私は以前、歴史などを読んで「大衆」と言う物は
黒い粘液性のスライムの様な物と表現しました。
スライムと言ってもドラクエの様な生き物ではなく、
粘液性で剣などの物理攻撃が効かない極めて強力なモンスターであり、
ゲームではない一部の幻想小説では強力な怪物として描かれてます。
歴史は君主と神のみの世界観で述べられており、
どの様に大衆を治めるかが要点になっており、
それができれば生を意味し出来なければ死となります。
大衆に固定の性質は存在しなく木々や海と同じく
自然の一部として取り扱われている様に感じました。
さて近年の著名人の方々を見ていると
大衆に苦労している様ですが、
大衆に自分なりの善を求めても
本来的には無理と言うものなのです。
かと言えば大衆は悪でもなく、
山や海に善を求めても無理な様に、
それらは自然に振舞っているだけなのです。
また君主は神から、これらを治める事を
重要な事として言われているので軽視する事はできません。
神から大衆を含む全てを治められるかどうかを
試されているのです。
これを考えると現代の著名人の大衆に対する気持ちは、
いささか軽いのではないかと思う時もあるのです。
大衆は元は人なので個人個人に分割して言えば通じるのですが、
無限に集まった「大衆」状態ですと
前述した様に「黒い粘液性スライム」の様に自由自在に振るまい
変な空気を生み出すので、これをコントロールするのは至難の技です。
じゃあどうすれば良いのか?
答えはありません。
歴史上さまざまな君主がいた様に答えはないのです。
そう言った意味で今一度、大衆と言う物を相手にする場合は
勇者としての心を再度構えて取り組む必要があるのではないかと思うのです。![]()




