「江嶋コラム」コロナ前ではこの状況が全く予想できるどころか、思いもしなかったのであり、この様にして世の中は変わって行きます。

 

そんな動きの中、どの様な恩恵を受け取れるのかは、これまでに放ってきた言葉や気持ちにあると思います。

 

コロナ禍と言うのは軽く見れば雨の様な物でもあり、注意していれば、影響の良し悪しは個人個人・業界業界で違います。

雨が振れば嫌だと言う人もいますし、農作物を扱っていれば、ここぞと言う時に雨が降れば大喜びでしょう。

 

これは、例え戦争が勃発してもです。

 

今「コロナで悲惨だ」「コロナで逆に上手く行った」等と言った、いろいろな思念波が空間に飛んでいる中、これから、その人の心の中で作っていた「ラジオ」によって現実が具現化するのです。

 

「そんな呑気な事を良く言えるな。忙しいのに」と思えば、そのお望みの通り、忙しくなるでしょうし、「コロナで嬉しい」と顰蹙を買う様な思いでいれば、本当にそう思っている少数派から「この人間は実は俺と同じ気持ちだから、本当の事を話しても大丈夫そうだ。」と思われ、美味しい話が頂けるかもしれません。

 

さて、本来この宇宙には何も無いのです。

 

自身が生まれたばかりの赤子の頃を、何も覚えていないのは、何も考える事がなかったので、世界が無かったのです。脳に無いのですから世界が無かったのです。

何かを考えた時に、この世界(空間と時間)は創造されて意味を持ち、記憶に残って行くのです。

 

そして現代ネットにおける多くの人々は、灰色を考えるがゆえ灰色の宇宙を生きている様に思われるのです。灰色の宇宙を生きているからこそ、色鮮やかな他人の宇宙を傍観している。だけど素直になれない。

 

まずは、その灰色を何かしらの色の染めようと言う気持ちで一歩踏み出す事が必要です。

以上「江嶋コラム」

 

欧米の人達のライフスタイルが、日本人の私の価値感からすると到底理解できない時があるのですが、例えばマイケルジャクソンも多くスキャンダルがあり常人では考えられない生活観でした。お金ある無しに関わらずマイケルもホームレスであっても、いろいろ変わった事をやっていたでしょう。

 

さて芸能関係では特に奇抜な事が注目を受けるのですが、最近は欧米の起業家もそんな感じになっています。またそう言う人たちの判断が正しかったと言う結果が生まれてきています。

これを考えると例えばですが、言葉にする所の典型的な「真・善・美」などを正しい価値基準に置く日本人には、ますます世が理解できなくなってきます。相手方が日本民であれば、ある程度その自粛警察の様な監視と強制は効果あり、かもしれませんが、もう言葉が異なれば日本民の声など空気に消えて行くだけです。

 

日本のサラリーマン・労働者に必要とされる真・善・美とは一体なんだったのか?これが自分を本当に豊かにするものだったのか?宇宙における、精神を持つ存在としてその根源的な意味は?もしかしたら単に校則の様な物だったのでは?と疑問が沸いてきます。なぜ真・善・美を基準にする民族が国際連盟を脱退し敗戦、勝利の女神から罰を受けたのか?

 

世の中は、こうだから、こうだ。と言う「お天道様が見てる」的な簡単な法則で出来てない事が分かります。お天道様は太陽であり、あれは核融合で燃えて光を放っている恒星であります。

今の世界が完成形までの一状態だとすると、中世の大航海時代から植民を始める時に「これダメでしょう」等と言っていたら、上手く民族間が統合せずにグローバル社会に成る事はなかったでしょう。

 

日本のサラリーマン・労働者は、その職務がいくら複雑であっても、もうじき来るAI時代の視点から見ると、単に工場のラインと同様なので、これまでその「労働機」が暴走しない様に労働利用者から真・善・美を求められていただけの可能性があります。求めるだけなら、また賞などを与えて士気を高めるだけであれば、相手は人なので電気や石油はいりません。そして今なぜ、真・善・美な人が苦しむのでしょうか。国家は放置しています。

 

税等で汲み上げた富が、間違った方向性で使われているのではないか?普通にネットで米中日間のGDPグラフを見ればヤバイ事は直感で理解でき、なぜ日本人は北からのミサイルを恐れ、この米中日間のGDP差に恐怖しないのか?この新価値吸収の遅れに対し「これはやばいから明日から!」と思わずに、今日もいつも通りの眉間にしわを寄せてでのコロナ報道での一体感と、そう言う所に人生のリソースを100%注いで従う日本民なのです。お読みいただき有難うございました。

 

 

- 関連記事 -

【世界初発見】人の不幸を喜ぶ才能に長けた日本人。その理由。

 

私は2019年春に中学以来30年ぶりに水泳を初心者で始めた者です。これまで142回プールに行きました。

 

先日、荒川で人を助けようとして事故があった様で、再度考えたのですが突然水に入ってしまった場合「浮いて待て」と言うのがあります。

 

私はこれに疑問を感じるので、大事な事なので書きたいのですが、着衣で入水した事ないのでわかりませんが、水面で仰向け大の字で、安定して浮く事ができるでしょうか。この場合、空気を吸って入れないと、すぐに沈みます。

 

まず水面が波で揺れる中、恐怖で安定して大の字にできなく、大抵は腰を曲げて沈めてしまうのでは?

 

あと良く「浮いて待て」の練習でペットボトルを胸に抱えているのがあります。これがかなり疑問で・・・と言うか、いきなり水中に落下してしまった時、そこら辺にペットボトルはありますか?と思うのです。運によりますね。

 

夜間で入水したらまず生存できません。

 

平泳ぎでも突然の焦りと体力消耗で溺れるのではないかと。つまり必要なのは水面で安定してヘリコプターのホバリングの様に待機できる事で、しかし立ち泳ぎでは体力消耗も激しいです。

 

私が思うのは一般的なこの「浮いて待ての」練習法では生存確率は高くありません。私が思うにこの時、必要なのは浮いて待ての状態で、さらにスカーリングで浮力をサポートする方法です。これなら少し沈んでもナナメになってもバランスが取れます。

 

基本的に人工で作られた波無しのプールでの練習で、自然環境で通用するのかどうかも議論せねばなりません。

 

お読み頂きありがとうございました。

Spotifyや環境問題少女でおなじみのスウェーデン人が英語が得意なのは小さな頃から自国のコンテンツが少なく英語のコンテンツを楽しんでいたからです。

自国の弱さがグローバル社会では強みに変わる現象です。

逆に日本はグローバル規模で市場をシェアするまではないですが1億人いるのでそれなりにやっていけるのでガラパゴス状態になる傾向があります。

つまり英語がないと生きていけない状態にならないと英語はうまくならないということが一つ分かりますね。ニコニコ

「江嶋の大予言」

いち早く自分を向上させる内容が入手できる今のデーター社会において、自分からわざわざ害虫の詳細情報を調べに行く必要がありますでしょうか?


人はなぜ自分の人生とは関係ないスキャンダルに興味するのか?天然痘の様に人類の知によって消えゆく有害物もありますが、ほとんどの害虫やウイルスは自然と共存関係にある為、消え去る事はありません。悪は善と共存関係にあります。

また「人間動物園」と言われるネットサイトにも注意で、触れる事があるならば、あなたは「動物人間が好き」と言う事になります。

残念ながら人は動物から進化したので、過去の自分の姿(動物)を懐かしく思います。しかし毎回起きているニュースのほとんどは何百年前から同じパターンの出来事であり、既に古代では聖書などでも描かれているものです。

昨今のコロナ過による新時代への突入は、これら何千年にも繰り返された人間の行動パターンの終息を目指す物だと思われます。まずは人々の行動から強制的に変えて意識を定着させる計画なのでしょう。

私はSFで描かれる「大統領がAI」と言うのは有り得ると思います。歴史的な尺度で見れば緩やかな速度で、一日単位では決して気がつきませんが、このAI社会化から逃れる事はできません。

やがて近い将来、動物人間達が繰り広げる人間動物園は無くなります。

高度な社会においてその「用途」が無くなった人間は、とんでもない雑務で一生苦しむ事になるでしょう。あるいは未来の戦争に駆り出される様な事になります。つまり必要とされなくなれば、「命」や「身体」そのもので対価を提供するしか生きる道はなくなってしまうのです。

そうならない様に、私たちはデーター社会に身を置いている事を意識し、情報選択の重要性を実感しなければならないのかもしれません。以上「江嶋の大予言」