朗読劇 その後の二人 感想
3日兵庫にいてGW遊びつくして今アルコールのせいで心臓がばくばくいうのが止まりません
どうもこんばんは酔っ払ってます咲です
もう2日前ですよ・・・遊びすぎて色々ぶっ飛んでおりますが
頑張って思い出して綴ろうと思います。
ネタバレ注意です~~
朗読劇ね、何度かここでも言ってきたけど、もうお腹いっぱいのジャンルなんですよ。
私はたくさんの時間をかけてたくさんの人を動かして苦悩と快楽の上に出来上がる舞台が見たいのですよ!!
って、思っていたんですよ。
今まで見てきた朗読劇の中でも、この「その後の二人」は非常に媒体を理解した、そういう作品だったと思います。
多分ね、根本的に私辻さんの作品が好きなんですね。
この前の映画と、今回の朗読劇とトークと歌声で、好きになりました。
天才っているんだなーって思うほどには。笑
なにかに突出した才能を持ってる人は多いけど、オールマイティーにこなせる人は少ないと思うのですが
映画で完成した作品を朗読で魅せるという形の変化にとても丁寧さを感じました。
一度映画で見せたものを、なぜまた朗読劇でやるのか?
なんでもかんでもメディアライズすりゃいいってもんじゃないです。
その媒体によって活かせる性能や死んでく素質があるわけですから。
じゃあ映画と朗読ではなにが違うか?
一番大きな差は映像、そして次が言葉だと思います。
トークショーで、辻さんは「これは東京とパリという都市の映画です」とおっしゃってましたが
そのとおり2つの街の美しさや切なさを光で収めて、映像美として魅せる。
これはどれだけ役者がすごくても、脚本がすごくても、舞台や朗読では越えられない壁でしょう。
逆に朗読ではたくさんの言葉を伝えることができる。つまり、具現化された心が読み取りやすくなる。
状況については「公園で」とか「朝に」というある程度の説明があれば知ることができるし
それよりも相手のことをどう思って過ごしてきたか、何が辛くて、何が幸せだったか
そういう意思をとても伝えやすくなるのです。
そして映画と朗読劇では時系列が違います。
映画は、20歳頃から15年付き合ったカップルが別れたあとに、自分たちのドキュメンタリーを作るべくビデオレターを送りあった3年間(純哉は半年で挫折したらしいけど)がメインで、結局パリに行っていた純哉が七海の住むマンションへ帰ってきて扉を開けるところで終わります。
朗読劇はその続きで、七海のマンションで、離れて暮らした3年間を思い出しながら2人の在り方をずっとしゃべくっています。
ハァーやられたわァーって思った。
この朗読をね、映画でやったら多分つまんないですよ。
いや、監督やったことないんで知らんけど、1シーンで語り尽くす作品を1時間半作れって相当しんどいでしょ・・
でも朗読劇ならそれが成り立つ。
18歳で出会う二人の今までの生涯と、困難と、愛情と悲劇と思い出と、そういうものをずっとみせることができる。
私は観客席で聴きながら、まるでカフェで隣になったカップルの話を盗み聞きしているような気分になりました。
そしてなによりクァーーーー!!!ってなったのが言葉の使い方だわ・・・
小説をお書きになるだけある・・・・小説見たことないけど(最悪)
正直、この朗読劇は見る人を選ぶと思います。先ほど言ったように、所詮男女のゴタゴタなので、
「しらねーよ」って言っちゃえばそれまでなんです。
ストーリーとしての面白さというよりも、細やかな心情の変化の方が私は見ていて好きなので
こういう作品が大好物です。
でも、それでも「あなたが好き」っていう感情が、どれだけねじれていて、傲慢で、独りよがりで、相手を傷つけながら幸せになって、泣いて笑って、それでも手放したくない感情かということを語り尽くすその語彙など、私は到底持ち合わせていないので、ただただ聞いていてなるほどと思わずにはいられなかった。
七海は結構ヒステリックなので、最初の耳障りな言葉の数々にウヘーってなる人も多いでしょう。
「君って本当にダメだよね!」っていうのをものすごい決めつけながらいうし。
なにより「君」って呼び方がもうさあ・・・なんなん、と思っていた。
そんな七海に純哉は従順です。ちゃんと話を聞いてるし、否定しないし、かといって流すわけでもないし。
もうなんか優しい通り越して「もっとハッキリ物申せよ!!!!!(憤怒)」と思ってました。
どうしてこう、村井くんの演る恋愛ものの男性キャラは、カワイクのときといいなよなよしとんのかなー!って軽くジレンマ。
で、ね。もーそりゃ七海と純哉は成り立っちゃうわっていう新事実が発覚するのです。
さっきシレっと「カップル」って書きましたけど、トークショーの辻さん曰く
「彼らはカップルじゃない」のだそう。
映画をみた直後は「は?」って思ってたくらいの小さな種でした。(確か村井くんも「え、そうなんですか?」ってなってた気がする)
それがさああああああ・・・・・・・うまく咲いてねえ・・・・・・・・・・
さああんまり引っ張ってもしょうがないので答えです。
純哉と七海は異母兄妹だったのです。
七海が物心つくころには母親と二人きりで、たまにやってくる男性がなんとなく父だとは思っていたけど、それを信じたくない妙な気持ちでいました。
そして同い年の純哉は小学生の頃までフランス生まれの日本人の両親と暮らしていました。
二つの家族の距離は各駅停車で3つぶん、その距離の短さに七海は父親への嫌悪感をより強めるのですが・・
でもあるとき、純哉の母が純哉に父が事故死を遂げたと伝えます。
(この事件の真相を自分の目で確かめるためにパリへいくという設定からの映画へのつながりもまた・・・)
そして18歳になった七海はひょんなことから純哉という半分血の繋がった存在を知ります。
更に行動派の彼女は会いに行ってしまうのです。
すぐに兄妹であることを伝えようとする七海ですが、結局言い出すきっかけを逃し続け、半年後には何もしらない純哉から告白されてしまうのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんということか・・・・・・・・・・・映画のときにその関係性を微塵も感じられなかった自分がとても悔しいわ・・・・・・・・・
映画やってないの?まだ・・・・・・・もっかい見たい・・・・・・・・
っていうかDVDにならないのかな・・・・・・・・・・・・
もう悔しくて予告編もう一回みたけど、この予告編でもグアアアアアアアアアアアってくるものがあるよ・・・
http://www.uplink.co.jp/movie/2012/6143
朗読劇は再演に向けて動き出してるみたいですし・・・ね、どうです監督・・・・
しかもねえ、後半がさあ、兄妹っていうつながりに苦悩する二人が切々と紡がれててさあ・・・・
初めて抱き合った時から、本当にその関係を結ぶまで3年かかったこととか
そうやって結ばれたことを「勝った」と表現する七海の真っ直ぐさよ・・・
最後には七海にも純哉にも幸せになってほしくて、どうやったら幸せを掴めるのか探り続けるこれからも、作品作りだけじゃない愛の形も探し出してあげたくなって
でもそれは二人がまた幾多の壁を乗り越えた先にしかないから、どうすることもできなくて、私はまた蚊帳の外だわ・・・って思ったら自分の非力さに凹んだよね・・・
幸せってなんなんだろうなって思うよ・・ほんと・・
一般的に言われる幸せというものをずっと手に入れたかったけど
そんなもの全く関係ない場所で幸せになってる人がたくさんいるって
そういう簡単な事実すら感じられなかった自分はどれだけアンテナへし折れてんだと・・・
うーん、感動したなあ・・・・
あとスピードと山場のつくり方。
あれはもう経験の上の技量としか考えられないんですが・・・
勿論読むふたりにだいぶ委ねられる点ではありますが
耳以外からの情報入手が困難な朗読劇において
布石を置いてくるのも難しいと思うんですよ。
でもその布石もちゃーんと引っかかるように出来てる。(呪われた双子とか)
「二人は血が繋がってる!!」「でも半分だけよ!!」「ジャーーーーン(ピアノ)」
↑しかしこの演出には吹いた
役者としての二人。
なっちを間近に見られる時が来るとは思ってなかったなーすごく嬉しかった。
そしてめっちゃ可愛かったわ・・足細くてパンツ見えそうだったのでとてもハラハラしたわ・・
しかし死角のない座り方さすがプロです・・
これは村井君にも言えるけど、村井君となっちの純哉七海は設定年齢よりずっと若くて違和感があると友達が言っていました
まあ確かに・・・年を重ねた感は、映画を見た私としては確かに欠けるよなって思いました。
やっぱどうしてもまだ情熱だけで愛を見せてるような年齢ですので、また坂井・辻ペアのような渋みや苦悩は出せなかったかもしれません
だけどそれゆえに私にはストレートに響いたし、「ここから変わっていく・幸せになる」二人を想像できて、それはそれでよかったと思います。
村井くんはねえ・・・エロかったなあ・・・
90%くらい脚本のおかげなんだけど、DTの緊張感みたいなのが笑
あー可愛いなって思ってた18歳と大人になろうと必死な20歳と、理解を超えたい25歳と・・・
少しずつ変化して成長してくのが素敵でした。
若い二人による過去回想編は、あのペアだからこそ出せた臨場感があったと思います。
ほんとにスゲー朗読劇でした。何よりマチソワ一睡もしなかった。笑
1回目より2回目のが楽しかった。一番素敵だったのは、マチネでは荒ぶった七海の肩を抱いて落ち着かせ座らせるだけだった純哉が、ソワレでは片手で抱きしめてた・・・・
あああ・・あの瞬間に幸せは崩せないし創れないのだと思った・・
お互いを思いやるだけでは空回りする幸せが、自分を大切にして、その上で相手を愛した時にそっと寄り添うような幸せが、このふたりに生まれた瞬間だったなあって
うーーーーーまたこのふたりで恋愛してほしいなああーーーーーー
そして出会ったのが本番前日?というから役者ってこえーーーわ。笑
ただ1点、「????????」って思ったのはカテコの長さな・・・
うん、ここまでベタ褒めしといてなんだけど、そ・そんなに拍手いらんくね;;;
朗読劇でカテコ5回とかどんなんよ;;;いや朗読劇とか関係ないくらい多くね;;;
って思っていました。
なっちと村井くんもたくさん呼ばれることにキョトンとしてて、何回か回を重ねたあとにお互いに「どーぞ喋ってください」って手を差し出してたので「なんか言うのか?」って待ってたら、超ちっさい声で「ありがとうございます・・・・」って村井くんが言うので爆笑してしまった
ああこの感じが村井くんだなあって思ってすごく好きでした。
あ、あとどうでもいいけど「この娘」?だったかな?
これを村井くん「このむすめ」って素直に読んでたけど
文脈的に「このこ」じゃないのかな?ってそこだけ引っ掛かったなあ
他の人はどうやって読んだのだろ
あああーーーいい作品に出会ったなーーーーーーーーーー
次の村井くんの舞台予定がないことも忘れるレベルで嬉しかった
ああいう話を書ける人は本当にすごいなあ
もっと朗読劇というものを見直すべきだな、自分。うん。
どうもこんばんは酔っ払ってます咲です
もう2日前ですよ・・・遊びすぎて色々ぶっ飛んでおりますが
頑張って思い出して綴ろうと思います。
ネタバレ注意です~~
朗読劇ね、何度かここでも言ってきたけど、もうお腹いっぱいのジャンルなんですよ。
私はたくさんの時間をかけてたくさんの人を動かして苦悩と快楽の上に出来上がる舞台が見たいのですよ!!
って、思っていたんですよ。
今まで見てきた朗読劇の中でも、この「その後の二人」は非常に媒体を理解した、そういう作品だったと思います。
多分ね、根本的に私辻さんの作品が好きなんですね。
この前の映画と、今回の朗読劇とトークと歌声で、好きになりました。
天才っているんだなーって思うほどには。笑
なにかに突出した才能を持ってる人は多いけど、オールマイティーにこなせる人は少ないと思うのですが
映画で完成した作品を朗読で魅せるという形の変化にとても丁寧さを感じました。
一度映画で見せたものを、なぜまた朗読劇でやるのか?
なんでもかんでもメディアライズすりゃいいってもんじゃないです。
その媒体によって活かせる性能や死んでく素質があるわけですから。
じゃあ映画と朗読ではなにが違うか?
一番大きな差は映像、そして次が言葉だと思います。
トークショーで、辻さんは「これは東京とパリという都市の映画です」とおっしゃってましたが
そのとおり2つの街の美しさや切なさを光で収めて、映像美として魅せる。
これはどれだけ役者がすごくても、脚本がすごくても、舞台や朗読では越えられない壁でしょう。
逆に朗読ではたくさんの言葉を伝えることができる。つまり、具現化された心が読み取りやすくなる。
状況については「公園で」とか「朝に」というある程度の説明があれば知ることができるし
それよりも相手のことをどう思って過ごしてきたか、何が辛くて、何が幸せだったか
そういう意思をとても伝えやすくなるのです。
そして映画と朗読劇では時系列が違います。
映画は、20歳頃から15年付き合ったカップルが別れたあとに、自分たちのドキュメンタリーを作るべくビデオレターを送りあった3年間(純哉は半年で挫折したらしいけど)がメインで、結局パリに行っていた純哉が七海の住むマンションへ帰ってきて扉を開けるところで終わります。
朗読劇はその続きで、七海のマンションで、離れて暮らした3年間を思い出しながら2人の在り方をずっとしゃべくっています。
ハァーやられたわァーって思った。
この朗読をね、映画でやったら多分つまんないですよ。
いや、監督やったことないんで知らんけど、1シーンで語り尽くす作品を1時間半作れって相当しんどいでしょ・・
でも朗読劇ならそれが成り立つ。
18歳で出会う二人の今までの生涯と、困難と、愛情と悲劇と思い出と、そういうものをずっとみせることができる。
私は観客席で聴きながら、まるでカフェで隣になったカップルの話を盗み聞きしているような気分になりました。
そしてなによりクァーーーー!!!ってなったのが言葉の使い方だわ・・・
小説をお書きになるだけある・・・・小説見たことないけど(最悪)
正直、この朗読劇は見る人を選ぶと思います。先ほど言ったように、所詮男女のゴタゴタなので、
「しらねーよ」って言っちゃえばそれまでなんです。
ストーリーとしての面白さというよりも、細やかな心情の変化の方が私は見ていて好きなので
こういう作品が大好物です。
でも、それでも「あなたが好き」っていう感情が、どれだけねじれていて、傲慢で、独りよがりで、相手を傷つけながら幸せになって、泣いて笑って、それでも手放したくない感情かということを語り尽くすその語彙など、私は到底持ち合わせていないので、ただただ聞いていてなるほどと思わずにはいられなかった。
七海は結構ヒステリックなので、最初の耳障りな言葉の数々にウヘーってなる人も多いでしょう。
「君って本当にダメだよね!」っていうのをものすごい決めつけながらいうし。
なにより「君」って呼び方がもうさあ・・・なんなん、と思っていた。
そんな七海に純哉は従順です。ちゃんと話を聞いてるし、否定しないし、かといって流すわけでもないし。
もうなんか優しい通り越して「もっとハッキリ物申せよ!!!!!(憤怒)」と思ってました。
どうしてこう、村井くんの演る恋愛ものの男性キャラは、カワイクのときといいなよなよしとんのかなー!って軽くジレンマ。
で、ね。もーそりゃ七海と純哉は成り立っちゃうわっていう新事実が発覚するのです。
さっきシレっと「カップル」って書きましたけど、トークショーの辻さん曰く
「彼らはカップルじゃない」のだそう。
映画をみた直後は「は?」って思ってたくらいの小さな種でした。(確か村井くんも「え、そうなんですか?」ってなってた気がする)
それがさああああああ・・・・・・・うまく咲いてねえ・・・・・・・・・・
さああんまり引っ張ってもしょうがないので答えです。
純哉と七海は異母兄妹だったのです。
七海が物心つくころには母親と二人きりで、たまにやってくる男性がなんとなく父だとは思っていたけど、それを信じたくない妙な気持ちでいました。
そして同い年の純哉は小学生の頃までフランス生まれの日本人の両親と暮らしていました。
二つの家族の距離は各駅停車で3つぶん、その距離の短さに七海は父親への嫌悪感をより強めるのですが・・
でもあるとき、純哉の母が純哉に父が事故死を遂げたと伝えます。
(この事件の真相を自分の目で確かめるためにパリへいくという設定からの映画へのつながりもまた・・・)
そして18歳になった七海はひょんなことから純哉という半分血の繋がった存在を知ります。
更に行動派の彼女は会いに行ってしまうのです。
すぐに兄妹であることを伝えようとする七海ですが、結局言い出すきっかけを逃し続け、半年後には何もしらない純哉から告白されてしまうのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんということか・・・・・・・・・・・映画のときにその関係性を微塵も感じられなかった自分がとても悔しいわ・・・・・・・・・
映画やってないの?まだ・・・・・・・もっかい見たい・・・・・・・・
っていうかDVDにならないのかな・・・・・・・・・・・・
もう悔しくて予告編もう一回みたけど、この予告編でもグアアアアアアアアアアアってくるものがあるよ・・・
http://www.uplink.co.jp/movie/2012/6143
朗読劇は再演に向けて動き出してるみたいですし・・・ね、どうです監督・・・・
しかもねえ、後半がさあ、兄妹っていうつながりに苦悩する二人が切々と紡がれててさあ・・・・
初めて抱き合った時から、本当にその関係を結ぶまで3年かかったこととか
そうやって結ばれたことを「勝った」と表現する七海の真っ直ぐさよ・・・
最後には七海にも純哉にも幸せになってほしくて、どうやったら幸せを掴めるのか探り続けるこれからも、作品作りだけじゃない愛の形も探し出してあげたくなって
でもそれは二人がまた幾多の壁を乗り越えた先にしかないから、どうすることもできなくて、私はまた蚊帳の外だわ・・・って思ったら自分の非力さに凹んだよね・・・
幸せってなんなんだろうなって思うよ・・ほんと・・
一般的に言われる幸せというものをずっと手に入れたかったけど
そんなもの全く関係ない場所で幸せになってる人がたくさんいるって
そういう簡単な事実すら感じられなかった自分はどれだけアンテナへし折れてんだと・・・
うーん、感動したなあ・・・・
あとスピードと山場のつくり方。
あれはもう経験の上の技量としか考えられないんですが・・・
勿論読むふたりにだいぶ委ねられる点ではありますが
耳以外からの情報入手が困難な朗読劇において
布石を置いてくるのも難しいと思うんですよ。
でもその布石もちゃーんと引っかかるように出来てる。(呪われた双子とか)
「二人は血が繋がってる!!」「でも半分だけよ!!」「ジャーーーーン(ピアノ)」
↑しかしこの演出には吹いた
役者としての二人。
なっちを間近に見られる時が来るとは思ってなかったなーすごく嬉しかった。
そしてめっちゃ可愛かったわ・・足細くてパンツ見えそうだったのでとてもハラハラしたわ・・
しかし死角のない座り方さすがプロです・・
これは村井君にも言えるけど、村井君となっちの純哉七海は設定年齢よりずっと若くて違和感があると友達が言っていました
まあ確かに・・・年を重ねた感は、映画を見た私としては確かに欠けるよなって思いました。
やっぱどうしてもまだ情熱だけで愛を見せてるような年齢ですので、また坂井・辻ペアのような渋みや苦悩は出せなかったかもしれません
だけどそれゆえに私にはストレートに響いたし、「ここから変わっていく・幸せになる」二人を想像できて、それはそれでよかったと思います。
村井くんはねえ・・・エロかったなあ・・・
90%くらい脚本のおかげなんだけど、DTの緊張感みたいなのが笑
あー可愛いなって思ってた18歳と大人になろうと必死な20歳と、理解を超えたい25歳と・・・
少しずつ変化して成長してくのが素敵でした。
若い二人による過去回想編は、あのペアだからこそ出せた臨場感があったと思います。
ほんとにスゲー朗読劇でした。何よりマチソワ一睡もしなかった。笑
1回目より2回目のが楽しかった。一番素敵だったのは、マチネでは荒ぶった七海の肩を抱いて落ち着かせ座らせるだけだった純哉が、ソワレでは片手で抱きしめてた・・・・
あああ・・あの瞬間に幸せは崩せないし創れないのだと思った・・
お互いを思いやるだけでは空回りする幸せが、自分を大切にして、その上で相手を愛した時にそっと寄り添うような幸せが、このふたりに生まれた瞬間だったなあって
うーーーーーまたこのふたりで恋愛してほしいなああーーーーーー
そして出会ったのが本番前日?というから役者ってこえーーーわ。笑
ただ1点、「????????」って思ったのはカテコの長さな・・・
うん、ここまでベタ褒めしといてなんだけど、そ・そんなに拍手いらんくね;;;
朗読劇でカテコ5回とかどんなんよ;;;いや朗読劇とか関係ないくらい多くね;;;
って思っていました。
なっちと村井くんもたくさん呼ばれることにキョトンとしてて、何回か回を重ねたあとにお互いに「どーぞ喋ってください」って手を差し出してたので「なんか言うのか?」って待ってたら、超ちっさい声で「ありがとうございます・・・・」って村井くんが言うので爆笑してしまった
ああこの感じが村井くんだなあって思ってすごく好きでした。
あ、あとどうでもいいけど「この娘」?だったかな?
これを村井くん「このむすめ」って素直に読んでたけど
文脈的に「このこ」じゃないのかな?ってそこだけ引っ掛かったなあ
他の人はどうやって読んだのだろ
あああーーーいい作品に出会ったなーーーーーーーーーー
次の村井くんの舞台予定がないことも忘れるレベルで嬉しかった
ああいう話を書ける人は本当にすごいなあ
もっと朗読劇というものを見直すべきだな、自分。うん。