ヤマトタケルは僅かな兵と草薙の剣と袋を持って


伊勢神宮を後にした

 

尾張の国(愛知)では長が恭順を示したので

争うこともなく平定した

 

尾張の長の娘、ミヤズヒメに一目ぼれした


ヤマトタケル

 

しばらく尾張に滞在し、ミヤズヒメと

結婚することになる



懲りないだろうニヤリ


 

ヤマトタケルは東征から戻ったら

結婚しようと約束をした!


 

そして、結婚の約束の証として


「草薙の剣」を預けたのだ


 

注)諸説ありますがボクなりの解釈ですのニヤリ


 

尾張を出発し、駿河へ向かいました

 

駿河に着くころ、伊勢神宮にいた


オトタチバナが追いかけてきました!

 

オトタチバナはヤマトタケルを

忘れることが出来ず

 

ヤマトタケルを追いかけて来たのです

 

喜ぶヤマトタケルニヒヒ

 

すにで結婚の約束をしたミヤズヒメがいるにも

かかわらずオトタチバナを連れて行った

 

駿河の長も恭順の意を示しましたが、それは嘘で

野原に二人を誘い込み焼き討ちして

殺そうとしました

 

するとオトタチバナが倭姫から預かった

袋を出してと言い

 

ヤマトタケルは袋から「火打ち石」

を取り出して

 

草に火をつけ逆に駿河の長たちを

燃やして殺しました

 

その場所が静岡県の焼津です


注)焼津の野原で草を剣で刈り難を逃れたから草薙という説もある

 

 

ヤマトタケル達はそのまま東へ進み

相武・相模と来て今の横須賀浦賀あたりで

東京湾を船で渡り千葉房総へ

 

ヤマトタケル一行を乗せた船

 

急に天候が荒れだし、船が沈没する寸前


 

オトタチバナ

「海神がお怒りになっている」

「私のせいです」

「私が海に身を投げ海神の怒りを治めましょう」

 

と言ってオトタチバナは海に身を投じましたえーん

 


すると荒れ狂っていた海が静かになり船は無事房総へ到着した


しかし、ヤマトタケルは悲しんだ


あーーオトタチバナよショボーンショボーンショボーン



その後、日本書記では筑波を通り東北へ


甲斐山梨から武蔵埼玉、上野群馬を平定し


碓氷峠の山頂で


「吾妻はや」


と3回嘆いた



それは


オトタチバナのことである


それ以降、

関東をあづま=東


と呼ぶようになった!


吾妻は


あづま、わがつまと言う地名がある


筑波市は吾妻と言う


福島県にも吾妻山と地名


群馬とヤマトタケルゆかりの土地で


吾妻の地名は多い



そして、ヤマトタケルは東征を終わらせた