3 翳り。


告白されてから数日後。

授業が選択制の音楽の為、音楽室へ向かうみなみとユカ、同級生達がいた。渡り廊下を抜けた所で、先の授業で体育だったトモアキ先輩と数人の男子生徒が、音楽室と同じ棟にある体育館からぞろぞろと出てくる。

…あ、トモアキ先輩だ。
水曜日の三時間目、先輩のクラスは体育だっけ。

バスケ部のユカが、トモアキに気付いて挨拶を交わすと、他の女子がチラチラと羨望の視線を送りながらゆっくり移動する。
…告白される前から、すれ違う時にはドキドキしてばかりなのに、心臓が口から出そうな位の緊張を隠せないみなみは、慌てながらも背の高いユカの後ろからそれとなくすり抜けようとした。
しかし運悪く、渡り廊下にある防火扉の取っ手に制服の袖口を引っ掛け、みなみはバランスを崩して転んだ。
びたん!と廊下に突っ伏した音と教科書が飛んだ音、痛がるみなみの声に思わずユカも振り向いて結局見つかってしまった。動揺するみなみに、トモアキが声をかけて手を差し出す。

「門倉さん!大丈夫?」

「痛たた…は、はいっ。」

痛みによる涙目と、恥ずかしい姿を見られた羞恥心から、伸ばされた手を取るものの、上を向けないままでみなみは返事をした。

「だっ…大丈夫です。すみません先輩。」

「本当?あ、傷になってるわ…ヒデと尾木さん、悪いけど手伝ってくれる?」


ヒデと呼ばれた先輩・秀彦が教科書を拾い、ユカとトモアキでみなみを保健室に担いでいく。大した事では無い筈が、思わぬ事態になりみなみはびっくりしていた。


…5分後。

手当てをしてもらって保健室から出てきたみなみを、ユカとトモアキが廊下で待っていた。ホッとした表情でトモアキが話しかけた。

「門倉さん、ケガは平気?」

「はい…すみません先輩、些細な事で4時間目始まってしまったのに付き合わせてしまって。」

既に4時間目は開始している為、体操服のままのトモアキと、その後ろで廊下の隅に座り込みメールを打っている秀彦、気を利かせているのか、壁に掲示してある保健だよりに目を移したユカを付き合わせていた事に申し訳無く思い、みなみは何とか言葉を振り絞る。

「気にしなくていいよ。そうだ。今度の日曜バスケ部試合あるから観に来てよ。尾木さん、詳しい日程教えてあげて。それじゃ門倉さん、またね。」

笑顔でそう言うと、後ろから秀彦のケータイを取り上げてふざけ合いながらトモアキは教室へと帰っていった。
トモアキを見送りみなみに向き直ったユカは、ヘロヘロと座り込み脱力しているみなみの肩を撫でながら声をかける。

「みなみ、大丈夫?」

「…う、うん。ごめんね、緊張しちゃって。」

「確かに告白された後だし緊張するわよね。でもトモアキさんと話せて良かったじゃない。落ち着いたら授業行こうか。」

そんなみなみとユカの会話の様子を、背後から伺っている人物がいた。
二人とも気付いていなかったが、授業開始前に頭痛を起こして鎮痛剤を貰おうと保健室へ向かっていた、バスケ部の由美先輩だった。トモアキ達が戻って行った方向と別の階段を降りてきた為に、偶々ながら後ろからやり取りの一部始終を目にする事になったのだ。

「尾木さんの横のあの子が…門倉みなみ?重田君はどこが良いと思ったのかしら?」

由美は静かながら、嫉妬が沸き上がっている様子で、授業に向かうみなみとユカの背を見つめ、二人が去ったのを確認してから保健室へと歩み始めた。

昼休みに入り、みなみとユカは、美術を選択している為、教室に先に戻っていたしおりと合流して昼食を取りながら、バスケ部の試合の日時等を話していた。

「日曜日の試合は女子が10時半からで、男子が13時から。当日は私もタカユキもベンチか応援席にはいるから。」

「北部スポーツセンターなら、家から歩いてでも行けるわ。みなみ一緒に応援行きましょうか。」

「うん。」

その会話の途中で、クラスメートがユカを呼ぶ。視線の先には由美がいた。部活の事だろうと、返事をしながら席を外したユカの背中をみなみは見送る。

「お疲れ様です。どうしたんですか先輩?」

「尾木さん、今度の試合だけどやっぱりスタメンお願い出来る?条さんのフットワークでは、ちょっと試合に勝てなさそうだから。」

「…わかりました。」

「じゃ、宜しくね。」

由美が冷静に最後の言葉を発すると同時に、ユカを越えた先のみなみを睨みつけた。目を付けられたのが自分にも関わらずみなみはきょとんとしていたが、しおりがその視線を悟った。

「ユカも試合に出るのね。おめでとう。」

みなみは無邪気に喜ぶが、ユカは腑に落ちない様子で首を傾げながら言う。

「3年生が由美センパイと理恵センパイしかいないから、2年生で残りを補ってるんだよね…こないだは私に『男に現を抜かしてるような子はスタメンにはしない!』とか言って二条さんスタメンに決めた筈なのに…。」

キーン、コーン…。

言い終わると同時に、昼休み終了のチャイムが鳴る。3人はそれぞれの席に戻ったが、しおりはユカに手紙で知らせる。

『由美キャプテン、みなみの事睨んでたけど大丈夫かしら?。』

『みなみと重田先輩の事、勘づいたのかなぁ…わかった、様子見てみる。』

2人のやり取りはつゆ知らず、みなみは当日トモアキ先輩に何を話そうかと考えていた。さっきのお礼、言わなくちゃ…とか、想像してはドキドキしてばかりいて、只でさえ王朝の特徴をマニアックに語る為難しすぎる、小家先生の世界史の授業は殆ど耳に入ってこなかった。


――――――――――――
その日の放課後…。

人気の無くなった3年C組の教室では、由美と他二人が話をしていた。

「そういや由美、頭痛いの治った?部活行けそう?」

「うん、もう大丈夫。あ、そういや梨紗…2年の門倉みなみってってどんな子?去年図書委員で一緒だったよね?」

「あー…、真面目だけど地味で目立たないって印象だったわね。三年前の東中での事故に関わってるらしいって聞いて、どんなヤンキーかと思ってたから、拍子抜けしたかな。」

梨紗と呼ばれた少女が由美の問いに答えると、もう一人のクラスメートも知ってる情報を話し出す。

「あ、それ私も聞いたことある!その事故で亡くなった子とケンカしてたのが門倉さんらしくて、しかも『恋路を邪魔した挙げ句にその子を死に追いやった。』って東中出身の子が言ってた。」

「ふーん。だとしたら、余計に重田君を門倉みなみには渡せないわね。学校のアイドルが元問題児と交際なんて…彼が可哀想だわ。」
話を聞いた由美が静かに怒りを湛える。その言葉に梨紗達も同調した。

「そうね、由美が一番トモアキ君を支えていたのに、報われないなんて有り得ないし。」

「日曜日の試合では、絶対彼をあの子に近付かせやしないわ…。」

ようやく前向きになろうとしたみなみの決意を挫こうとする由美先輩の思惑が動き始めていた事を、この時はみなみは知らずにいた。
2・温かさと不安。


カラオケボックスにて、みなみ達は流行りの歌を唄いながらストレスを発散していた。
一時間程した頃、ユカの彼氏でもある男子バスケ部員・植木タカユキが沈んだ表情を浮かべながら合流した。ユカが呼んだのだろう。

「ゴメンなユカ。スタメン落ち、オレが話し掛けたのがまずかったみたいで。」

「ううん。タカユキのせいじゃないわ。キャプテンのワガママが原因だから気にしないで。」


ユカの赦しに笑顔を取り戻したタカユキが、告白された事などすっかり忘れて歌に熱中していたみなみに、無邪気に問いかけた。


「そういや門倉、重田センパイに告白されたんだって?」

「…!!」

ガタタっ!

ゴドンっ!

キーー…ン。

みなみがビックリして思わず落としたマイクがスピーカーに向いたためハウリングが耳をつんざく。しおりが素早くマイクのスイッチを切り、演奏を一時停止させ、一度静寂を作った。程なく、ユカが口火を切りみなみに詰め寄る。

「えっ?そーなの!?…ちょっとみなみ!何でそれをすぐ言わなかったの?」

「ゴメンね、ユカのスタメン落ちが私のせいだったらと思ったら言い出せなくて…。」

みなみが少し狼狽えながら返事をしたが、ユカは全く怒っていない様子だった。

「あんたねぇ、そんな事で私怒ってあんたの友達辞めたりしないから大丈夫。それよりタカユキ…それを他でバラしてないでしょうね?」

笑ってみなみをフォローしたかと思えば、親友が困るような件を軽くバラした彼氏に怒りの矛先を向けるユカをしおりがまた冷静に制する。

「ユカ、大丈夫よ。タカユキの話相手は私達か囲碁友達のユータ君しかいないから。クラスメートともバスケ部のメンバーとも、用事無きゃ自分からは喋らない奴でしょ?」

「しおり…オレ何で友達少ない設定なんだよ?まぁ、当たってるけど。門倉、ごめん。オレもトモアキ先輩から直接聞いただけで皆には話してないから。」

幼馴染み故に心を許しているのか、普段寡黙なのにしおりには強気で話し掛けるタカユキが面白いので、みなみも思わず微笑みながら『気にしないで。』の意で首を振る。

「重田センパイ、今度の試合を門倉に観に来て欲しいみたい。近いうちに直接誘われると思うよ。」

タカユキが続けて教えてくれた。しおりとユカはみなみ本人以上に感動して、みなみを励ます。

「みなみ、良かったじゃん!あんたすごーく惚れられてるよ!」

「みなみもトモアキ先輩が好きなら、正直になっても良いと思うわ。」

親友2人の笑顔につられて笑顔になるが『正直になる。』というフレーズに一瞬、みなみの瞳だけが少し曇った。


正直になって…良いのかな?私がそうした事で、トモアキ先輩に迷惑かかったりしないのかな?それでもし先輩を苦しめて、あの日の樹理みたいに突然いなくなったりしたら…嫌だよ。

気が付いたら残り5分の電話が鳴り、4人は解散する事に決めた。

「しおり、オレユカを送ってから戻るから。」

「はいはい、おばさんに伝えとくわ。みなみ、帰りましょ。」

カラオケボックスの前で二手に別れて家路に着く。
みなみと二人きりになったしおりがようやく話し始めた。

「…ねぇ、みなみ。あんたまだ樹理の事引き摺ってるでしょ?だからトモアキ先輩とつきあうの、躊躇ってるんじゃないの?」

ズバリ言い当てられる。やっぱりしおりには悟られていた。みなみはすぐ頷く。

「…やっぱりしおりには嘘つけないなぁ。そう、樹理があんな事になったのは、私のせいだから。私があの時みたいに自分のエゴを貫いて、トモアキ先輩がいなくなってしまうような事があったら怖くて…。」

涙ぐむみなみに、しおりは寄り添いながら優しく声をかける。

「大丈夫よ。樹理はあんたを恨んでなんかないから。それに…どんな事があっても私もユカも、みなみの友達でいるから。後悔しない結論を出しなさいね。」

二人の友情を見守るように夕暮れが辺りを包み始める頃、みなみの家の前に着いた。しおりに手を振り別れ、彼女の背中に呟いた。

しおり…ごめんね。いつも甘えてしまって。

ねぇ…樹理。
本当に私が正直になって、良いのかな?私の選ぶ道を見守ってくれますか?

…近いうちに、トモアキ先輩に返事をしよう。

夕陽に向かって決意をした後、みなみは玄関に向かっていった。