日本史の転換点は、幾つか有ります。
その中でも、最大の転換点は、南北朝の闘いの新田義貞のミスですね。
足利尊氏は、朝廷にもスパイを何人も入れていました。
匂当の内侍も、その一人と言われています。
後醍醐天皇は、興味を持っていたけど、阿野廉子の怖さを宮中の女性は知っていました。
新田義貞は、何かしらの宴会で匂当の内侍を見て、一目惚れして、千種忠顕を通して、後醍醐天皇から、恩賞の一部として、貰いました。
理想の美人を貰って有頂天になり、匂当の内侍に溺れて、足利尊氏追討のタイミングを逃しました。
この時、楠木正成は何度も対面を希望しても拒否されました。
後醍醐天皇も、楠木正成だけの追討を許可しなかった。
私が、後醍醐天皇と新田義貞を無能と言うのは、この時の行動があるからです。
源義経が平家を滅ぼしたのは、追撃が早かったからです。
虎は弱った時に討て。
九州に落ちた、足利尊氏は見事に九州、四国、中国を制圧して、復活しました。
足利尊氏は、再起する時間が欲しかった。
新田義貞が美人に弱く、性欲も強い事を尊氏は知っていました。
理想の美人を使い、足止めする。
新田義貞を一月近く足止めした、匂当の内侍は、実は足利のスパイでした。
足利尊氏の母親は、京都の公家の出身です。
いろいろな家に女性を送り込みました。
その中の一人が匂当の内侍と言われています。
見事に大役を果たした、匂当の内侍。
新田義貞の死後どころか、生没年、家族も不明です。
一条行房の娘と言われていますけど、確証が無い。
あの一月の足止めが無ければ、歴史は変わりました。
傾国の美人とは、よく言った物です。
田舎者の新田義貞は、都会の美人に、さぞや夢中になった事が想像出来ます。