今日は僕という人間がどうやって形作られたか、その生い立ちからセキララ大公開!
なーんて書いても一人くらいしか食いつく当てが無いし、女性遍歴を書くと世のモテる男性への恨みつらみを吐露するハメになりますので、僕の音楽遍歴を。やばい、こっちの方が食いつく人いなさそう。
前書いたと思いますが、基本的に我が家のBGMはカオスでした。母がジュリーとかユーミンを聴いていたかと思えば、直後に父がクラシック、ジャズ、民族音楽、さだまさし、吉幾三を聴く。三つ子の魂百までというように、その後の音楽性を決める重要なファクターである幼少期をなんかもう収拾つかない環境で過ごしました。
齢4歳にして、「オラ東京さ行ぐだ」、「防人の詩」、「勝手にしやがれ」を覚えるという神童でした。
並行してアニソン。「キン肉マンGoFight」とか、「摩訶不思議アドベンチャー」とか、「グーグーガンモ」とか。あ、今聴くと摩訶不思議アドベンチャーのリフ、ものっそいカッコいいですね。
そのまま小学校低学年くらいまでアニソン好きは続き、カセットデッキでテレビのアニメの主題歌を録音中に母が「ごはんよー。」とか言おうものなら大暴れ、烈火の如くブチ切れるという早い反抗期を迎えました。
その後はミスチル、B'z、GLAYといったあたりで200万枚とか平気で売れてたJPOPバブルを体験しました。
その後、高校生になって最初の革命がおきます。
THE BLUE HEARTS。
もうね、ヒットチャート聴くのがアホらしくなりました。
未来は僕らの手の中、少年の詩、ロクデナシ、ラブレター、青空、好きな曲をあげたら枚挙にいとまがありません。
ぶっちゃけイジメを受けてた時期もあったし、まじでブルーハーツを知らなかったら死んでたかもしれん。
ヒロトの言った、「幸せが欲しいんじゃない。幸せだと感じることのできる心が欲しいんじゃ。」って言葉は、僕の人生の目標です。
なんかもう色々と戻れなくなり、インディーズを聞き漁るようになりました。ハイスタ、スネイル、ゴイステ、ハスキンなんかのメロコアを聴いて、その後はスカへ流れていきました。
中学生くらいから地味に聴いていた、アンダーワールドなんかのテクノやジャミロクワイなんかへの熱もますます上がりつつ、ここらで高校卒業。
もうこの辺りでだいぶカオスな音楽遍歴ですが、まだまだここから。ようやくドラムを始めます。きっかけがまたしょっぱい。ギターやってる友達とゲーセンでドラムマニアやって、それで目覚めちゃいました。
バイトして電子ドラム買って、スカがやりたいからとラッパがあるジャズ研に入り、大学で僕を見かけるのはドラムの椅子の上だけという学生の本分を屁とも思わない生活を送り、予定調和のごとく留年して中退、音楽の専門学校に行くという怒涛の展開を迎えます。僕が親なら確実に絞め殺してる。
この期間に、ソウル、ファンク、エレクトロニカといった僕の音楽の好みを決定づけるジャンルに出会い、自分の音楽のルーツを見失うことに一役買っていくわけです。
改めて思い返すと、僕の大事な転換点て全部偶然なんですよね。
あの日偶然聴いたブルーハーツ。テレビから「情熱の薔薇」が流れてなかったら、僕は朝の混雑時、電車を止めていたかも知れません。
あの日偶然やったゲームがドラムマニア。もしいつも通りにスト2とかやってたら楽器にも出会わず、順調に学校をでて社会人になり、持ち前の才能を生かして若くしてベンチャー企業の社長になり年商数千億。大成功を収めたところでインサイダー取引と脱税がばれて檻の中、という華々しいサクセスストーリーが容易に想像できます。
そして、今は仕事と勉強しつつ、あの日偶然知り合った人達と音楽やってる。忙殺されてる。
ほんと分からんもんだ。
でもまぁ、今の人生概ね良好。幸せだと感じられてる。人生の目標、なかなか順調です。
なーんて書いても一人くらいしか食いつく当てが無いし、女性遍歴を書くと世のモテる男性への恨みつらみを吐露するハメになりますので、僕の音楽遍歴を。やばい、こっちの方が食いつく人いなさそう。
前書いたと思いますが、基本的に我が家のBGMはカオスでした。母がジュリーとかユーミンを聴いていたかと思えば、直後に父がクラシック、ジャズ、民族音楽、さだまさし、吉幾三を聴く。三つ子の魂百までというように、その後の音楽性を決める重要なファクターである幼少期をなんかもう収拾つかない環境で過ごしました。
齢4歳にして、「オラ東京さ行ぐだ」、「防人の詩」、「勝手にしやがれ」を覚えるという神童でした。
並行してアニソン。「キン肉マンGoFight」とか、「摩訶不思議アドベンチャー」とか、「グーグーガンモ」とか。あ、今聴くと摩訶不思議アドベンチャーのリフ、ものっそいカッコいいですね。
そのまま小学校低学年くらいまでアニソン好きは続き、カセットデッキでテレビのアニメの主題歌を録音中に母が「ごはんよー。」とか言おうものなら大暴れ、烈火の如くブチ切れるという早い反抗期を迎えました。
その後はミスチル、B'z、GLAYといったあたりで200万枚とか平気で売れてたJPOPバブルを体験しました。
その後、高校生になって最初の革命がおきます。
THE BLUE HEARTS。
もうね、ヒットチャート聴くのがアホらしくなりました。
未来は僕らの手の中、少年の詩、ロクデナシ、ラブレター、青空、好きな曲をあげたら枚挙にいとまがありません。
ぶっちゃけイジメを受けてた時期もあったし、まじでブルーハーツを知らなかったら死んでたかもしれん。
ヒロトの言った、「幸せが欲しいんじゃない。幸せだと感じることのできる心が欲しいんじゃ。」って言葉は、僕の人生の目標です。
なんかもう色々と戻れなくなり、インディーズを聞き漁るようになりました。ハイスタ、スネイル、ゴイステ、ハスキンなんかのメロコアを聴いて、その後はスカへ流れていきました。
中学生くらいから地味に聴いていた、アンダーワールドなんかのテクノやジャミロクワイなんかへの熱もますます上がりつつ、ここらで高校卒業。
もうこの辺りでだいぶカオスな音楽遍歴ですが、まだまだここから。ようやくドラムを始めます。きっかけがまたしょっぱい。ギターやってる友達とゲーセンでドラムマニアやって、それで目覚めちゃいました。
バイトして電子ドラム買って、スカがやりたいからとラッパがあるジャズ研に入り、大学で僕を見かけるのはドラムの椅子の上だけという学生の本分を屁とも思わない生活を送り、予定調和のごとく留年して中退、音楽の専門学校に行くという怒涛の展開を迎えます。僕が親なら確実に絞め殺してる。
この期間に、ソウル、ファンク、エレクトロニカといった僕の音楽の好みを決定づけるジャンルに出会い、自分の音楽のルーツを見失うことに一役買っていくわけです。
改めて思い返すと、僕の大事な転換点て全部偶然なんですよね。
あの日偶然聴いたブルーハーツ。テレビから「情熱の薔薇」が流れてなかったら、僕は朝の混雑時、電車を止めていたかも知れません。
あの日偶然やったゲームがドラムマニア。もしいつも通りにスト2とかやってたら楽器にも出会わず、順調に学校をでて社会人になり、持ち前の才能を生かして若くしてベンチャー企業の社長になり年商数千億。大成功を収めたところでインサイダー取引と脱税がばれて檻の中、という華々しいサクセスストーリーが容易に想像できます。
そして、今は仕事と勉強しつつ、あの日偶然知り合った人達と音楽やってる。忙殺されてる。
ほんと分からんもんだ。
でもまぁ、今の人生概ね良好。幸せだと感じられてる。人生の目標、なかなか順調です。