「これからどうなる?」はもういい。今、この瞬間だけを生きる

人間は不思議な生き物だ。

目の前に何も起きていないのに、不安になることができる。

なぜなら人間は未来を想像できるからだ。

 

散歩に行こうと思っただけなのに、家を出て、あの道を歩いて、信号を渡って、帰ってくるまでの風景を頭の中で再生してしまう。すると実際にはまだ一歩も歩いていないのに、どこか疲れてしまう。

 

私は最近、そんなことをよく考える。

だから結論としては、とても単純な考え方に行き着いた。

「今、この瞬間だけを生きる」

ということだ。

 

散歩に行くことを考えない。

まず立ち上がる。

立ち上がったら靴を履く。

 

靴を履いたら玄関に行く。

玄関に行ったらドアを開ける。

 

その先は、その時に考えればいい。

未来を全部見ようとするから疲れるのだ。

人間は動物と違い、未来を想像できる。

 

文明を作ったのもその能力だろう。

しかし、その能力には大きな欠点もある。

まだ起きていないことを、あたかも現実のように感じてしまうことだ。

 

未来の失敗。

未来の病気。

未来の経済。

 

未来の災害。

未来の老後。

未来の死。

 

これらは実際にはまだ起きていない。

しかし脳は時として、それを現実と同じように処理してしまう。

現代社会は特にその傾向が強い。

 

YouTubeを開けば、

「これからどうなる?」

「日本はどうなる?」

「AIはどうなる?」

「経済はどうなる?」

そんな話ばかりだ。

 

もちろん未来を考えることは必要だ。

明日の予定を立てることもある。

仕事の計画も必要だ。

 

しかし、未来予測ばかりを見続けると、いつの間にか人生そのものが予測ゲームになってしまう。

しかも未来予測の多くは外れる。

 

歴史を振り返れば、人類は何度も未来を予測してきた。

そして何度も間違えてきた。

それでも人は未来を知りたがる。

未来が不確実だからだ。

 

だが、よく考えてみれば確実なこともある。

それは「いつか死ぬ」ということだ。

誰もそこからは逃れられない。

 

だからこそ逆説的だが、未来にばかり意識を向ける意味はあまりないのかもしれない。

 

未来はまだ存在していない。

過去はもう存在していない。

存在しているのは今だけだ。

 

今飲んでいるコーヒー。

今吹いている風。

今見ている空。

 

今聞こえる音。

今歩く一歩。

 

人生とは結局、未来を生きることではなく、この瞬間の積み重ねなのだと思う。

だから私はもう、「これからどうなる?」を追いかけるのを少しやめようと思う。

 

未来は未来になった時にやって来る。

その時になったら考えればいい。

今はただ、この瞬間を生きる。

 

そして次の一歩だけを見る。

それで十分なのだ!