こんにちは。

足の除毛する為に除毛クリームを買ったのですが近くのお店で売ってないので(売ってても発見できない?)、こう言うのはアマゾンで買った方が早いです。

 

 

 

 

 

ここ数年、当日お届け等、やたら早く届くのですが、普通の格好をした方が届けてくれます。これらはアマゾン配送業者のデリバリープロバイダさんですかね。ネット調査すると結構酷い事が書かれています。

 

昔は通販で当日・翌日に届くとかありませんでしたので、アマゾンと配送業者の関係など多くの記事がありますが、大手配送以外を使うのは無駄が無くて今の時代にはいいかもしれません。

 

以下は極端な話しで、こう言う事を考える方は少ないと思いますが、例えば、私であれば、人生の優先事項や優先注目点が何処にあるのか?と言う点で考えると、

 

毎回起こるのでなければ、下記記事の様な、こう言う事でさえもいちいちクレームしません。このレベルでも「事件」(大袈裟な言い方ですが)と言う話でもないです。後で大手配送で対応してくれたのですから良いではないですか。クレームする時間で他に何かできるのは?

・「アマゾンプライム会費値上げに「デリバリープロバイダやめてくれるなら年8000円くらいまでなら払う」懇願続々」

https://news.nifty.com/article/economy/business/12117-10950/

 

アマゾンと言うのは店頭の維持や商品陳列にかかる全てのコストがなく、その代わり巨大な倉庫で商品を一括管理するから安いのであり、個人的イメージ的には画像品や音楽品の様にデジタル化できない物を消費者に届けれくれるので、それと同じ様に、配送の部分に至っては機械的である状態でも可笑しくはないのです。肉体的にも優れている若者の汗の上にも成り立ってる部分もあります。

 

例えばの非現実的な話ですが、世の中にたった一人の泥棒がいるだけで、全ての家に鍵をつけるコストが全世帯にかかります。よって私はモンスタークレーマが一人でもいなければ、商品の値段は下げられると思うのです。

 

そう言う発想があれば、文化と民族性の違いでコンビニ外国人店員さんにも違和感を感じなくなります。こちらは重要度の低い安い物を買おうと、寄った秋葉原の大手家電にいったら、やたら接客が良すぎて困ってしまったのです。

 

なぜかと言うと、こうやってもの凄い「良い店員」を演じている裏には必ずストレスがあり、いわゆる裏では典型的なネット民みたいになってるのではと推測してしまうからです。例えば工場登場で文明が発展しても川に汚染物が流れている様な状態であり、メリット・デメリット相殺で、プラスマイナスゼロです。こう言う所に勤めたら無理ですが、こちらはただ「物が欲しい客」です、もっと接客に手を抜いてもよいのです。もちろん、何も私の心が寛大だと自慢している訳でもございません。

 

こう言う日本の過剰な「相互精神ケア社会」が、実はケアされた方ではなくケアしている方が逆に自殺とか頭おかしくなってしまうと言う状況が少なくないのです。これからは自分の精神そのものも自己責任化の必要があるでしょう。

 

集団行動の良し悪しが直接餓死に繋がった太古の「マンモス狩り」ではあるまいし、寄り添いあって、どうのこうのと言う時代でないのです。2019年・令和!自分一人で何でもできる!甘えない令和!

 

本当の日本人精神・大和魂あるのなら老いて体が動かなくなったり、脳内物質が少なくなり鬱になっても、特攻精神を持って、下の世代に甘えて頂きたくはないのです。笑

 

私は40半ばで腰や耳が不調ですが、こう言う事によって30代までの人たちにあれこれ言いたくはなく、だから50代以上の人たちも私達40代以下に甘えて頂きたくはないのですっ!!!

 

さて話は脱線いたしましたが戻り、届けばいいのですから。デジタル商品を買った時、どのサーバーを通じて、どの電話回線を通じて私の家まで届きました、なんて考えませんから。それがコスト安に繋がってる訳です。

 

日本は諸外国に比べ、これまで顧客に対するアフターケアと精神ケアにコストがかかる産業構造になっていて、それは日本人の民族性にも起因した物であり、その分を商品価格に上乗せされていたのだから、安いのであれば仕方がなく、これらのケアの必要性の少ない商品であればケアは必要ないのです。それを求めるなら完全富裕層向けのサービスを受けるしかないのです。

 

こう言う所も今後、人手不足で外国人労働者を認めていく点で考慮ポイントにもなっていくと思います。とかく「○○で、あるべき」と言うのは、とにかく自分視点・物理法則無視の感情論で、コスト・経費がかかるので注意しましょう。と思わざるを得ません。

 

お読み頂きありがとうございました。

江嶋ゆきひろ

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ついにユリカモメが旅立ったのでしょうか?

 

いつもの場所にユリカモメが探してもいませんでした。

いつもの都市型野鳥のハト、カラス、スズメ、カモ類しかいません。

 

いなくても空を見ると一~二羽ほど飛んでいるので、いるなと分かるのですが、

日曜日まではいたのですが、

既に完全に頭部が黒くなる夏羽に変わってるのもいたので、

ついに海を越え北国に帰るのでしょうか?

 

その海の越える時の生態は謎めいてもいますが

距離は軽く千キロ以上。

場所はシベリアとかカムチャッカ半島とも言われています。

 

下の映像では4月頃なので、もし大群で飛ぶのであれば、

これが行く前の集まりの映像かもしれません。

 

 

アオサギやコサギもいなく、(これらは一年中いるといいますが)

昨日が東京カミナリが鳴ってましたが、どこかに隠れてるとも思えません。

 

従い江嶋ゆきひろは本日を「ユリカモメが翔んだ日」に選定致します!

昨年の11月から今週の日曜まで数ヶ月、

ずいぶんユリカモメの生態に接近する事ができました。

自称ネコ・マスター(最近野良猫に注目してませんが)に加え

ユリカモメ・マスターの称号を心の中に入手しました。

 

また今年寒くなったら、この場所を覚えていてやってくるでしょうか?

 

その時、私はどうなっているのか?そして彼らは私の事を覚えているのでしょうか?

 

 

良い歌なので一度聞いてみてください。

 

 

お読み頂きありがとうございました。

江嶋ゆきひろ

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夜のサンダードルフィン、ウォーターシンフォニー、スーパーバイキング・ソラブネ他(東京ドームシティアトラクションズ)

 

先日の東京ドームシティアトラクションズの続きです。先日行った時の映像です。

 

映像をご覧頂けると分かります様に、園内は、時おりサンダードルフィンが起こす、単に貨車がレール上を走っているとは思えない「台風の暴風時の様な音」と悲鳴で(映像4分ごろ)、まさに戦争の様な状態です(笑)

 

かつて2012年頃には最終目標の一つとして、このサンダードルフィンに乗る事でしたが、その為に練習として日本で一番遅い「荒川遊園のファミリーコースター」、そして「浅草花やしきのコースター」と乗った訳ですが、それからゲーム制作を開始し腰痛などを経て、2019年今では、先日アトラクションを乗らない前提で、ここに来てしまいました。

 

今や絶叫マシン克服に対しての心がゼロになってしまったのです。本当であれば、「来た時に乗る」のが普通です。本来通常の人間であればいつでも乗れるのです。

 

 

しかし私は先日もブログで書いた様に100万円もらってもジェットコースターに乗れないのです。これだけはビジネス的な「とにかく、やってみる」はできないのです。やってみれば心臓が止まってしまうかもしれません(笑)

 

また自身のスマホ機の動画の限界を感じてきました。編集で明るくしてみました。今またジェットコースター搭乗への道は0.1ミリくらいから始まりますので宜しくお願いします。

 

お読み頂きありがとうございました。

江嶋ゆきひろ

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先日3月にかつて2003年発行で2000年代後半頃に読んだ事のある「バカの壁」を再度読みました。

まだ途中までしか読んでないのですが、そう言えばこんな事が書いてあったなと思い出しました。また養老孟司さん著作はいくつか読んでます。

 

そして昨日は初めてAudibleと言う音声書籍のアプリを使ったのですが結構便利です。そこで聞いているのは、これもまた「頭に来てもアホとは戦うな! 」と言う本です。

 

 

 

 

 

そこで何となく、ふとアマゾンランキングを見たら「バカの壁」が今現在1位になってます。

古い本なので何かの間違いだと思いましたが、たぶん間違いなく、近年はバカ分析ブームになってるのしょうか?

 

実は私は前、ブログ復活記事として「バカな人をバカにする人もバカ」という記事を書こうとも思ったのですが、でも私自身、文字として「バカ」とか「アホ」とか書きたくはないので止めましたが、(今回はブログ記事タイトルとして書いてますが)ある意味、この様な系統の本を何時までも読んでいる場合には、低い精神世界&環境からの卒業ができてないのではと思っています。

 

例えバカな人をバカだと分析して自己で納得しても、そう感じる人、そう思える人が自分の生きる世界の、その目前にいると言うことは、自分の居る悪環境から卒業できてないと言う事です。

 

なぜこうなるのかと言うと、この世の多くの人々は、言わば国家を運営する為の生産ライン(これは工場という意味ではないです。)にいる人々なので、支配者が管理コストを抑える為に、相互監視システムにして、生産ラインの人は、やがてその様な性格になってしまうからです。

 

ゆえに意思決定する人数が少なくて世の中が回るのです。仮に70億人全てが優秀であっても、70億人が優秀なりにバラバラに道を決定しようとするので、時間がかかります。それゆえ、さらにこれらの頭脳を超える超優秀な人が少数必要になってきます。ゆえに普遍的に世界にバカは必要なのです。

 

支配者がクーデター的な事を起こされない為には、まとまって共闘させない様に、常に下の者達同士で争わせないとならず、ゆえに嫉妬心・懐疑心を芽生えさせ、そしてまたそれら嫉妬・懐疑を解消した時の快楽も与えます。これを繰り返す事で支配者の席は永続的に守られるのです。

 

もう既に、生まれた赤子が義務教育を受けた事で、だんだんその様な性格になってくるので、もう手遅れな訳ですが、この仕組みを知った少数は利口な道に進んでいるかと思われます。

 

よって「バカ本ブーム」は、私は大衆の一時の気休めを与えるだけで、根本的には一般的には宗教的とも思える「自分の内側を見つめる意識」が無ければ何も解決しません。つまり、得られる物と言うのは目で見える訳でなく、精神で見える訳です。

 

 

ではなぜ私はこれらの本を読もうと思ったのかは、試しに音声本を聞きたかったのと言うと、面白半分、ギャグ感覚、そして一番はゲームを作る時にドラエモンで言う所のジャイアンの様な「バカ的なキャラ」を創造し登場させないといけないので、それらなどの為です。バカが登場しないゲームストーリーは刺激が無くつまらないからなのです。

 

ただ「バカの壁」の方だけは、読んでない方は、興味があれば読んだ方が良いかもしれません。たぶん面白くなかったと言う事はないと思います。

 

お読み頂きありがとうございました。

江嶋ゆきひろ

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あくまでも私個人的な全体的なイメージで語りますが、印象的には山一證券が潰れた90年代後半あたりから、どんどん日本には外資や海外の力そのものが流れて強大になってきました。

その頃、今で言うところの「人工知能が、人工知能が」みたいな感じで「外資が、外資が」と言うことで、日本人は映画「シンゴジラ」の時のように騒ぎ慌てふためきましたが、

 

そもそもこの世というものが、地球上に生きてる人間が日本人だけではないということを考えたら
「グローバル化の波が押し寄せる」と表現するよりも「グローバル化の海の中に入っていかなければ仕方がない」と表現した方が適切であり、それは当然の流れなのです。 

そんな中で判明してきたこのゴーン事件の中身。多くの人の心の中にゴ~ンッ!と大きな鐘の音でも鳴ったかの様な衝撃でございますが、そんなオヤジギャグを言ってる場合ではございません。

 

そもそも日産は当時、数字的な法則、物理法則のまま、そのまま倒産する流れだったのかもしれませんが、会社を残すためには簡単に言うと人件費を減らせばいいことです。

ただ旧来の日本人的な感覚で言えば大規模なリストラは人間味がないとして、できません。そこで日本人の社長時には、そんなことはできないので、日本人達は外国人の社長を持ってきて「これからはリストラが当たり前なんだ」という半ば流行的な雰囲気にして、どんどんリストラをして日産の業績は V 字回復したのです。日本人の社長であればこれは無理だったでしょう、

本来、人間の「私生活」と「仕事」というのは別々に考えなければいけないのですが、日本人は仕事に自分のプライベートや生活、または家族的なものまで持ち込んでしまうので、(例えば、家でできることを会社に持ち込んでやろうとか、そんな感じで、会社が自分の家の一部になってしまっている。だからと言って日本の土地が狭くとも、カフェで仕事するのも、この思想の延長線上にある)

「仕事すればする程、凄くてカッコイイ」みたいになって、外国の仕事のやり方からしたら相当、生産性に無駄がこれまであったと思います。

 

しかし幸いにも高度成長期だった為、その無駄から起こる損を超える利益があったから赤字にならなかったのです。 自分より偉い人と酒を飲んでるだけでも仕事が貰えた時代ですから、酒飲みながら仕事してた様な物です。田中角栄さんも酒飲みでしたから、日本全体の行く先も半ば、酒飲みみながら国家運営してた様な物です(笑)

それを数字法則・物理法則のまま、本来の姿に戻した一人もまた、ゴーン氏だったのかもしれないません。しかし彼が日産を見た時は、もうすでに何をやってもダメだったのは分かっていたのかもしれません。

 

 

 

 

もはや当時でも、通常に知れ渡る一級レベルの外国経営的な手法でメスを入れても無駄だった為、本当の意味での「諸刃の剣」の様な手法しか思いつかなかったのかもしれません。しかしそれをやると自分も傷付く。だから自分も傷付く代わりに、旨みをよこせと言う事でこうなってしまったのかもしれません。いずれこうなる事は自身も無意識的にもわかっていた・・・のかもしれません。


外国人というのは日本人と違って目をきちっと開いて、じっと見つめるように物をしゃべります。例えばロシアの高官が話している時に、目をつぶっていたから、お返しに日本人がしゃべってる時に、こっちも目を閉じてやろうと思って話を聞いていたら日本人は「良く、話を聞いてくれた」と喜んだそうで、それほど日本民族と他民族の表情的・挙動的な文化の差異は大きいものなのです。

 

ゴーン氏には他の役員が何も言えなかったと言うことですから。今回の事件発覚の背景には、根本にはそう言った日本人の性質と、人種間の性質の違いがネックになってると思うのです。中東の人というのはコーカソイドに近い人種であり、日本人は時にはトルコ人もアメリカ人も区別がつかなかったりします。

だから日本人は同じ東アジア人(これらの人も本来外国人ですが、通常「外人」とは言いませんね)に対しては何も思わないのですが、彫りの深く鼻の高い人たちに対しては何でも「外人」だとして
西洋人コンプレックスと同様な物を感じてしまい、訳がわからないので持ち上げるだけで済ましてしまうのです。

当時、日本全体からみて、なんだかんだ何も考えずに倒産しそうになったところ、適当に外国の人を代表にして、それまでの自分たちの仕事のできなさを棚に上げておいて「外国人万歳」みたいな感じで、盛り上げておいて、(それは何かハリウッド俳優が日本にやって来ると日本の主婦達が大騒ぎするかのように)その代表者の独裁が度が過ぎてしまってそれを止めることができなかったのが、今回の事件に至った理由なのではないかと思うのです。

 

 


今回の事件を避けるためには、すでに倒産するべき時に倒産するしかなかったのです。外国流のやり方で何とか持ち越したのですから、外国人経営者によっては、かなりグレーな部分で戦略をとる人もいるでしょう。Facebook社なんかも極端に税金を払わなかったりしましたが、こういうのは旧来の日本人の社長ではできません。

グローバル展開で色々な大胆戦略をとられたら、日本人には、まるでインターネットで英語のページを見るかのように訳が分からなくなってしまうのです。凄腕の才能が日本に来たら一気に乗っ取られてしまうのではと思ってましたが今回、間一髪のところで止めることができました。

ただ大胆な行動ができない日本人のままであれば、これからも物理法則的にも、成るべくして日本の船は傾いてゆくのは当然の流れなのです。今回の事件に関しては日本がこれまで、村社会の中で、いかに何も考えてこなかったかというの思い返すべきなのです。

お読み頂き誠にありがとうございました。
江嶋ゆきひろ

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