こんにちは。個人的に書いてみたいと思います。ビットコインは8日に200万円を突き抜けまして、一旦下落してまた200万円を上値抵抗線として、その少し下を横ばいになっている状態ですが、この状態がまた数日間続くと「1ビットコイン200万円」というイメージが定着して(一ドル100円みたいな感じで)、価格変動のない通貨としてはいいと思います。

 

ただずっとこのままではないと思いますから、また200万円を突き抜けたら、下落した時にまた200万円に戻ってくる可能性もありますね。

 

ビットコインの先物取引も始まったんで、恐らく売りから入って下落させようとしている人たちが出現してきてると思いますし、今まで利益を得た人は決済しようとしてるんですけれども、取引量はあるのに全く価格が動かないということは、やはりまだまだビットコインを買いたい人が沢山いて買っているってことでしょうね。

 

それで今、売りと買いが、ぶつかり合ってて、なかなか動かないという状態なんじゃないでしょうか。

あと何よりも、日本国内であればビットコインの税率は雑所得になりますから、儲かれば儲かるほど半分くらいは税金として持ってかれるって事ですね。

 

このまま横ばいの状態が続けば、また200万円を突破するための挑戦をするので、この横ばい状態、つまりその「上昇する為の準備期間」が長ければ長いほどテクニカル的に言えば、買われすぎのシグナルが弱くなってきて、また買われるとと思います。

 

ただ、いま少し山を作りながらも下落してるのですが、その山の頂点が、前に作った山の頂点を超えていない場合、高値を更新していないということなので、少しずつジグザグと下落して、挙句の果てに焦り出して、もしかして一気にある程度暴落するかもしれません。

 

でも税金の事もあるので、一気に利益確定の売りが殺到するわけではないと思います、後、ビットコインで儲けるほど国に税金が入るので社会貢献になるのでいいとは思いますが・・・。

 

投資はグローバルに行われているもので、日本人は投資に慣れてなくて、これまでFX等で海外のファンドにやられたり、忠実で騙されやすい日本人をターゲットにした金融詐欺グループにやられたりすることが多いので、儲けられる時は儲けた方がいいんじゃないかと思います。

 

利益が出た時には、個人投資家が「一人で儲けた」と言う見方と、日本全体からみた「日本人投資家たちが儲けた(税金は国に入り、利益が消費されれば経済循環は良くなる)」と言う見方があります。

 

あと例えば最近は、コンビニの仕事とか普通のサービス業で外国人の労働者がたくさん雇用されていますよね。ということは日本人と言うのは、これまでの第三次産業の中では労働力として競争力がを弱ってきてるってことですね。


(私は頭が悪い方ですが)頭のいい仕事ではないと外国人労働者に敵わないということです。

コミュニケーションが必須のサービス業であれば、日本語は、まともに喋れないと雇用されないというのがあるので、すべての外国人労働者の人が日本人と同じ労働者価値があるというわけではないんですけれども。

 

これらから考えられるのは、第二次産業はもちろんの事、第3次産業でも日本人が必要ないという社会になってくれば、昔、宗教弾圧で生活しにくくなったイギリス人が自由を求めてアメリカに渡った様に、これはもうフィンテックとかの第4次産業に日本人労働者は向かっていかないとならないと、運命づけられているのではないか?ということだとも感じています。以上お読みいただき誠にありがとうございました。江嶋ゆきひろ

 

画像に含まれている可能性があるもの:サングラス

 

こんにちは。よく投資が盛り上がってきますとですね「こんな実体のないものに、なぜみんなは注目しているんだ」と思って、言う人がいるのですが、


このことに関しては古今東西繰り返されていることであり、その疑問というのは、冷静に考えてみると、まさにすでに答えが出ているのであって、


我々というのは実体のあるものではなく虚構に対して投資活動をしているわけなのです。虚構に対してお金を投入するのが投資と言うものです。


こういうようなことを言うと、マイナス思考・ひねくれ・退廃的・皮肉・悪い意味で言ってるんじゃないかと思われるかもしれないですが、そうではなくて、健全的に考えて、まさに資本主義での投資活動というのは虚構に対して投資する場合が多いということですね。


自分自身独自が期待する銘柄に投資するのではなくて、自分以外の世の中の他の人が「どの銘柄に期待しているか?」を予想して、その銘柄に投資するのが投資です。これを用語で「美人投票」と言います。


だから実体っていうのは関係ないわけですね。つまりその銘柄が、どれだけ実体がどうであろうが、「人気が、どうであるか?」というのが重要になってきます。


でもこれは世の中全体を見渡してみるとほとんどがそうなんですね。世は虚構で動いています。ヒットしたビジネス本「サピエンス全史」(虚構について書かれている)じゃないんですけれども、

 

 

社会というのは、これだけ人口が多く70億人もいますと虚構で動いていまして、例えば自給自足生活とか農業とかの第一次産業であれば実体のある経済活動とも考えられるのですけれども、どんどん文明が発達して第2次産業とか第3次産業とかになってくると、実体の生産性に対する金銭的価値の付け方というのは虚構的になってくるんです。


例えばわかりやすく言うとブランド品というのは虚構ですね。信頼を長年積み重ねて積み重ねてブランドというのが成り立つとは思うんですけれども、実体的に考えれば二流のメーカーがその技術を転用して同じものを作れるわけです。でもブランド品と二流メーカーは同じものでも価格が違います。


このようにして実際の生産成果と、それに対する金銭的価値というのは全く一致しないわけです。
例えば一つの銘柄の実体を調査しようと思っても何もわからないと思うんです。株とかの場合、会社であれば内部の財務を扱っている人とかでしかわからないと思うんですね。普通の社員では自分の会社の実体はわからないと思うんです。


だから実体を知ろうとすることは投資としては意味がないんですね。むしろその銘柄が、どれだけ人気で話題になってるかというのを調査するのが意味のあることなんです。


ですので古今東西、ブームが起きると、ブームに熱狂する人、ブームに懐疑的な人が出現するわけですが、実はブームそのものが重要なのではなくて、まさに主役は人間たちであって、そのブームを見ている人たちが、どれだけ熱狂的で、どれだけ懐疑的になるのか?そのパワーバランスが、どっちの方に向かっていくのかというのを予測することが投資なわけなのです。パワーバランスが熱狂であれば上昇しますし、懐疑的であれば下落します。


つまり実体よりも、ニュースや変動要因の方が価値があるのであって、投資で利益を得るのに実体は全く関係はありません。


ですから今はわかりませんが義務教育では投資というものは教えませんので、こういった感覚っていうのはなかなか吸収しにくいと思うんですね。簡単に言えば昭和的な感じ。それをもう私たちは子供の頃から体得させられてるんで、特に日本人であれば「実体を持っているものが意味のあるもので、それに対して頑張れ!」とか教えられますから。簡単にこのテイストを表すとすれば、これは昔のドラマといえば「スクール・ウォーズ」とかですね笑。


私も子供の頃、再放送で何回もスクールウォーズ見てましたけども、 あれがある意味、熱血的(熱狂でなく熱血です)な日本人の性質を象徴しているものだとすると、そのような世界観や気質・性格であれば虚構というものは悪であって、一切認められない、ということになります。

 

 

 


実体を持った「頑張れる物」に対しては、日本人であれば熱血スポーツのスクールウォーズ的に、身体が壊れるまで頑張れますが、そもそも投資は頑張ってどうにかなるものではありません。自分の頑張り具合で、買った銘柄の価値が上がるわけでもありません。


「実体が「善」で、虚像や虚構が「悪」であるとする二元論的考え」を持ち、その発想から抜け出せないのであれば、なかなか投資で勝つのは難しいと思います。
実体ではない物こそが「芯」であるのです。


以上、お読みいただき誠にありがとうございました。江嶋ゆきひろ

「アカウントの価値」

 

こんにちは。私は、このようにしてFacebookの写真をドット絵にしていると言う(そこの部分は後付なのですが関東のカラオケ歌広場のマークに影響を受けてます笑)、一見すると「スパムアカウントじゃないか?」と思われるようなアカウントであるんですけども、(ソーシャルアプリの SNOW で加工した顔写真は乗っけてますが)

 

この現在の評価経済社会の中で、果たして私のアカウントの価値は、どれほどなのかということを考えてみたいと思います。

 

まずは毎日のようにフレンド申請が来るミドルネーム付きの名前三文字の水着外人女性の出会いサイト誘導アカウントですが( Facebook 運営側に何回か何とかなりませんか?と言う報告をしていました)、

 

前まではフレンドリクエスト削除した後に、スパム判定のボタンを押す必要があったのですが、ここ数週間ではフレンドリクエストを削除したら自動的にスパム判定のボタンが押されるようになりました。つまりこれは Facebook のシステムの方でスパム判定を多くの人にされたアカウントは、自動的にスパム判定ボタンを押さなくても判定するようになったんだと思います。

 

それで色々な方々が Facebook を使うことによって、やはり自分を目立たせたい、という気持ちは誰でも持ってると思うんですが、その時に何が必要かということを簡単に言うと、いかにして「このアカウントは逃げるんじゃないか?」っていうことを「思わせない」ってことなんですね。一番いいのは顔写真と実名公表です。これに勝るものはありません。

 

つまりそのアカウントが、自分自身で逃げた時に、自分自身何もダメージをくらわない、という状態であれば、そのアカウントは信頼度が低く危ないということです。

 

そこのところ私はホームページとアメーバブログを持っていて、それをこの Facebookに リンクしています。


そして何よりもラストゲームメーカーと言う名前でゲームを作ってるので、もし私がインターネット上から逃げた場合に、私は今まで発表してきたゲームを全て削除しなくてはならなくなります。そういった意味で、私は自分自身のやってることをインターネットで公表しているので、そのぶんインターネット上において信頼度は増します。

 

ROM(Read Only Member)。 つまりこれはインターネット上で書き込みをせずに読むだけを専門にしているユーザのことですが、そう言った方もいると思うのですが、まず、なるべく可能ならFacebook アカウントを作った時に Facebook のカバー写真に、自分が一体何者か?ということをテキストで書くと良いと思います。


Windows で標準で付いている画像エディターでもいいですし、ブラウザ上で動く無料の画像編集ソフトもあるのでそれを使えばいいだけです。

 

私もよく Facebook をやり始めた時は何も記事が書いていなく顔写真もドット絵だったので、よくフレンドから削除されていたものです。もしかして、それによって私が知りたかった有益な情報が知れなかったということもあるかもしれないので、そのことを考えると、つまり自分が良い情報を得たいのであれば、自分も良いアカウント状態でなければいけない、ということだと思いました。

 

インターネット上の姿勢が良くなければ、インターネット上で良い情報も得られないということです。以上お読みいただき誠にありがとうございました。江嶋ゆきひろ

「充電器にどんどん充電しよう」

 

こんにちは。さて私は電気カミソリと電動歯ブラシを使っているのですが、2~3日使っているとすぐに電力が落ちてきてしまいます。


そして剃ったり歯を磨いたりする時間が少しかかってしまうのです。先日までは無意識にそれを我慢していました。しかし、私は昨日の夜に充電していた電気カミソリを今朝使った時、中途半端に電力が残っている時と比べた時に早い速さで剃れて、ものすごい時間の短縮になると、いつも以上に思ったのです。

 

一般的に、充電器の電力が使い切って完全になくなる前に充電をすると、充電器が弱ってくるという話と事実がありますが、これからは、それを一切無視して、たとえ充電器が早く劣化しようも、どんどんと充電をしまくろうと思いました。

 

なぜならば電気カミソリが壊れてしまうよりも便利さと時間の方が大切だと思ったからです。


これからは物が壊れてもいいように、使い捨て感覚で、どんどん充電器に負担を与えても、時間の短縮の方を優先したいと思いました。 実際、電力がパンパンになってる時に充電しても、すぐに、例えば数日とかで壊れるというわけではないと思います。

 

一般的に言われている日常生活の常識。もったいないという気持ちを捨てて、どんどん面倒臭い事は便利にしたいと思いました。その際のコツは、物を買うときに一流のものではなく、少しレベルを落として二流以下のメーカーのものを買って捨てやすくするということです。以上お読みいただき誠にありがとうございました。江嶋ゆきひろ

こんにちは。一般的にリスクっていいますとリターンの対義語として、避けるべきことだとして取り扱われますけれども、本来のこの「リスク」っていう意味は想定内で起こる損失のことを「リスク」っていうわけですね。

それで一般的によく「リスクが怖い」っていってるのは「想定外のことが起きた時に怖い」って思うことだと思うんですけども、それはリスクじゃなくて「想定外」なんですね。

想定外のことは対応できないんですけども「リスク」というのは、あらかじめわかっている損失のことを言いますからそれは対応できるわけです。

だからその想定外のことがなるべく起こらないように想定外のことを想定内にすれば、いいんだと思います。そのためにはやはり情報と知識が必要だと思います。

ただこの想定外の出来事っていうのは、いくら情報があろうが知識があろうが起きるときは起きますよね。これは自分も考えもしなかったような部分で起きたりしますからこれを防ぐのは無理なんです。森羅万象の行方が分かる神様でないと予想つかないです。

損したな、と思った時に、よくよく調べてみたら自分だけじゃなく世間で良く起きてたことであって、単に自分だけが知らなったと言うことがよくあります。

「想定外」のことが確率的に起こらないように知識や情報を増やして「想定内」にするということも必要ですが、ほとんどのリスクは、あらかじめ本来わかっている損失のことですから、その時にどうすればいいのかっていうのは、だいたい世に対応策はあると思いますし、お金のことであれば最大のリスクはゼロになるとか、あるいはマイナスになって破産っていうことになりますよね。

だからこれは経済活動の事であれば、命まで追われることではなくて、あくまでも資産の数字だけのことなので、その「リスク」というのは予め無限ではなく有限で、わかってるわけですね。リスクコントロールという言葉があるということは、リスクはどのようにも対応することができるということですから怖くはないんですよね。(でも、こう書いてる私も怖いですが、よくよく考えてみると一番大事なのは健康だと思ってるので怖くないです。)

一般大衆の話的に「リスクが怖い」と言うのは、まず「想定外」と「リスク」が区別されてないし、ほとんどが怠情であって、昔、こちらが新しい事を教えたりすると「ああ、いいね。・・・でも、それいいよ」って言う友達とかいましたよね。ただ面倒くさいだけなんじゃないかっていう。ネットだと「今度やってみます」とか、そんな感じです。

だからまず「リスク」という言葉と「想定外」という言葉の意味を区別をして、それから自分に起こるであろう損失について考えるというのが必要だと思います。以上、お読みいただき誠にありがとうございました。江嶋ゆきひろ