10年くらい本棚に眠っていたこの本。

そろそろ読めと言われた気がして読み始めました。

 

気持ちいいほどスパッと言い切る。

こんなにはっきりと自分の考えを言葉にしている人が、現在のこの日本にいるだろうか。

もし、今池田さんがご存命だったら、どんな言葉を発信していたのだろう。17年前でさえ、時折「こんな世の中に、これ以上生きていたくない」と絶望感・不快感をあらわにする。

平均寿命を思えば、46歳は若すぎた。

でも、こんなに言葉が退化した時代に絶望しきる前でよかったのかもしれないとも思ってしまう。

でもでも!やっぱり今のこの日本を、池田さんがどんな言葉で斬るのか、読んでみたかった。

 

言葉の暴力性を理解した上で思う。

誰も傷つかず、不快感を覚えないように、全方位に配慮して発せられた言葉は、本当に言いたいことなのだろうか。

安全策を取れば、無難できれいごとになっていく。

そんな言葉が、何かを動かす力を持ちうるのだろうか。

 

心がざらつく言葉に遭遇したとき、自分の本心に気づいたり思考が深まったりする。

今の日本は、不寛容で息苦しい。真綿で言葉狩りをされているような感じがする。

 

言葉を他者を傷つける武器にすることは許されることではない。

他者を想像力をもって思いやることは大切で不可欠なことだ。

しかし、他者を全て理解することは出来ないし、言葉は万能ではない。

完璧を求められたら、私は黙るしかなくなる。

とても優秀で、とても無力なのが言葉だ。

 

1冊読み終えての感想は…

 7割まったくその通り!

 2割なるほど…。

 1割そうかな? 私はちょっと違うかも。

…という感じでした。

 

池田晶子さんという人に、憧れるし、ものすごく会いたいと思った。

全面的に賛成でないからこそ、魅力を感じるし、もっと知りたい。

そして、こんなにもカッコいい!と思いつつ、ちゃんと1割はザラッとした自分も、捨てたもんじゃないと思う。

多分、池田晶子さんは、「池田先生の大ファンです!先生のようになりたいです!」なんて言う人よりも、考えの相違点を投げかけてくる人の方を面白いと思うんじゃないかと思うので、もう会うことは叶わないけれど、池田さんの残した言葉とこれからも対話していきたいと思う。

 

『知ることより考えること』 池田晶子 (新潮社)