私も結構恐怖体験して来ましたけど、今回の話は、ベスト3に入るかな?

私は、中学、高校と家族とは離れた場所にいました。
今の浜松市の北部の病院から、学校に通っていました。
今は特別支援学校と言うけど、当時は養護学校と言う名称でした。
学校は、1つの学年で、最高10人しか、入れない特別な学校でした。
喘息と腎臓病の生徒の為に作られた学校でした。
喘息の生徒は、病状が良くなれば中学の時は、元いた中学に戻れました。
病院は、戦時中は陸軍の結核患者の療養所でした。
今は跡形もないけど、私がいた頃には、旧結核病棟は残っていました。
本当に廃墟でした。
誰しも近寄らない、無気味な建物でした。
中学の時は、小児病棟で、いろいろな規制が有りましたけど、高校生になると成人病棟に移りました。
ある程度の自由が出来ました。
ナースも、私達を監視するような事は有りませんでした。
一部の人間を除いては、素行に問題は有りませんでした。
その、素行の悪い奴等が面倒な事をしてくれました。
真夜中に、肝試しと言って、旧結核病棟に忍び込みました。
そして、旧結核病棟の床の腐った部分から落ちて、一人は骨折する始末でした。
忍びこんだ三人は、始末書と外出制限を命じられました。
その事件の3日後に、一人の喘息が悪化して、急死しました。
喘息発作は、予兆が無く起きた時が怖いのです。
死んだ同級生の葬儀には、クラスメイト一同が参加しました。
しめやかに葬儀は進行して、全ては無事に終わりました。
葬儀から、病院に帰る前に、無事だった一人が軍服を着た人間と会話していました。
亡くなった同級生は、陸上自衛隊に親戚がいると言っていたから、その人かと思って、さほど気にせずにいました。
私は、それから我が家に外泊する予定でしたから、そこで別れました。
ワルガキ二人以外は、外泊で10日間自宅に帰りました。
私も、病院では食べれない、刺身やうなぎを食べて戻りました。
ただ、帰る時に、母親から東寺の不動明王の御守りを貰いました。
私の母親は、霊感が非常に強い人でした。
昌昭、あんたの友達が変な霊に取りつかれたから、気をつけて行動するんだよ。
知らない人に、名前を聞かれても、応えてはダメだよ。
そう言われて、病院に戻りました。
意外な後に、病院に戻ったら、二人は恐怖に怯えていました。
毎晩、幽霊が二人の枕元に出たそうです。
そして、一人には、お前は直ぐには殺さない。
7年後に、幸せのピークで殺してやる。
私の枕元にも立ちました。
貴様、名前は、何と言うんだ?
幽霊が聞いて来ました。
しかし、私は無視しました。
貴様、舐めているな?
幽霊が私に襲いかかった瞬間に、弾き跳ばされました。
不動明王が、私を助けてくれました。
それから、幽霊は現れませんでした。
普通なら、これで話は、終わります。
しかし、7年後に、不幸が起こりました。
新婚旅行で、海外に行って、交通事故で二人は死亡しました。
幽霊の祟りは、恐ろしいです。
とても、偶然とは思えない死に方でした。
予告通りの丁度7年目の日でしたから。