連続企業爆破事件で1975年に指名手配されていた桐島聡容疑者(当時21歳)。

 

彼の写真は、当時の長髪、眼鏡をかけた若い学生姿でした。それから50年──まるで別人です。その差こそが、警察にとっての“無理ゲー”の核心でした。予防


1. 経年による容貌の変化


桐島の指名手配写真は1970年代の「笑顔の学生」そのもの。白黒写真は色気もなく、皺もシミもない平均的な顔立ちに見えます。

 

だが、実際には70代となり、長い潜伏生活で顔つきは大きく変化していました。警察が頼れるのは「半世紀前の顔」だけ──これでは見つけようがありません。

一部ニュースも、写真の顔が「ずっと貼り出されてきたが、追跡には無力だった」と報じています。


2. “思い込み”を生む写真のイメージ力


指名手配写真はイメージを固定します。「こんな顔だったはず」と、無意識に刷り込まれ、現物と認識できない事態を招きます。

ある報道も「写真の若い笑顔は、実際には構築された“昭和の学生像”で、今の本人とは全く異なる」と分析しています。


3. 写真更新の遅れ=情報の陳腐化


桐島ケースでは、警察が写真を更新することはできませんでした。「指名手配から50年」間、捜査資料はほぼ更新されず、最終的に本人が病院で名乗らない限り発見できなかったのです。

一部、病院で容疑者が自ら名乗らなければ捕まえられなかったと報じています。


4. “平凡で溶け込む”生活との落差


桐島は「内田洋」として現金生活・偽名・身分証ナシで働き続けたと言われます。まるで普通の労働者。あの写真の学生が、こんなおじさんになって地元に馴染んでいるという落差──そこに捜査の“死角”が生まれました。


5. 指名手配写真の限界と必要性の矛盾


昭和から令和に移り変わる間、顔は歳を取り、体型も変わる。警察の高度な捜査網も、根幹となる「顔照合」に頼らざるを得ませんでした。

手をこまねいていたわけではない──しかし、写真と本人の乖離、古い情報のまま更新がなければ、指名手配写真は道具としても“死んでいる”状態だったのです。

 

教訓:「写真・情報の更新なくして追跡なし」


桐島聡容疑者追跡の“無理ゲー”は、単なる追跡ミスではなく、制度そのものの限界を示しました。指名手配写真を使うなら、定期的な更新やAI顔認識の統合といった工夫が不可欠です。

写真は“断片”にすぎず、それをどう育てて更新するか。追跡の鍵は、過去の情報に縛られず、変化を許容するシステムを作れるかどうか──そこにあるのではないでしょうか!!真顔