
発信元が分かりにくい自己顕示欲解消は意味がありません。
こんにちは、LGMゆきひろです。
今回人間の自己顕示欲について考えたいと思います。
私は前に通販サイト・アマゾンで、長めの文の数十個のレビューを書いていて、
それを全部消し撤収したのは、過去に何回か当ブログでお伝えしています。
アマゾン(あるいは各種通販サイト)と言うのは商品レビューサイトであって、
そこでは一種の電子化された社会(コミュニティー)が作られています。
「社会」でありますから、そこに住む人達の善悪をはじめとする価値観が、
それぞれ表現されて現実の社会と同じく構成されています。
このネット上で、一行でも長文でも文章がアップされると言うのは
個々の自己顕示欲によってされているものです。自己顕示欲は食欲と同じ様に
人間にとっては強い欲であります。
そしてそれは社会性を持つ人間と言う物ならば、
ほとんどの人が強く持っている欲でありまして、
簡単に言えば、その商品に高い評価をしたレビューなら、
その人は商品を買った喜びを自己顕示したいのであって、
その商品に低い評価をしたレビューなら、
その人は商品を買った不満と、他の購入者を質の悪い商品購入から
守りたいと言う正義を持っています。その正義感をを自己顕示したいので
あります。
しかしアマゾンレビューや他、不特定多数が利用する各種掲示板類は、
自己顕示しようとすればする程、そのサイトの運営者が儲かる仕組みになっています。
もしあなたが実店舗、例えば飲食店や小売店を始めたのならば、
死ぬ気でも「人」が欲しいと思うはすです。人と言うのは商売に欠かせません。
人が途絶えた時点で店をたたむと言うことになってしまうでしょう。
その様にしてインターネットでも人が重要になってきます。
私はそれに気がついたのです。
確かにアマゾンレビュアーの質の良いレビュアーが数千人選ばれて、
レビューを書く代わりに無料で物がもらえるメンバーに選定されれば
ラッキーでしょう。
それでも自己時間を割いてでも、サイトを盛り上げるのは時間の無駄となります。
私がこの様にブログを書いていたりゲームを制作して配信していると言うのも
自己顕示欲によって行われいるものです。
そしてそれはインターネット上で、いかなる物や記事に対して心に衝動が起こったと
しても、一行も文章を書くことは無いかわりに、このブログがあるのです。
何かの物や記事に対して、一行でも文を投稿してしまえば、
その投稿に対しての投稿も続き、社会が形成されてしまいます。
これは人を欲しがっているサイト運営者からしたら、してやったりです。
しかしほとんどの配信元不明や、配信者が良くわからない投稿文と言うのは、
一般大衆がテレビを見て「ぼやいた」のと同じであり、
全く本人にとっては役に立っていないのです。
役に立つためには積極的に印象的な文を各々の掲示板などに投稿して、
そしてそれを見た人を自分の金銭的利益になる為に誘導してやらなければなりません。
ですから、そうでない場合は金銭的利益にならなくても、
「自己顕示欲を満たした」というのが、それが運営サイトから与えられた利益であるのです。
運営サイトは世の皆様の自己顕示欲を満たしてあげた変わりにサイトのアクセスを集め、
そして広告費などで、金銭的実利益を得ています。
これは世の皆様、「人」と言う物の時間を徴収して成りなっているビジネスなのです。
市民デモをすると言うのは、半分は自らの意見を社会に実際に通すための活動とも言えますが、
半分は同じ意志を持った人々との連帯感を感じて感動すると言う利益があると思います。
反原発デモの時に、実際にはデモに行かずに、そのネット中継を見ながら、
近所のママさん達が子供達と共に家で夕食をとっていると言う物もあります。
これも、自らの意見を社会に通すための労力は使いたくないけれど
同じ意志を持つ人と連帯感を感じたいと言う意志から行われています。
ですから自己顕示欲と言うのは利口になればなる程、強くなります。
昆虫カブトムシなども、生命存続の為に自己顕示欲を持っていると思われます。
(クワガタに遭遇した時に角を持ち上げて強そうにみせるとか)
そして昆虫よりも脳の優れた猿類、特にチンパンジーは、人間に通じる様な
複雑な意志から発生する自己顕示欲行動を見せると言います。
そしてカブトムシはもちろん、チンパンジーよりも脳が発達し社会性が強い
人間の自己顕示欲は半端な物ではありません。
それゆえにインターネットは成り立つのです。
そして正直、ネットと言うのは顔が見えませんし、多くの人工知能が活躍しているので、
アップされた文章と言うのは人間でなく人工知能が書いている可能性も少なからずあります。
人工知能であると言う事がわからず、何らかの思いが起きてしまうと言うのは、
これは人間としては考え物です。しかし人間よりも機械の方が一部優秀ですから
これはありえる話です。
だから私がアメブロをやると言うのは、使いやすさや知名度など、
それを考えた上でアメブロを(一人分だけ)盛り上げても良いかわりに
ブログで「自己顕示させて頂いている物」として考えています。
そして配信元がはっきりしていると言う事で、将来的な人脈や金脈つくりに
発展する可能性もあります。
しかしネットに無数に存在する数行の文章は、ほとんど配信元が分からず、
例え自己顕示して「凄い」と思われた物の、いざと言う時に何も役に立ちません。
それは単なるストレス解消であって、それだけでは現状は何も変わりませんし、
自己顕示した場を与えた対価として運営サイトの運営の為の広告費徴収の
お手伝いをしているに、他ならないのです。
と言う訳で、あなたも。もし自分に世間などに対し、思うところがあるのならば、
自分が自己顕示する為のプラットフォーム・基地を作る事をおすすめします。
基地を作らないと、それは運営サイトが「あなたの時間(数秒でも)」を徴収して
金銭的な利益(広告収入)に変えてしまうのです。
あなたが自分は金銭的利益にならない人物だと思っててもそうではありません。
身体を持っていれば、「体が資本」の肉体労働や他アルバイトで利益に変える事ができます。
時間が唯一の金銭的利益の発生源なのです。
ですから、その時間を知らず知らずに運営サイトに広告料として変えられてしまっていると
言う現実に気がつくべきなのです。
あなたが運営サイトからに与えられたのは「自己顕示欲を満たした」と言う事だけなのです。
そして、しかもほとんど意味の無い自己顕示。
その対価として「あなたの時間」は徴収され、そして広告費へと変えられます。
ですから私はアマゾンで出品をして、少し儲ける時もありますが、
アマゾンで購入した後に商品の対してのレビューを書くための時間は一秒も使いません。
アマゾン側から「こないだ買った商品はどうですか?」と言う自動メールも来ますが。
(つまり書かない)
そして例えば買ったDVDにキズがついてた等の事で出品者・出品店に低評価を
する様な事はしません。もちろん、その分の不満はあるのですが、
評価をつける事に対する時間を一秒でも使わないのです。(つまり評価しない)
と言う様な感じで、思想的には、基本は「受ける側」より「配信する側」に基本位置を置いてあるのです。
受ける側に回れば不利です。なんだかんだと世間のニュースに心を揺さぶられ、
それに反応して、自分自身の時間が減ってしまえば、まさに受ける側になっていると言うことです。
そして、あなたの時間は間接的に技術的に熟知したサイト運営者によって広告費に変えられてしまうのです。
サイト運営者は世の中の人々の微々たる時間を集めて、塵(ちり)を集めて山にします。
そしてその山を自己の金銭的利益に変える。そう言う活動に熟知したプロなのです。
ですから私自身がこの様な事を書くのもどうかと思うのですが、
私のこの文章があなたが見ていると言うことは、
私は、あなたの時間を頂いているのです。それは有難く思っております。
ただし、まだ私は、世の人々の時間達を集めて金銭に変える事のプロではありません。
その変わり、自分の書いた文章や作ったゲームを見てもらって自己顕示させて頂いている、
そしてその事が将来的に人脈や金脈を作ると思っているのです。
その為に文の配信元が、きちんと分かる「当ブログ」と「LGMゆきひろ」と言う名前があります。
将来的に、私が何食わぬ顔をして、どこかしらに顔を出して、
さんざんにして普通の振る舞いをした挙句に、
「実は私はラストゲームメーカーのLGMゆきひろです」と言って、
もし、その存在を知っている人がいたならば、
「あの訳のわからないゲームを作っていて、少し役に立つにブログを書いているアイツか」
と言うことで「大爆笑」になるかと思います。
(パソコン通信時代から文を書いている(コンスタントにではなく)私の経験上、
私の実際の風貌と書いているおかしなネット内容が一致しなくて驚かれる事が多い。
ある時、20代。ディスコで普通にしていたら、どうやら可笑しい文章を書いていた張本人が
私だったと言う事が判明した時に、初対面で凄く真面目な顔をして挨拶した人が、
それを知った二度目の対面でいきなり相手側が爆笑しだした。)
(その人物は、初対面では私に対して大人を見る様な警戒心の強い、
そしてよそよそしい目つきであったが、
それを知った二度目の対面では突然にして、人が変わった様に爆笑しだした。)
(それは、どうでも良い買った、ささいな商品をしつこく長く、
ハイテンションに書くと言う物だった。と言う訳で奇人と思われたのである。)
(具体的には、その文章は、ムーディ勝山の様な、ささいな、どうでも良い物を、
まるで凄く意味があるかの様に表現する様なギャグに近い物であったかもしれない)
(具体的には、その文章は、ムーディ勝山の様な、ささいな、どうでも良い物を、
まるで凄く意味があるかの様に表現する様なギャグに近い物であったかもしれない)
(と言う人生経験などを得て、私はネットで発言している文と、私自身の乖離に気がつき、
そしてネットを発信とした人間関係を終了(遊び仲間なので自然に時と共に、
バラバラになった。)するのであった。しかしまたネットの
重要性が問われる時代になった為、この様にブログ記事を書く様になった。)
(だから私自身、名前と顔を出さずにネット世界に存在しているのは、
それが原因かもしれない。私は爆笑されると悪くは無いが困るのである笑。
そして実際に合うと面白い文章を書くことを期待され要請されてしまう。
40代になって、もうそういう事はできない。)
そして「大爆笑」が起こる事によって、初対面の人との関係も良好に始まるかもしれません。
かつてホリエモンさんが名刺交換をする時のメリットを生かす為に、
自分の名詞のサイズを普通のサイズよりも縦長にして、
その珍しさを発信として、初対面の人との会話の切欠をつくると言う物がありました。
しかし私の場合、それどころではありません。
話の切欠どころか、何かネットビジネス的なブログをやってるくせに
意味不明のゲームを作ってると言う事で「大爆笑」な訳です。
「私○○と申します。あの・・・この名詞は珍しいサイズですが、どの様に作られたのですか」
等と言う物ではなく、
「私○○と申します。なに~?!お宅が”東京逃亡者”の発表者かあ!うわっははっは」
となる訳です。
大爆笑からはじまる人間関係ですこれは。お互いの古来日本人的な「よそよそしさ」は0%。
このパワーから始まる人間関係。これは少なく見積もっても億単位だと思われます。
まさに、これまでに無い発想と、その独自の人間関係構築テクニック。
これはもう今までに存在しません。

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