしていた。
世界が平和になるように
自分がいま居る場所で自分ができることは何だろう
誰かのためになることは何だろう、
それが基準だった。
ちゃんと勉強する。
親の言うことは聞く。
友達、地域のひととも仲良く。
何事にも全力で。
ちゃんと苦労する。
役に立つひとになる。
周りの同世代の子たちが羨ましく思えた。
けど、
勝手な「使命感」から、
自分は正しいことをやっているんだ、
あの子たちがおかしいんだ、と
苛立ちにすり替えてた。
男の子に告白されて付き合ったこともあった。
彼のことは好きだった。
けど、
いざ付き合い始めるとなんだかわからないけど気持ち悪くて、
次第に彼を遠ざけた。
性への罪悪感だったのかな…と思う。
「わたしにはやるべきことがある
なのに
自分ひとりのうきうきした気持ちのために
楽しむなんて。
そんなこと愚かだ。
堕落だ。
取り返しのつかないことになる。…」
頭とからだはどんどん分離していく。
高校も、大学時代も
好きなひとができてもうまくいかなかった。
めちゃくちゃ好きなのにずっと片思いどまりとか、
告白されてもいつも断っていた。
「いま、
やるべきことは何だ?
恋愛か?
そういうのは、ちゃんとした大人になってからじゃないのか。
信頼される自分になってからじゃないのか。
自分ができてないいま、
お互い溺れるような恋をしたって傷つくだけだ…」
…どんな10代よ
と笑い話で終わればいいけど(笑)、
20歳の誕生日を迎えてすぐに、
私は心療内科に通い始めることになった。
ある意味笑うしかない流れかもしれない
動けなくなってた。
笑えなくなってた。
「ゆっくり休んでください」
…どういうこと?
休むって?
何をすればいいの?
どんどん何もできなくなり、
20代半ば頃にはパニック症の発作も出て、
友達とも離れていってしまった。
体重も減り続けて、
少し外出するだけで何日も寝込むようになった。
こんな自分はだめだ
ちゃんとしなきゃ…
そう自分を責めて奮い立たせてきたけれど、
もうダメだった。
なのに、
まだ、
私は私を責めていた。
…あの状態でまだ自責できるとは、
やっぱりナゾに根性あるんじゃねワタシ
ある意味生命力やばくね
私にとって
自分のよろこびのために生きる
時間をつかうということは
恐ろしいことだった。
目の前の誰かのため
まだ見ぬ誰かのため
目ノ前ニ居モシナイ誰カノタメ二
『御国ノタメニ』
教えのために
そして好きになる人も、
大人になってからは同じような人ばかりだったと気づいた。
仕事はできる。
優しいことは優しいんだけど、
わたしには時間を割いてもらえない。
始めから遊びの関係か、
会社のために身を捧げるような人かどちらかだった。
私自身が、わたしを見ていなかったから。
自分のいのちを、ないがしろにしていたから。
私がツインレイのパートナーと思った彼と出会ったのはそんな頃だった。
つづきます。