前の記事からの続きで、
②
を綴る前に色々と書きたかったことを書いておきます。
なんとなくいまはそのタイミングだと感じて…。
でもね、
気持ちをうまくまとめあげる自信が
いつも以上にありません
だけど
いつものように
自分のなかの
たくさんの自分の声と、
いま感じてる自分の声を織り交ぜて綴ります。
なんて言うのかな…
わたしは、
できることならば
すべての人と仲良く在りたいです。
友だち
知り合い
親戚
お店の人
すれ違うひと
モニターのむこうの人
みんなと仲良く、していたいです。
だけど、
大人になると、
そうはいかない
らしいです。
みんな
それぞれに理由があるから
です
SMAPの「セロリ」の歌詞みたいに
育ってきた環境もちがうし
過去、現在と
たいせつにしてきた/したい
想いや、
なりたい/創りたい
自分像や現実があるから
だと思っています
私が言うことは、
自分で
綺麗事
理想論
だと
思ってきました
はいやっぱり「頭のなかお花畑」じゃん
いつまでも小学生じゃないんだし
って。
そんなわたしにも、
苦手なひと
会いたくないひと
いるからです。
矛盾してるなあ、
何言ってるんや?私は。
人のこと言えるのか?
そう思ってきました。
私は
仲良くしたいけど
あのひとは
私と/誰かと
仲良くしたくない
場合/時があります
ひとり、
時間/空間を
練り上げるtermが必要な時期、
わたしも理解できます
さらにわたしは
物事を額面どおりに受け取り
解釈してしまう時があります
「これって、どういうことかな?
こういうことなのかな?
それとも、こうかな?」
失敗を繰り返すまいと、
慎重になるほどに
たいてい
相手の言うことを、
読み間違えてしまったり、します…。
お金が関係すると、
さらにわからなくなります。
どこまでが
近づいてもいい境界線?
ここからは
侵入しては、
いけない?
異性も
わかりません
ここからは
すき
でもないのに
親しくしちゃあいけない
って
ザッシやテレビは言ってたよ?
どこから
どこまで?
…さいしょは
楽しい時間をともにしていても
おたがいのそれぞれの時のなかで
舵を取る先が変わり
段々と、
楽しくなくなることだって、
あります
この時代ならみんな多かれ少なかれあるだろうし。
いま
わたしの心のなかに
たくさんの人の顔が浮かんでいます
仲良くしたかったけど
連絡が取れなくなった人
取らなくなった人
家族、
ともだち、
好きだった人…。
わたしは
あなたと
ただ
笑っていたかった…
誰も
わるくない
誰のことも
責められない
わたしはわたしを、
責めている場合でも、ない。
あなたとすごした時間に
嘘はない。
すべての時はいまここに、
今も尚、ここに。
苦みもせつなさも怒りも
いまならば、
すべて愛だと判る。
この心臓の鼓動が愛そのものであるように。
わたしがどんな日を送っていても、
心臓はかわらず
わたしを生かしてくれているように。
ああ、
そうだ
私のこころは
これを伝えたかったんだ
あなたのこと
ほんとうに心から
いまも
想っている。
色んな理由で
いまがあるけれど
性別も歳も超えて
すべての条件を超えて
あなたのことを
いのちのかたちを
愛している
これからも
未熟さやエゴから
誰かを傷つけてしまうだろう
伝わらないこともあるだろう
みんなと仲良く、なんて
できないと
わかっていても。
わたしの諦めの声が
周りの誰かからの口を介して反響しても。
みんなから好かれるとか
そういう…
そういうことじゃなくて…!
ただ本当に
みんなのことが好きだったよ…。
この純粋な想いを
わたしはたいせつにしたい。
大切にしたいの。今こそは。
泣きたいほど
ちぎれていきそうなほど
いまそう強く思うの。
誰に何を言われても。
ひとり密かに
想うだけならば
いい
よね…?
もう、
会えないひと。
いっしょには、
居られないひと。
ありがとう…。
太陽や月
緑に花
風や雨
細胞の五感と
この星のいのちがまぐわうたびに
思いだす、
あなたとの時間
いま私たちがどうであれ
あなたへ
[あなたというすべての次元のもうひとりのわたしへ]
変わらない愛を、送り出すわ
